元『英雄』だって自由に生きたいし、夢を叶えたい!!

せにな

プロローグ

第1話 英雄は元『英雄』になりました

 『英雄』とはなんだろうか。

 ふとそんな疑問が浮かび上がる。


 世界を救う?魔王を討つ?国に奉仕する?


 まぁ英雄ならばその全てだろう。

 魔物スタン大群ピードが起きれば国王の命令によって駆り出され、災害が起きれば修復工事を手伝えとギルドから駆り出され、謝礼金は多いが使い道がない時間に追われた毎日。


 もう一度聞く。英雄とはなんだろうか。

 世界を救う?魔王を討つ?国に奉仕する?

 否。その全てに当てはまるし、そして当てはまらない。


 Q.英雄とは

 A.社会の操り人形


 これが俺が見出した答え――いや、英雄として生きてきた俺が嫌でもわからされた答えだ。


『力があるのだから魔物を倒せ』『体力があるのだからもっと働け』


 こんな直接的に言われることはなかったが、国民の……国王の笑顔の奥にはそんな言葉が隠れ、遠回しに嫌味を伝えてくることなんてしょっちゅう。


 だが、そんな英雄をこき使われる毎日でも、ひとつだけ命令されなかったことがある。

 本で読んだあの夢を追いかけて英雄になったのに、その夢だけが命令されなかった。この世に生まれたすべての人間が本で見たであろうあの夢――魔王討伐がでいた。


 小さい頃の俺の中の英雄は『魔王を倒すかっこいい人』という認識であった。次第にそれは崩れていったのだが、それでも魔王を討ち取るという夢を諦めきれなくて、『英雄』を続けた。本の中で見たかっこいい『英雄』になりたくて。


 けれど現実は違った。魔王を討ち取るどころか、国王が選んだのは魔物の素材を効率よく集め、より良い魔道具を作り出すこと。

 魔王が魔物を統治し、その統治して群れた魔物を俺が倒すというただの流れ作業。


 魔王も馬鹿なのか、国王の策略にハマりまくって魔物の数が減るばかり。

 ダンジョンで素材を集めればいいものをなぜ地上にいる魔物で補おうとするのかは未だにわからない。わからないから俺は――


 ――単身で魔王城に乗り込んだ


 国王の命令なんて無視し、ギルドの依頼なんて放棄して。

 夢見た『英雄』になるためがために、自暴自棄になった俺は四天王なんて薙ぎ払って魔王と対峙した。


 この頃には精神的な限界を迎えていたのだろう。普段の俺なら絶対にどこかで踏みとどまるはずなのに、道中で休むこともなく魔王城一直線。

 どこかの村で休むこともなく、睡眠を取ることもなく、なにかに取り憑かれたように魔王の玉座へと歩いていく。


 そしてボロボロになりながら魔王を討伐した。

 崩れそうになる体を杖にしたつるぎで支え、拳を握ったさ。


『これでみんなが認める英雄になれる!』


――なんて、淡い希望を抱いた俺が馬鹿だった。


 満面の笑みで王都に帰ってみれば向けられるのは民衆たちの忌み嫌う瞳たち。

 子どもたちから投げられるのは歓声ではなく石ころ。


「お前は化け物だ!」


 そんな言葉が今でも鮮明に残っている。


「魔王がいなくなった今、お前に何が残る!」


 これまで通り国に奉仕すればいい。それだけのことなのに、石とともに投げられる罵詈雑言は俺の『英雄』をグチャグチャにし始めた。


 どうしてそこまで魔王に拘るのか。どうして英雄が魔王を倒したらダメなのか。意味がわからなかった。

 意味がわからなかったから――


 ――暴れた


 堪忍袋の緒が切れたのだと思う。これまで散々溜め込んできた怒りがここで発散されたんだと思う。

 今思えばよくこれまで我慢したほうだよ。英雄に選ばれて18年。13歳の頃からよく頑張ったものだ。


 当時、そんな言葉をかけてくれるやつがいればきっと俺がになるまで暴れることは無かったと思う。

 それかもっと俺のことをこき使い、俺の体力を地の底まで削っていればすぐに止めることはできただろう。


 だが、今目の前に広がるのは火の海に包まれた家々。

 魔王を倒した後とは思えない体力を見せた俺は今、5人の人間と対峙している。


「どうして!どうして英雄がこんなことをする!」


 5人と言っても戦っているのは俺と剣聖のこの女。

 他4人は瓦礫に身を委ねていたり地面に這いつくばっていたり。


 それでも俺を食い止めなければならないという使命感からだろう。魔力で強引に力を底上げする4人はフラフラになりながら俺の前に立ち塞がる。等身よりも大きい杖に縋り付くように体重を預け、ゴニョゴニョと詠唱を唱え始める。


 剣聖以外の4人は賢者。詠唱の計略で最上級魔法を扱い、その威力は一撃で街を破壊してしまうほど。

 そんなやつらを4人。そして英雄にも迫る剣技を扱う剣聖が1人。よく今の今まで圧倒できたものだ。


「じゃあ君に問おう。『英雄とはなんだ?』」


 最上級魔法が打ち込まれる前に問いかける。ボロボロになった剣聖に。大事そうに両手で柄を握る剣聖に。足の震えからもう動けないと伝えてる剣聖に。


 俺はまだ動ける。動けるが、これは火事場の馬鹿力というやつだろう。

 実際には魔王と対峙した時に体力の9割を持っていかれた。馬鹿な魔王とはいえ、強さは本物。

 英雄に憧れていなかったら今頃俺は負けていただろう。


 剣を片手で握る俺は両手を大きく広げ、まだ動けることを披露する。

 まるで民衆に言われた化け物のように。ほほ笑みを浮かべて。


「こき使われるのが英雄かい?操り人形になるのが英雄かい?違うだろ。魔王を倒し、この世界を平和にするのが英雄だ」


 子供の頃に全員が読む本がある。

 それは『英雄譚』という短いタイトル。けれど内容は子供たちに希望と夢を与えるもの。

 世界の最悪から身を挺して守り抜く。そんな夢を与え、努力すれば誰でも英雄になれるという希望を授けてくれる本。


 そんな本の主人公――英雄は、俺が言った通り魔王を倒して世界に平和をもたらした。国民からは歓喜の声が上がり、国王からは生きてて困らないほどのお金をもらい、王女をお嫁として貰える。


 英雄は安泰。それはこの本を読めば誰もが想像し、英雄である俺を見れば誰もが失望する。

 それは今目の前にいる剣聖と賢者もそう。見開いた目からは驚きが溢れ、そして悔しげに歯を食いしばる。


「そう……だ。確かに英雄は魔王を倒して世界を平和にする!それが私達が見てきた英雄だ!」

「だろ?俺はその英雄に則って行動を起こしたんだ。そしたら罵詈雑言。石を投げられ忌み嫌う目を向けられ。俺、なにかおかしなことしたか?」

「指示もなく動いたのが……間違いだ……」


 元気があるのか元気がないのかはっきりしない声は、賢者の頭上でできあがる星空のような巨大玉によってかき消される。

 もし、相手が俺じゃなかったらあの魔法に目を奪われていたことだろう。というか、今この状況でもあの魔法は綺麗だと思う。


 星のように輝く白い光と夜空を彷彿とさせる黒の魔力。

 円を描くように回り始める白い光は線を引き、そんな魔法に茶々を入れるわけでもなく、ただ呆然と見つめる。


 国王の命令に逆らえられなかった弱者から生み出される魔法をただマジマジと。

 言葉を返すことなく広げた腕を下ろしながら。


「……逃げなんですか?」


 不意に言葉を零したのは5人の賢者が並ぶ中の先頭のやつ。

 魔力枯渇を起こしているのか、真っ青の顔から解き放たれる一言。そんな言葉に俺は首を縦に振る。


「逃げないよ。というか自分で死ぬし」


 どちらの言葉に驚きを見せたのかは分からない。が、分かりやすく目を見開いてくれた賢者と剣聖の動きはピタリと止まり、けれど魔法玉で渦巻く光は動き続ける。


 ここから逃げ出せば生きられる。そんなことはここにいる誰もが分かっているし、きっと賢者もそれを狙っているのだろう。

 瞳の奥からは『逃げてくれ』とさえ感じてしまう悲しげな表情が訴えかけてくる。


 けど残念。

 ここまで暴れといて申し訳ないが、こんな英雄を続けるつもりはない。

 さっさと死んで楽になりたいものだ。


「じゃーな、賢者と剣聖さんよ。もう英雄は生み出すなよ」


 重たい右手を上げ、つるぎを喉仏に突き立てる。

 魔力玉の下では剣聖やら賢者が何か言ってるが、気にしない。これまで助けなかったお前らの言葉で踏みとどまるわけがないのだから。


 空を見上げれば夜空。火に包まれているせいで星は見えない。

 けれどそれでいい。俺の夢もこの星のように見えなくなってしまったのだから。


 ニコッとほほ笑みを浮かべた俺は――


 ――喉に激痛が走ってからの記憶はない


 どうやって倒れたのかも、隣の奴らが何を言っていたのかも、あの魔法がどこに打ち込まれたのかも分からない。

 でも、これでよかった。俺の英雄としての人生は終わった。

 強引に王都に連れていかれ、親とも離れ離れの生活も終わった。

 無理に魔物を倒す必要もなくなった。

 強者と戦う必要もなくなった。

 国王の命令も、ギルドの命令も聞くことはなくなった。

 何もかもが終わったんだ。何もかもがなくなったんだ。


 ――そうなるはずだったんだ……。


 開かないはずの瞼は軽々と上がり、ズキズキと痛みを訴えていた体は何不自由なく痛みを感じない。

 瞳の先にあるのは見たこともない高い天井に、突き刺さるほど眩しい光る物体。


『天国に来たのか?』なんてことを思ったのもつかの間。


 左耳からは「おぎゃー!」という赤子の鳴き声。

 頭上からは「元気な子ですよ……!」という歯を食いしばったような女子おなごの声。

 赤子の更に左側からは「はぁ……はぁ……」という女の疲れ切った息が聞こえる。


 鮮明すぎるほどの鳴き声と荒息は状況を飲み込めない俺の耳に一方的に入ってくるばかり。

 なにがなんだか理解できない俺はパチクリと瞬きを繰り返すが、不意に浮遊感に体が包まれた。


「うちの子とは違ってマイラの子は静かだな?さすがはの子と言ったところか」

「ですかね……。もしそうならば、今すぐにでもセリシア様のお子様に従えさせたいのですが……」


 浮遊感を感じた原因は目の前にいる黒ヒゲのおっさんが俺のことを軽々と抱きかかえているから。

 他人のことをおっさんと言っといてなんだが、俺も31のおっさんだ。そんなおっさんを今、このおっさんは軽々と持ち上げているんだ。


(……?)


 この状況に、俺の脳みそは疑問符を浮かべることしかできなかった。

 なにか抵抗を示すわけでもなく、言葉を発するでもなく、意味不明な状況に頭を抱えることしかできなかった。


「まぁ、言わんとすることは分かる。俺とて泣かない赤子を見るのは初めてだ。将来どんなに強いやつになろうとも、は皆平等に泣き叫ぶはずだからな」

「です……よね……」

「でも安心しろ。呼吸はしてるみたいだぞ?俺のヒゲに赤子の息とは思えないほどの風があたってる」

「も、申し訳ございません……。私の子供がご無礼を……」

「大丈夫だ。なんなら生まれてすぐ亡くなる、という事態を回避できただけでも喜ぶべきことだ」


 苦しそうな声から繰り出される謝罪に、ヒゲを生やしたおっさんはニカッとはにかみを浮かべながら安心させるように言う。

 そんな笑みを見たからだろうか。それとも英雄としての経験がパニックを起こした脳を取り仕切ってくれたからだろうか。


 疑問符しか浮かばなかった俺の脳はやっと冷静を取り戻し、目の前のおっさんと浮遊感の下から聞こえる女子おなごの声を沈着と耳に受け入れる。

 そうして気付いた。


(俺、赤子じゃね?)


 己のつるぎで貫いたはずの首は痛みを生じていない。けど、回らない。

 手の皮が引きちぎれるほど振り回した手も痛くない。けど、上がらない。

 現在進行系で働き続ける思考はあれど、言葉が発せない。


 そしてなにより、このおっさんが何度も口にした『生まれた』という言葉や『赤子』という言葉。その言葉を発する度にこのおっさんは俺の方を見てくるのだ。

 もし俺が赤子になったのなら軽々持ち上げられているこの状況にも合点が行くし、身動きが取れないこの体にも理解ができる。


「で、ですね……。喜ぶべきことです……ね。それに、セリシア様のお子様と同じ日に生まれたのですから……」

「そうだな。これから共に育っていく姿を見るのが楽しみだ」


 未だに俺を抱きかかえたまま高笑いを披露するおっさんと、今にも意識を失いそうなほどに苦しそうな女子おなご

 寝させてやれよ、とツッコミを入れたいところだが、声を出せない俺には不可能なこと。


 代わりにジトッと湿った視線をおっさんに向けてやれば、こちらの視線に気付いたおっさんは目が合うや否や口角を上げた。


「マイラの子、将来すっげーやつになるぞ?」

「……本当ですか?」

「あぁ。これに嘘偽りはない。さすがだけはあるな」


 女子おなごではなく、まるで俺に言い聞かせるように言葉を振り掛けてくるおっさんは相変わらず口角を吊り上げたまま。

 そんなおっさんに、言葉が返ってこないのは女子おなごが気絶寝をしてしまったからだろうか。


 もう1人女がいたはずなのだが、そいつも力尽きたのだろう。

 俺は経験したことはないが、子供を産むのにもそれなりの体力がいると聞く。


 この会話と状況を見るに、俺と泣き喚く赤子は双子ではないだろうし、2人の女が同じ日に産んだのだろう。

 なんともまぁおめでたいことなのだが、俺の脳はこの事実を受け入れて更におめでたくなっている。


 だってそうだろう?『英雄』じゃなくて、普通の常民……ではないけど、英雄よりも断然マシなで生まれたんだぜ?いや、生まれ変わったんだぜ!?

 英雄としての知識はそのまま。経験もそのままで新たな人生を生きれるんだぜ!?嬉しいといったらこの上ないだろ!


「娘と共に育ってくれよ」


 小さなベッドに降ろされながらおっさんから紡がれる言葉。

 そんな言葉に首は触れないものの、心のなかで大きく「もちろん!」と叫ぶと、浮遊感が感じられなくなった体をフカフカのベッドに委ねられる。そしておっさんはベッドから離れていく。


 唯一動く瞳を動かしながらおっさんを追いかけ、入り口横にある椅子に腰掛けたことを確認した――瞬間俺は心のなかで雄叫びを上げた。


(やっと自由に生きれるぞ!英雄になんて囚われず、誰かに命令されることもなく、嫌々誰かを守ることもなく、俺は貴族として平凡に生きれる!英雄時代に叶えられなかった夢がやっと叶えられる!!)


 隣で泣き喚く赤子なんて気にもせず、再び視界におっさんが入ってきたことに気にも止めず、ただ喜びを叫び続ける。

「俺は自由だ!」と。「英雄なんてクソ喰らえ!」と。


 前世で溜めに溜めたストレスを開放するように。前世で感じた怒りをぶちまけるように。

 見えない拳を握って、ただ喜びを叫んだ。


 俺が――いや、が5歳になるまでは、その喜びが尽きることもなかった。

 朝も昼も夜も。5年間尽きることはなかった。なかったんだ……。


 窓掛けを開けば燦々と降り注ぐ太陽の光。木の縁に囲まれたガラスを押し出せば心地の良い風が部屋に入り込み、鳥のさえずりが耳を癒やす。

 そんな新鮮な空気の前で、ひとつ息を吸った僕は――


「おはようございます。


 ――振り返ってお腹の前で手を組み、ブランケットから白縹しろはなだの髪を覗かせる少女に優しい声をかけた。

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