第32話 皐月の容態
行きと同様に道に迷いながらも、俺たちは村まで帰ってきた。
「ポーションは取り返しました。病院はありますか? 1人死にかけているんです!」
俺は負ぶっている皐月を、村人に見せつけるようにして言った。すかさず村長のワーナーが駆け寄ってくる。
「ポーションを取り返してくれたというのは本当か?」
「本当です。それより早くこの子の治療をしてください!」
ワーナー村長の目にも皐月の姿は映っているはずなのに、ポーションを優先されたことが腹立たしくてつい語気を荒げてしまう。
皐月は盗賊のアジトを出たときは、何やらぶつぶつ呟いていたが、俺たちが道に迷っている間に気を失ってしまった。
「あ、ああ、わかった。今回は特別に私の家で寝かせてやろう。村のヒールスキルの者をすぐにかき集めてくる」
ワーナー村長は、特別、のところをやけに強調して言った。皐月が危機的状況で気が立っているのか、そんな態度がいちいち俺の癇に障る。ここで揉めていても仕方がないので、無言でワーナーの後ろをついて歩く。さらにその後ろにダイヤも付いて来ているようだ。
「ここだ」
ワーナーの家に入り、奥のベットに皐月を寝かせる。しばらくすると村のヒール使いがスキルをかけて、すぐに去っていった。その動きがいちいち緩慢で今にも、早くしろ! と叫びだしてしまいそうだったが、ぐっと堪える。
「ところで奪い返してくれたというポーションはどこに?」
呑気にワーナーが訊ねてくる。
「これです」
ダイヤは必要最低限の言葉を返してバックの中身をワーナーに渡す。
「おお! ありがとう。感謝するよ」
この状況で笑っていられるワーナーの神経を疑う。
「この村にはレヴェルの高いスキルを使える者はおらんからな。目が覚めるまではもう少し時間がかかると思う」
それだけ言い残してワーナーはどこかへ出かけた。ワーナーの言う通り、村人たちにスキルを使ってもらっても、依然皐月はまだ目を覚まさない。
「皐月さん大丈夫ですかね?」
ダイヤが今にも泣きそうな顔で訊ねてくる。そんなこと俺もわからないが、とにかく前向きなことを言っておく。
「大丈夫。皐月さんがこんなところで死ぬわけないだろ」
皐月が死んでしまったら、俺はどうやって生きていけばいいのかわからない。旅をする理由の半分、いや大半を失ってしまうのだから。寄り添ってあげることしかできない俺たちは、意味があるかはわからないが夜通し皐月のそばに居続けた。
流石に朝方になるとダイヤは座ったまま寝始めた。だがそれも一瞬のことですぐに目を覚ました。
「伊織君も休憩してください。交代で起きておきましょ」
目をこすりながら言っている。
「いや大丈夫。ダイヤもまだ寝たりないだろ。もう少し眠るといい」
「あたしは大丈夫です。それにこうなってしまったのはあたしの責任でもありますし」
盗賊の話を聞いて、行くのを躊躇っている俺と皐月を無理やり説得したのは、確かにダイヤだ。その責任を感じているのだろう。だが俺はダイヤのせいとは全く思っていないし、それはまだ目を覚まさない皐月も同じ気持ちだろう。
その日も皐月は目を覚まさず、また夜が明けた。昨日来たヒール使いの村人が、淡々とスキルを皐月に使い、すぐにどこかに行った。そのタイミングでダイヤも眠りはじめ、昨日同様すぐに目を覚ました。
「伊織君丸2日寝てないですよね。皐月さんが心配なのはわかりますけど、このままだと伊織君まで死んじゃいますよ」
ダイヤが懇願するように言う。確かに全く寝ていないが皐月のことが気が気ではなく、食欲も睡眠欲も全く湧いてこない。
「大丈夫だって。それよりダイヤこそ横になってちゃんと寝た方がいい」
「あたしこそ大丈夫です。伊織君が寝てください」
ムキになってダイヤが言い返してくる。
「本当に大丈夫だって」
俺もムキになってしまった。
「うるさいわね」
微かに聞こえた声の方に目をやると、皐月が目を覚ましていた。
「皐月さん! 大丈夫なのか!」
俺はまだボロボロの皐月の体を、思わずゆすってしまった。
「だからうるさいって言ってるの。伊織君学習能力ないの?」
いつものように毒舌を吐く姿は皐月そのものだ。安心した俺は急激に疲労感が湧いてきた。どうやらここ2日の緊張感が一気に解放されたようだ。思わず寝ている皐月を、抱きしめるように倒れこんでしまう。
「よかった。本当によかった」
皐月の耳元で何度も呟く。
「だからうるさいって言ってるでしょ。暑苦しいから離れて」
皐月は俺を引き離そうとしたが、その力があまりに弱々しくて、まだ体は傷だらけなことに思い至る。
「それで、なんでダイヤは泣いてるの?」
後ろを振り返るとダイヤが声を押し殺して大粒の涙を流していた。
「だって、皐月さん、もう目を覚まさないんじゃないかと、思って。それで、嬉しくって」
何度も声をしゃくりながら、ダイヤは目をこすって皐月に話す。
ダイヤも、皐月に覆いかぶさるような体制になって声を上げて泣き喚き始めた。
「何度言わせるの。うるさいって言ってるでしょ。ダイヤ、私の首元で鼻水を拭くのはやめて」
注意されたダイヤは慌てて皐月から顔を離したが、手は皐月の体に触れたままだ。
「私があんなことで死ぬわけないでしょ。ここは村かしら。2人がここまで運んでくれたの? ありがと」
もしかしたら見間違いかもしれないが、皐月の目にも、うっすらと涙が光ったように見えた。2人につられて俺の目にもうっすらと涙が溢れてきた。皐月に何か言われると思ったが、そんな俺の様子を見ても皐月は、微笑むだけだった。
「ごめんなさい皐月さん。あたしが無理やりポーションのために盗賊のアジトに行こう、なんて言ったから。あんなこと言ったから、皐月さんはこんなボロボロに。本当にごめんなさい」
ダイヤの涙は依然、留まるどころか勢いを増している。
「そんなことダイヤが言ったかしら? 覚えてないわ」
皐月の優しさに、さらにダイヤは涙の量を増やす。このままでは干からびるのではないか、と思うほどの涙の量だ。ひとしきり泣き終わるとダイヤは皐月の手を取って、ありがとう、とだけ伝えた。
不意に皐月は、ベットに手をついて座ろうとするが慌てて俺とダイヤが止めに入る。
「まだ寝てなきゃだめだ。意識が戻っただけで体はボロボロなんだから」
皐月は俺の手を振りほどく元気もないのか、されるがまま、またベットに仰向けに寝転んだ。
「でも、調べたいことがあるの」
調べたいこととは恐らく、この前盗賊が捨て台詞のように言っていた、MLという組織の、あおいという人物のことだろう。確かに気になるが、今の皐月はとにかく安静にしておくべきだろう。
「そうだ。盗賊から話は聞きだせたの?」
皐月は今目を覚ましたばかりなのに自分の体よりも元の世界に帰る手がかりの方が大事みたいだ。もう少し自分の体を大事にしてほしいと思うが、皐月に言ったところでろくに聞いてくれないだろう。
「いや、ずっと皐月さんのそばにいたから」
「馬鹿ね、私のことなんか気にせずにすぐにアジトまで戻ればよかったのに」
言葉とは裏腹に皐月は嬉しそうに言った。
「そんなことはできないの知ってるくせに」
「そうかな。伊織君意外とドライなところあるからな」
皐月からそんな評価をされているとは意外だった。自分では仲間思いだと思っていたが、そうでもないのかもしれない。
「もしかしたら、まだ気を失った女の盗賊がいるかもしれないわ。ガタイのいい男の方は伊織君たちが戦っているとき、這いつくばるように逃げて行ったわ。ごめんなさい追いかける体力もなくて」
皐月は申し訳なさそうに言った。
「そんな、皐月さんは謝らないでください。今から伊織君と一緒にアジトに向かってみます」
ダイヤが勝手に俺まで行くことを決める。可能性は低いだろうがまだあの女盗賊がいるかもしれないが、ここで皐月を1人にすると無理をして街の本を探し出すかもしれない。それだけは避けたい。皐月はまだ安静にしてくれないと、心配で心配でどうにかなってしまいそうだ。
「でも、皐月さん1人にしたら絶対安静にできないでしょ」
「約束するわよ。ここでのんびり寝てるって」
皐月が真っ直ぐこちらを向いて言う。
「本当に?」
「本当だって。また指切りでもする?」
流石にダイヤが見ている前で、そんなことをするのは気恥ずかしい。
「わかった、信じるよ。じゃあ行ってくる」
立ち上がり扉を開けようとした瞬間、皐月に呼び止められた。
「待って。2人とも、数日ろくに寝てないでしょ。目の下が真っ青よ。それになんだか痩せこけてるようにも見えるわ。1日ちゃんと寝てご飯を食べてから、それからあいつらのアジトに向かって。約束よ」
約束、のところにやけに力を込めて言った。
皐月は何でもお見通しのようだ。この約束を守らなかったら、皐月の方も安静にするという約束は守らないだろうな。言われた通り俺たちは村の人に頼み込み、副村長の家に1泊させてもらい、食堂でたらふく食べてから、翌朝盗賊がいた場所まで2人で向かうことにした。
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