第24話 お嬢様が目を合わせてくれない
あれから数日の月日が経った今、俺達はダンジョン攻略実習のために入口で立たされていた。
岩が蔓延る入口には羽が生えた悪魔の銅像が2体建っており、光が入っているはずのダンジョン内は真っ暗で不穏なのが見るだけで分かる。
まぁ真っ暗な理由は魔物が脱走しないように障壁を張っている結果なんだが、この悪魔の銅像についてはいまいち分かっていない。
「メ、メイラちゃんあんまり離れないでね……」
まだ入口前だというのに怯えに怯えまくっているシュナミブレルは嬢様の腕にしがみつく。
(というかなんでこいつが俺達と居るんだ?)
というのも、このダンジョン攻略実習はそれぞれのクラスによって分かれているはずだ。
俺達なら水クラスで固まり、風魔法を使う生徒は風クラスで固まるのが鉄板であり、先生の説明にもあったはずだ。
だが、どういうことかシュナミブレルはなぜか別クラスのはずの水クラスに位置ついている。
それも教師に注意されることもなく。
「別に離れるつもりはないけど……なんでニーナがここにいるの……?」
どうやら気になっていたのは俺だけではなかったらしい。
シュナミブレルを離すどころか逆に実を守るために体を寄せた嬢様は、その行動とは裏腹に眉間にシワを寄せて口を切る。
けれど、シュナミブレルが答えた理由は至ってシンプルなものだった。
「だってあのクラス私1人だし……」
ギュッと嬢様の袖を掴むシュナミブレルはなんとも悲しそうな表情で瞳を見上げている。
「あ、そっか……。な、なんかごめんね……?」
「いいよ謝らなくて。こうしてメイラちゃんとルフくんと一緒にダンジョンに行けるわけだし!」
「ポ、ポジティブだね……」
苦笑交じりに紡ぐ嬢様はチラッとこちらを見て、そしてすぐに視線をシュナミブレルのもとへと戻してしまう。
俺のことを見たからだろうか?その顔にあったはずの苦笑は一瞬で落ちてしまい、代わりに浮かび上がるのは赤らめた頬。
なぜか嬢様は数日前のお出かけ以来、俺の顔を見るや否や頬を赤らめるようになり、気まずそうな表情を浮かべるようになった。
時々俺の横顔を見つめてくる時があるのだが、目を合わせばまるで見てませんよと言いたげに顔を反らす。
(俺、なにかしたか?)
なんて疑問を何度頭の中で考えても答えは当然出ない。
たまに嬢様は物言いたげに中途半端に口を開くのだが、もちろん言ってくれるわけもなく疑問は募るばかり。
――今日は俺と嬢様の誕生日だというのに、この調子だとまともにお祝いできないぞ?
ほほ笑み顔はそのままで、ジッと瞳だけで嬢様のつむじに睨みを向ける。
そうこうしてると、魔物の銅像に挟まれるように入口の前で仁王立ちするマエスタ先生はパチンッと大きな手を叩いた。
さすがは腰に剣を備えているだけはあって筋力がある。
青空が見えるこの岩に囲まれた広場で、まるで何度も反射したかのような響きで轟く畳音は一瞬で騒がしかった生徒を黙らせた。
「静粛に!今からダンジョンに入るための注意点を説明させてもらう!」
もうすでに静かになっているというのに、釘を打つように生徒たちを一瞥するマエスタ先生は合わせていた手を腰に当て、小さく息を吸う。
そして相変わらずに轟く声で、
「まず初めに!勝手な行動はするな!教師に指示されたことだけを熟し、指定された範囲から離れるな!」
指定された範囲というのは1階層のことだろう。
どんなに才能を持ち合わせていようが、流石に初めてダンジョンに来る生徒を1階層よりも下に行かせるという判断は学院側にはないらしい。
まぁ前世でダンジョンを攻略した俺からも初めてで好き勝手に行動するのは悪手だと思うからその判断は正しい。
……のだが、その才能を持ち合わせている1部の貴族は納得していないらしい。
「もっと下に行かせろよ」だとか「雑魚しかいないだろ」だとか、数日前に嬢様とやりやったフォリラルグスを筆頭に所々から聞こえてくる。
これまた先駆者の意見なのだが、あいつらには1回地獄を見せたほうが良いぞ?
「次の注意事項だが、1階層にもフロアボスが存在する!冒険者や教師が随時倒して入るが、稀に予期せず時に出現することがある!もしフロアボスを見かけた場合は交戦することはなく、直ちにその場から逃げ出すこと!」
呼吸することもなく、一気に言い切ったマエスタ先生はギロッとフォリラルグスを睨みつける。
小声だったとはいえ、マエスタ先生しか話していないこの場ではしっかりと耳に届いていたのだろう。
横目に見えるのはフォリラルグスの見開かれた目。
流石に貴族とはいえ、強面の強者に睨まれたらビビってしまうのも分かる。
(前世の俺もよく怖がられたものだからな)
遠い目をしながらなんてことを思う俺に、不意に隣からクイクイっと袖が引っ張られた。
「(メイラちゃんにお誕生日おめでとうって言った?)」
袖を掴むのは前回の反省を活かしてか、極限まで声を小さくしたシュナミブレル。
多分元『英雄』の俺じゃなかったら聞き逃してしまうのではないのか?と思うほどにその声はほんっとうに小さく、現に嬢様に気付いた様子は見られない。
「(まだ言えてないですね)」
これまた俺もシュナミブレルと同じように砂が擦れる音よりも小さな声で言葉を返せば、口の動きで察したのか、コテッと小首を傾げられる。
「(……どうして?)」
「(お嬢様が僕と目を合わせてくれないから、ですかね)」
今朝も嬢様のことを起こしたし、学院にも2人で登校した。
けれど、そのどちらもが『おめでとう』と言える雰囲気じゃなかった。
先ほどと同じように目を合わせたかと思えば逸らされ、俺から会話を繰り広げようとしようものならなにを考えてるのかボーっと相槌を打つだけ。
そんなことをされたら当然『おめでとう』の5文字を言えるわけもなく、去年までとは違ってギクシャクとした誕生日を過ごしているというわけだ。
(まぁ嬢様にも色々あるんだろう。たかがひとつの誕生日が無くなるぐらい前世のことを思えば小さなことだ)
「(……なんかどうでもいいって高括ってない……?)」
「(そんなことはありませんよ。ただ、お嬢様にも色々あるのでしょう。執事の僕が関与する気はありません)」
「(ふーん……)」
意味深に鼻を鳴らすシュナミブレルはジトッと細めた目をこちらに向けてくるが、生憎あなたと違って俺は心が読めないんだ。
ほほ笑みを向ける俺は意味深なシュナミブレルに言及する気もないのでマエスタ先生がいたはずの入口に目を向けた。
「あれ?もう説明終わったんだ?」
続くようにシュナミブレルも入口に目を向けたのだろう。
不審がるその言葉は、一瞬にして嬢様の眉間にシワを寄せさせてしまった。
「……聞いてなかったの?」
「いや?聞いてたよ?けど早かったなぁってね?」
苦しい言い訳は裏声になりながらも紡がれる。
どうせバレるだろ。なんてことを思いながらそれぞれのクラスに分かれていく生徒たちを見渡しながら2人の会話に耳を傾ける。
ちなみに水クラスに真っ先に行ってるのはフォリラルグスだ。
グチグチ言ってたが、意欲があるのはなによりだ。精進したまえ。
「まぁ確かに早かったけど……ほんとに聞いてた?」
「もちろん!メイラちゃんは私がそんな子に見えるの?」
「前科があるからね」
「うぐっ……」
(……なんで騙し通せてんだ?)
物理ダメージでも負ったかのように胸を抑えるシュナミブレルが騙し通せたのはこの名演技があってこそなのだろうか?
いや、嬢様がチョロいだけか。
「それよりも早く行こ?みんな集まってる」
「う、うん……」
未だに胸を抑えるシュナミブレルは小さく頷き、いつの間にか俺の袖を離していた手を嬢様の袖に移し、未だに名前がわからない金青髪の先生の元へと歩いていく。
そんな2人の後ろに、まるで空気であるように足音ひとつ立てずについていく俺は――なぜかシュナミブレルにベーっと舌を出された。
「(私はもう分かったけどね)」
ほぼ口パクも同然の言葉は俺の傾げそうになる首を更に捻らせる。
(分かった?何に対して?)
そんなことを考えるがもちろん答えが出てくるわけもなく、前に向き直ったシュナミブレルの後頭部を見つめることしかできなかった。
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