第32話 シュナミブレルの様子が少し変
楽しいひと時は一瞬にして去った。
姿形すら残していない魔神の燃えカスは空中を彷徨い、バラバラに飛び散っていく。
そんな中、俺はなんとも言えない状況に陥っていた。
「お、重くない?」
「鍛えてるので大丈夫です」
背中から感じるのは女性らしい肉体と、魔神の血の匂い。
流石に数十年も生きた男がこんな少女1人に興奮するわけもないのだが、
(ちょいと抱きつく力が強くないか?)
なんて事を考える俺だが、1人で立てない少女を下ろすわけにもいかず、1階層に戻るほっそい道を歩く。
確かに俺はシュナミブレルに魔力を与えて、シュナミブレルはその魔力を使って自身を回復させた。
だがどうやら疲労感までもを回復し切ることはできなかったらしく、今に至る。
「鍛えてるんだ」
「あのお嬢様に従えているので当然のことです」
敬語なのかタメ口なのかはっきりしない言葉をいつもよりも低くなったトーンで紡ぐ。
最初から最後までシュナミブレルには敬語を貫こうかと思ったのだが、戦闘の高揚感に身を委ねすぎて敬語を忘れていた。
(まぁシュナミブレル自体気にしていないようだからいいんだけど、できれば嬢様には言わないでほしい)
気のせいか、体に込められるシュナミブレルの手の力が増す。
そんな意味不明な行動に疑問は残るのだが、
「大丈夫。タメ口になったことは言わないから」
と、心を読まれてしまえば疑問も消え去り、素直に頭を下げざるを得なかった。
「ありがとうございます」
相変わらずトーンは低いし立ち止まることをしない。
けれどいつものように敬語に戻した俺はひとつ深呼吸をして、1階層に繋がる階段を登った――
「――ルフ!!」
1階層に頭を出して不意に聞こえてくるのは嬢様の声と、談論していた教師がこちらを見る姿。
(探知魔法で上にいたのは知っていたのだが、どうして降りてこなかった。生徒のピンチだぞ?)
すっかり戻したほほ笑み顔で教師たちを見渡しながらも、勢いよく抱きついてくる嬢様のタックルを耐え抜く。
シュナミブレルを背負い、そして真後ろに階段があるというのによくもまぁ躊躇なく抱きつけるものだ。
「大丈夫だった!?」
「はい、大丈夫でしたよ」
「怪我とかはない!?」
「ありませんね」
「ニーナとなにもなかった!?」
「えぇ。ありませんでしたよ」
最後のは意味が分からんが、心配してくれているということでいいのだろう。
相当心配していたのか、涙目を浮かべる嬢様はシュナミブレルの背中ごと腕を回して力強く抱きつく。
けれどその涙目は不意に俺の胸へと落ちる。
「ル、ルフの胸に石って埋まってたっけ……?」
そして紡がれるのは懐疑的な言葉。
先程までの心配は演技だったのか?と詰め寄りたくはなるのだが、この嬢様が嘘の心配をするわけがない。
(というか冷静に考えて石が埋まって平常に歩けるわけ無いだろ)
なんてことを頭の中でツッコみながらも片手でシュナミブレルを支えながらもう片手を服の中に手を入れた俺はその青色に輝く
「硬い原因はペンダントですね」
「……そんなの持ってたっけ?」
「先日、シュナミブレル様に頂いたんです」
不意に首に絡まるシュナミブレルの腕に力が入る。
「そう言えばあの時買ってたね……」
抱きついていた体から片腕を離した嬢様は顎に添え、そう紡ぎながらシュナミブレルを見上げた。
「……本当になにもなかった……?」
「うん、なにもなかったよ」
嬢様に見られたからだろうか?抱きつくように込めていたシュナミブレルの腕の力は抜けていく。
疑問が残るその行動に頭の中で首を捻る俺は――
「(付けてくれたんだ。ありがと)」
――突然囁かれる言葉に身を揺らしながらも崩さないほほ笑み顔を嬢様に向ける。
さすればダンジョンの入口側から勢いよく走ってくるマエスタ先生の姿が視界に入った。
「俺のクラスのニーナ・シュナミブレルとルフ・アムラリグスが落ちたと聞いた!何階層に行ったか知ってるか!!」
どうやらマエスタ先生だけが生徒思いなのらしい。
談論していた教師の肩を勢いよく掴んだマエスタ先生はブンブンと振り回し、俺たちのことが視界に入っていないのか、目くじらを立てる。
「マ、マエスタ先生……。振り回すのは辞めて、ください……!というかもうそこに居ますよ……!」
ぐわんぐわんとあっちこっちに飛び交っていた苦し紛れの言葉はその体と一緒にピタッと止まる。
そしてその肩を振り回していた張本人は辺りを見渡し始め――
「おい大丈夫だったか!!」
――勢いよく地面を蹴って、嬢様を挟んだ状態で俺の肩を掴んでシュナミブレルと俺を交互に見やる。
「はい。大丈夫でしたよ」
「シュナミブレルのその魔物の血を見て大丈夫と言えまい!なにがあった!!」
そうしてマエスタ先生の視線はシュナミブレルの血に塗れた髪と服に止まった。
まぁこのシュナミブレルの姿を見て『ならよかった』の一言で終わるほうがおかしな話か。
「えーっと……説明はルフくんに委ねていいかな?」
「畏まりました」
俺の方が状況をうまく説明できると思ったのか、はたまたただただ説明がめんどくさかったのかは分からんが、俺に委ねたのは正解だな。
なんたって魔神を倒したのはこの俺であり、シュナミブレルの傷を癒やしたのも実質俺。
ここで輝かしい俺の勇姿を俺の口で伝えることによって評価を爆上げ&俺の凄さを知らしめることができる。
(ん?すこし傲慢すぎないかって?)
んなもん知るか!
前世では『英雄だから救って当然』『倒して当然』って言われてチヤホヤされるどころかあしらわれてたんだぞ!
元『英雄』だって今世でぐらいチヤホヤされたいんだ!
『ルフくんって強いんだ!』とか『見直したぜ!』とか!めちゃくちゃ言われてみたいんだ!!
そんな野望を胸に、ペンダントを張り上げる俺は肺に空気を溜め込み、紡いだ。
「僕達は下で魔神と対峙しました」
「「「魔神!?」」」
俺の言葉に驚愕して目を見開くのはマエスタ先生だけではなく、挟まれている嬢様以外の教師たち。
「はい。僕がその魔神を倒しましたが、シュナミブレル様も魔力を使い果たしてしまい、今の状態に至ります。シュナミブレル様から聞きましたが、魔神は光魔法に強い敵対心があると。それ故に魔神はシュナミブレル様と、その隣りにいた僕を穴に落としたのかと」
あること無いこと紡ぐ俺だが、魔神が光魔法に強い敵対心があるのは本当だ。
あれほど強力な光魔法を放てば魔神も反応せざるを得なかったのだろう。
「(……そう言えばそんなこと授業で言ってたような……)」
どうやら本人はその事を忘れているようだが、一応シュナミブレルも戦ったからな。煽てておいてやったぞ。
なんてことを頭の隅で考えながら、もう一度肺に息を溜め込んだ俺はさらにペンダントを張り上げながら紡ぐ。
「きっと、僕が居なければ学院の生徒、教師たちは――」
紡ぐ……はずだった。だったのだけれど、俺の肩から手を離したマエスタ先生はグワッとシュナミブレルの肩へとその手を移し、
「――シュナミブレルが倒したのか……!!光魔法を扱えるシュナミブレルがアムラリグスと一緒に居てくれて本当に良かった!」
(…………は?)
どこをどう汲み取ったらシュナミブレルが倒したことになるんだ?
俺の説明を聞く限りどう見ても俺が倒したって思うだろ。
「えーっと……マエスタ先生?倒したのは私じゃなくて――」
シュナミブレルも人の手柄を横取りする気は無いのだろう。
訂正しようとゆっくりと口を開くのだが、有無を言わせないマエスタ先生。
「――そう謙遜しなくていい!シュナミブレルは賢者になりうる逸材なのだから誇っていいんだぞ!!」
「あの、僕が倒したんですけど」
「アムラリグス。人の手柄を横取りするのはダメだぞ?魔神を倒せるのは『剣聖』『賢者』そして『英雄』だけなんだからな」
(その倒せる『英雄』が目の前にいるんですけども?)
「それに返り血を浴びているシュナミブレルに比べ、アムラリグスは傷どころか血のひとつもついていない」
「そ、それはあまりの強さに圧倒して――」
「――まぁそんなことはいい。それよりも今日のダンジョン実習は中止だ!シュナミブレルは今すぐに医療室に行くぞ!」
「…………」
これが光魔法差別というやつだろうか。
どうして俺がやったと信じてくれない?なぜ前世よりもあしらわれている?なぜ俺が横取りしてるみたいになってる!?
(終わってんな!この世界は!!なんで終始俺の実力が証明されないんだ!俺の実力を見てくれよ!!)
心のなかで嘆く俺は、背中からシュナミブレルを抱きかかえようとするマエスタ先生に睨みを向け、心のなかで唾を吐き捨てた。
「ル、ルフくん、ここまで背負ってくれてありがとね。そしてごめんね……」
「いえ、気にしなくて大丈夫です」
眉根を伏せるシュナミブレルにほほ笑み顔で嘘百八を並べる。
そして軽くなった背中を伸ばし――胸にべっとり頬をくっつける嬢様を見下ろした。
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