第18話 プレゼント

「ルフくんっ。どうして逃げるのっ」


 弾むような声は俺の肩を捕まえ、足を止めさせる。


 俺の完璧な考えをぶち壊し、逃げ道を塞ぐ悪玉の主なんてわざわざ言わなくても分かるだろう。


「ん?ルフくん?黙っちゃってどうしたの?」

「いえ、少し驚いただけです」

「え、その顔で驚いてたの?」

「はい」


 錆びた歯車のように硬かった首を強引に回して浮かべたのはお手の物であるほほ笑み顔。


 そうして視界に入るのは白をベースにした私服を身に纏う悪玉シュナミブレル

 どうやら俺が驚いたことに驚いたらしく、丸くした目をこちらに向けていた。


 肩から下げる白いトートバッグと水色のズボンにシャツインしている姿から察するに、相当のファッションセンスがあると伺えるのだが、今の俺にはそんなのは関係ない。


「それよりもどうかされましたか?シュナミブレル様」


 さっさとシュナミブレルの用事を終わらせてこの場から逃げよう。そう思いながら紡いだ言葉だったのだが、どうやら逆効果だったらしい。


「あ、そうそう」とこの一瞬で本来の目的を忘れていたらしいシュナミブレルはポンッと手を鳴らした。


「さっき目が合ったのに逃げたでしょ?話しかければよかったのに」

「いえ、お二人の時間を邪魔するわけにはいきませんので」

「絶対嘘。というか知ってるよ?メイラちゃんに解雇されたんでしょ?」

(知ってるんかい)


 思わず素でツッコミそうになってしまう口を気合で堪え、代わりに「正解です」とほほ笑み顔で紡がせる。


「でもどうして解雇されたの?確かにルフくんは執事としては完璧じゃないけど、メイラちゃんとの相性はいいと思うんだけどな……」

「執事としては完璧じゃない、ですか」

「うん。だって主人を売る執事がどこにいるっていうの?」

(……ごもっともです)

「それに、メイラちゃんが許可してるとはいえ、発言が自由にできる執事なんていないよ?」

(……存じ上げてます)


 人が歩き去る中、足が動かないでいる俺は未だに肩を掴まれている手の主になぜか説教をされている。


 さっさと逃げようとしていた思惑なんて当然のように悪玉シュナミブレルによって壊され、夢を叶えるために作られた時間は刻一刻と削られていく。


「まぁでも、その自由さがメイラちゃんって感じがするし、それでこそ幼馴染の執事と主人だからいいと思うけどね」

「そうですか」

「あ、今『じゃあなんで言ったんだよ』って思ったでしょ」

「いえ、気のせいかと」

「……ほんと?」

「えぇ」


 懐疑的な瞳とともにやっと肩から手を離してくれたシュナミブレルは腰の後ろで手を組み、嘘を見抜くためにか顔を覗かせてくる。


(……どうやら、今日はダメな日らしい)


 やることなすこと全てが悪玉にバレてしまう。


 なんで頭でしか思ってない『じゃあなんで言ったんだよ』を一言一句当てれるんだよ。

 やっぱこいつ魔術師じゃなくて他の道行ったほうが儲かるだろ。


(てかなんでここにいるんだよ。嬢様はどうした)


「あ、今『なんでここにいるんだよ』って思いましたよね?」


 うん、卒業までに嬢様と貴様シュナミブレルの進路について考えといてやるよ。

 もちろん私怨をねじ込ませるけどな!


「いえ、気のせいかと」


 今の心情からは想像できないほどに飄々と口を開く俺は小さく横に首を振る。

 さすれば「ふーん?」と懐疑的な瞳を向けてくる。


「でもよかったよ。解雇されてルフくんの元気がないんじゃないかって心配になったんだよ?」

「心配で来られたんですか。わざわざありがとうございます」


 覗かせていた体を起こしながら紡ぐシュナミブレルの目からは本心だと言わんばかりに眉根を下げている。


 嬢様もそうなのだが、コロコロと表情を変えてくれるのは分かりやすくて助かる。


 そしてシュナミブレルも命拾いしたな?その心配のお陰で俺の私怨のほぼ全てが――


「いや、残念ながらそれはおまけなんだよね」


 ――残念ながら増したよ。


「そうですか」


 困惑することすらもアホらしくなり、即答してやった俺は顔を背け、右足を持ち上げた。


 コロコロ表情が変わってくれるのはありがたい。が、シュナミブレルの場合は別だ。


 嬢様と違ってこの表情には裏がある。

 というかこの表情のせいでなにを考えてるのか逆にわからん。


(まぁ主人でもなんでも無いからいいんだけどさ)


 一種の開き直りを見せた俺は上げた右足を下ろして一歩を踏み出した。


「ちょ、ちょっと待って!?なんで来たかちゃんと理由話すからさ!」


『なにを今更』なんてことを思うのだが、もちろんその足を止めることもなく――


 ――突然俺の裾は引っ張られた。


 服が伸びてしまうのではないかと思うほどに勢いよく掴まれ、俺が元『英雄』じゃなかったら思わず尻餅をついてしまうほどの握力。


 突然のことだったが「うっ」と一瞬息が詰まる程度で収まり、襟元に指を挟みながらシュナミブレルに顔を向けた。


「こんな事されてもほほ笑みなんだ……」

「わざと引っ張ったんですか?」

「いやわざとじゃないよ!?これしか止める方法がなかったの!」

「そうですか」


 未だにグイ―っと裾を引っ張るシュナミブレルは歯を食いしばりながら紡ぐ。


 そんな光景を表ではほほ笑み――裏ではジト目――で見つめる俺は相変わらず指を挟みながら「それで」と口を切る。


「引き止めた理由はなんでしょうか。なにか用事があるのでしたらお嬢様のためにもお早めに終わらせたほうがいいかと」

「そ、それはそうね。こんなにトイレが長かったら帰ったあと変な心配されそうだし……」


 なんてことを紡ぐシュナミブレルはゴソゴソと持っていたトートバッグに手を突っ込んだ。


(というかトイレで抜け出してきたのかよ)


 あまりのベタさに呆れすら抱くが、こんな見え見えの嘘に騙される嬢様も嬢様だ。


 これ見よがしに向けられるシュナミブレルの頭にジト目を放つ俺は心の中で小さなため息を吐き、静かにお目当てのものが出てくるのを待つ。


 もちろん突っ込んだ右手を右往左往しているシュナミブレルに俺の目つきなどわかるわけもなく、「ちょっと荷物入れすぎたかな……」とぼやいている。


 何をそんなに入れてるんだ。なんてことを思ったのもつかの間、ぶつを手にしたらしいシュナミブレルはバッと顔を上げた。


「数日早いけど、ルフくん!お誕生日おめでとう!」


 そう紡ぎながらトートバッグから出てきたのは、青いリボンが巻かれた小包。


 これまた丁寧にも両手で持ち直したシュナミブレルはニカッと笑みを浮かべながら突き出してくる。


 燦々と照らす遥か上空の球体よりもその笑顔は眩しく、そして好奇心に満ち溢れていた。


 どうして渡す側が好奇心に満ちているのかは分からない。だが、出会って初めてシュナミブレルのことが分かった気がした。


(普通に女の子なんだな)


 この数日のシュナミブレルは良くも悪くも大人であり、子供だった。


 光魔法の持ち主だと分かった時は焦らず、社会の操り人形にならないように教師に頼った。


 けれど、嬢様に怒られた時は子どものように唇を尖らせ、言い訳を探していた。

 加えて表情もコロコロと変わる。


 人によっては喜怒哀楽が激しくて愛嬌がある人だなと思うだろう。

 だが、シュナミブレルは多分、だ。


 何かを隠している。

 何かを隠しているから、子どもではなく大人の部類なんだな、と。

 自分に当てはめてそう決めつけてしまっていた。


「え……無反応……?」


 思わず言葉を詰まらせてしまっていた俺に、シュナミブレルは眉根を下げて顔を覗かせてくる。


「いえ、少し驚いただけです。まさか執事の僕にプレゼントがあるとは思いませんでしたから」

「友達なんだから当然じゃん!毎年上げるからね!」


 いつもとは違う心底この状況を楽しんでいる笑顔。

 その笑顔はやっぱり『女の子』で、好奇心に溢れていた。


「それは嬉しいですね。プレゼントもありがとうございます」

「うん!ちなみに中身はリボンと同じ色のペンダントだから大事にしてね!」

「ありがとうございます。大事にさせていただきます」


 シュナミブレルの手元から両手でそのプレゼントを受け取った俺は小さく会釈をし、素直に感謝の気持ちを伝える。


 でもどうやらシュナミブレルが求めていたものは違ったらしい。


「なんかこう……もっと砕けてくれてもいいんだよ……?」

「いえ、執事である以上畏まらないといけませんので」

「……友達でも?」

「はい」

「ほんとそこはしっかりしてるよね……」


 ぷすーっと唇を尖らせたシュナミブレルの顔から笑顔は消えてしまったが、先ほどの好奇心に溢れた笑みが効いているのだろう。

 感情が読みやすくて仕方がない。


 昨日まではこの尖らせた唇を見ても『子供っぽい』という感想しか出てこなかった。


 だが、今のシュナミブレルはも湧いて出てくるのだ。


「執事ですから」


 相変わらずのほほ笑みを尖らせた唇に向ける俺は決して貰った小包をくしゃらせることもなく、けれど離すこともなくしっかりと両手で握りしめる。


 こう見えて俺はプレゼントを貰った回数は前世含めても両手で数え切れるほど。

 なんならそのほとんどが4歳から毎年貰い続けている嬢様のプレゼント。


 前世では悲しいことに貧乏家庭で育ち、プレゼントを貰ったのは10歳の誕生日に貰った母さんと父さんの2つだけ。


 それ以降は『英雄』という称号のせいでプレゼントどころか人すら近寄ってこなかったんだが……まぁ、今世で嬢様以外の人に貰えているんだ。


 近寄らなかった奴らを忘れるつもりはないが、今はこの嬉しさに浸ろう。


「今は執事じゃないでしょ?」

「貴族の前では執事になるように教えられていますので」

「親御さん厳しいんだね」

「えぇ」

「否定しないんだ……」


 否定の1つも見せない俺をへんてこに思ったのだろう。失笑を浮かべるシュナミブレルは「執事なのに」と含み笑いを披露する。


 そんなシュナミブレルに対してほほ笑み顔を解除することはないが、心の底では『よく笑う子』と前世では味わなかった――嬢様以外では感じることのなかった――感情に身を包みながら、俺たちは長いようで短い誕生日のお祝いを終えた。

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