第36話 油断してた

 疲れ果てた体はぐでーっとベッドに沈む。


「……おやすみ」


 尖らせた唇から放たれる、自分でも分かるほどに不貞腐れた言葉。


「はい、おやすみなさい」


 そんな私の言葉に、疲れの一つも見せないルフは悠然と反応を返す。

 色々と癪に障るところはあるけれど、今この状況で私が怒れるほどの力はない。


 未だに違和感が残る脇腹を抱きかかえる私は、ベッドの外を眺めながらも背中にあるルフの気配に神経を研ぎ澄ます。


 尽くこしょばされた後、やっとの思いで寝転んでくれたルフ。

『僕は執事なので嬢様が寝た後に寝ます』とかなんとか言ってきたけど、私がそんなのを許すわけがない。


 ルフは『幼馴染以前に執事だ』とよく言う。けど、ルフは執事以前に私の幼馴染。

 執事が理由で私と一緒に寝るのを拒否するとか、そんなのを許すわけがない。


(それに許可貰ったし!ルフの口から直接『畏まりました』って言われたもん!私がこのチャンスを逃すわけがなくない!?)


 すっかり電気も消えた私の部屋。

 私達を照らすのは窓からかすかに入る月明かり。


 そんな月明かりの中、人一人分開いた場所にいるルフはピクリとも動かない。

『もう寝たの?』なんてことを思うけれど、ルフに限ってこんなすぐに寝るわけがない。


 枕から音一つなく頭を上げてみる。

 そうしてルフの方を見てみれば、そこにはブランケットを被っていなければ腕枕をしているルフの姿があった。


 このベッドに枕は2つある。そしてブランケットも大きいから2人ぐらい容易に収まる。

 なのにも関わらず、ルフはベッド以外なにも使っていないのだ。


(……もしかして主人の私物に極力触らないようにしてる……?)


 なんて憶測が脳裏によぎる。

 ルフのことだから一概にこの憶測を否定できない。


「……ルフ?枕、使わないの?」


 ルフの後頭部に問いかけてみる。

 さすれば丁寧にも体をこちらに向けてくるルフはふるふると首を横に振った。


「僕は枕がない方が寝れますので」

「……嘘をつくならもっと分かりにくいのにしてよ……」


「ほら」と紡ぐ私はもう1つの枕――ではなく、たった今私が使っていた枕を手に持ってルフトの距離を詰めた。


「こちらの枕を使いますから大丈夫ですよ」

「いいから。ほら、頭上げて?」

「畏まりました」

「……嫌なら嫌って言っていいんだよ……?」

「大丈夫です。嫌ではないので」


 否定しないのは嬉しいんだけど……なんか、こう。強引にやらせてる感が拭えない……。


 素直なのかはわからないけど、上げてくれるルフの頭の下に枕をねじ込む。

 そうして下ろしてくれるルフの頭と一緒に私も同じ枕にダイブ。


(私がもう1つの枕を使うと思った?残念!この絶好のチャンスを私が逃すわけがないでしょ!)


 いっつもいつも私が奥手だと思ったら大間違いなんだからね!


 ピッタリとくっつく肩と肩。

 同じシャンプーを使っているはずなのに、ルフから香るのはルフ特有の匂い。


「お嬢様?どうして同じ枕に?」


 グリグリと枕に顔を埋める私の耳にはルフのいつもの抑揚のない声が届く。


「一緒に寝ると言ったら一緒の枕かな?ってね」

「そんなルールがあるんですか?」

「んーうん。あるね」


 平然と嘘を付く私だけれど、ルフは気づいていない。

 私はルフと違って嘘が上手だからね?


 そんな自画自賛を胸の中で呟きながらも、ブランケットを手にとった私はそれをルフにかけてやる。

 同じ日に生まれたとはいえ、時間的には私の方が先に生まれた。だからこういうときぐらいお姉さんを見せないとね?


「ありがとうございます」

「……ん」


 枕に顔を埋めているから答えれる言葉は少ない。

 けれどかといって顔は上げたくはない。


 だって、今顔を上げれば私の赤面がルフにバレてしまうから。


 自分でも分かる。今、どれぐらい私の顔が赤くて、どれだけ緩んだ表情をしているのか。

 お姉さんとしての威厳を守るのなら是が非でもこの顔は隠し通さなくてはならないのだ。


「……」


 そうして必然に訪れるのは静寂。

 あわよくば手でも繋ぎたいところだけれど、手だけは死守しているのか、ベッドのどこを探してもルフの手は見当たらない。


 そんな私の不自然な動作に疑問を抱いたのだろう。

 ピクリとも動かないルフは、静寂を切り裂くように口を開いた。


「様子がおかしいようですけど、どうかなさいましたか?お嬢様」


 様子がおかしい。そんなのは言わずもがな分かること。

 だっていつもの私は、一言で言えば『意気地無し』。


 自分のになんて目も当てず、執事幼馴染主人の関係を保ち続けようとしていた。


「……んーん」


 まだこの気持ちを打ち明けられないでいるルフには否定を返す。


 本当は今、この気持ちを打ち明ける方がいいんだと思う。

 けど、今の私は色んな感情が混在してまともに気持ちを打ち明けられる気がしなかった。


(……それに、がいる以上無闇矢鱈むやみやたらに自分の気持ちを押し付けるわけにも……)


 今日ダンジョンで見たニーナのあの顔。

 ひと目見るだけで。2人きりになったあの一瞬で、ニーナがになったことが分かった。


 正直油断してたと思う。

 私以外の女子との関わりはない。私が近くにいるから大丈夫。応援してくれてるニーナだから安心。


 そんな油断が仇になった。

 ルフがモテることなんて百も承知していたはずなのに。ルフが魔神を倒す力を持っていることなんて

 私よりもニーナの方が先行している。


「そうですか。それなら良かったです」


 私の不審さなんて気にしていないのか。はたまた気づいていないのか。

 淡々と紡ぐルフは体を動かしてベッドの外側へと視線を向けてしまう。


 ここでルフの背中に抱きついたら私が先行できるのだろうか。

 ここで『ずっと』と伝えたら恋人に慣れるのだろうか。


 ……そんな妄想はするけれど、やっぱり私性根は意気地無し。


 ルフと同じようにやっと顔を上げた私も視線をベッドの外へと向ける。

 そして私は――ぴとっとルフの背中と私の背中をくっつけた。


 意気地無しなりの足掻きだ。

 ニーナがなにをしていたのかは知らないし、聞きたくても聞けない。

 それなら、今私ができる最大限のことをするまで。


「改めておやすみ。ルフ」

「はい。おやすみなさい」


 背中いっぱいに広がる好きな人の温もり。

 この上ない高揚感に胸が包まれる。


 今のように、ルフは自然と私の嬉しいことをやり遂げる。

 それでさっき少し勘違いしちゃったけど……。それでも嬉しいものは嬉しい。


(……最高の誕生日だ……)


 不意に思うのはそんな言葉。

 ニーナという最大のライバルができた日でもあるけれど、それ以上の成果があった。


 ニーナには悪いけど、私は負けるつもりなんて無い。

 あののようにはいかない。

 絶対にルフは手放さないから。


 重くなる瞳に耐えながらもしっかりと心のなかで言い切る。

 自分の気持から目をそらさないためにも。今後の目標を定めるためにも。

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