第12話 戦いの傷

「さっき俺にくれた魔力が回復するポーションはもうないのか?」

「あるにはあるんですけど…」

あるんだったら飲めばいいじゃないか。何を迷っているんだ?

「早くそれ使って!」

「でも、これは…」


しばらく悩んでいたダイヤだったが意を決したように、それを一気に飲み干した。

これでダイヤの魔力は安心だ、だが体力のほうはもう限界だろう。それはゴブリンたちも同じなようで、動きが徐々に緩慢になりずっとバリアに防がれている拳からは、血が滴り始めていた。やがてゴブリンたちは痛む拳に我慢できなくなったのか、攻撃を蹴りに切り替えたが、やはり動きは緩慢だ。これならいけるかも知れない。


「次の攻撃バリア張らないで!」

喋ることすら苦痛になったのか返事はしなかったが、恐らく伝わっているだろう。

俺は目が見えている方のゴブリンが攻撃してくるのを待った。ゴブリンが左足を上げこちらに向けようとした瞬間、俺はゴブリンの軸足になっている右足に向かって走り出した。相当に体力を消耗しているらしく、奴が気付いて避ける前に、右足を掴みそのままゴブリンと一緒に倒れこんだ。無茶苦茶に暴れて無我夢中で俺の全身を殴ってくる。痛みで意識が飛びそうになるが、執念でゴブリンの足を掴み続けて離さない。消え入りそうな意識の中、俺は右手を奴の目に向けて伸ばし、何とか能力を使う

「ファイアー3タリア

これで右目は燃えただろう。あとはこいつの左目だけだ。


「ディフェンスペンテ

またしても、もう一体のゴブリンの接近に気が付かなかった。だがそれは俺だけのようで、ダイヤは疲労困憊の体を引きずるようにして俺ともう1体のゴブリンの間に入り守ってくれた。助けられてばかりだ。


片目を焼かれたゴブリンはさらにやけくそ気味で暴れまわり、抱え込んで離さない俺の背中を殴打し続ける。


「ファイアー3タリア

痛みで体の自由が利かないが何とかもう片方の目に能力を当てる。

「一旦離れようダイヤ」

俺は這うようにしてゴブリンたちから距離を取ろうとしたが、見かねたダイヤに抱えられる。本当に助けられてばかりだ。


「すまないがもう少しだけ守ってってくれ」

「言われなくてもそのつもりです」

俺はダイヤがスキルを使ってゴブリン2体と時間を稼いでくれている間に、ヒールで体を意識が飛んでしまわない程度に回復させる。もう俺の魔力もあまりないかもしれない。ダイヤは俺とは比べ物にならないくらい魔力を使っている。


いつか皐月が言っていた、女のほうが魔力が生まれつき高い、と教えてもらったのを思い出す。まさかここまで違うとは、単純に男女の差なのか、それともダイヤが特別魔力が高いのか、或いは俺が低すぎるのか。


2体共視力を失ってしまえばもう大丈夫だろう。

「もうスキルは使わなくていい!ちょっと休んでいろ」

その言葉を聞くと同時に、ダイヤは膝から崩れ落ちるように座り込んだ

「はぁはぁはぁ」

もう体力は限界を超えていたようだ。ダイヤにばかり無理をさせて申し訳ない。あとは俺が何とかしないと。目が見えない今なら、さっきのように避けることは不可能だろう。

またしても、そこらの石ころを拾い2体のゴブリンめがけて夢中で投げ続ける。夢中で投げたうちの1つが1体のゴブリンの額にクリーンヒットする。

痛み悶えているゴブリンに近づき、胸のあたりを思いっきり蹴り飛ばし転倒させる。一瞬パニックになったゴブリンが体勢を立て直す前に、俺は喉元を思いっきり踏みつける。暴れるゴブリンを無視して何度も何度も踏みつけ絶命させた。


あと1体。そのもう1体は俺に向かって近づいてるとばかり思ったが、わずかなダイヤの息切れの音を頼りに、ダイヤに近づき、今まさに蹴りを入れる寸前だった。


「ディフェンスペンテ

か細い声で呟いたダイヤだったが、バリアは出なかった。どうやら魔力が尽きたようだ。

ゴブリンの蹴りがダイヤの右腕に入り、ミシリッと嫌な音がした。

ダイヤは声も出さずうずくまっている。


その瞬間俺の中で何かが弾けた。考えるよりも先に体が動いていた。気が付くと俺は憎きそいつに向かい体当たりをしていた。そのまま俺とゴブリンは重なり合って倒れこんだ。喉元に能力を使おうと手を伸ばすが、暴れるゴブリンの右手が俺の顔面に入った。

まだ先ほど受けたダメージが残っているので、1発喰らっただけで、視界がゆがむほどの痛みを感じる。


「ぐっっ!いってえ!」

少し怯んだ俺の隙をついて何度も何度も拳を振り下ろしてくる。流石にもうだめかと思い一旦離れようとしたが体が思うように動かない。意識が遠のいていくのが分かった。


ぼやける視界の中でゴブリンの拳が眼前に来ているのが見えた。恐らくこの1発を喰らったら、もう意識は保てないだろうなと半ば諦めかけて目を瞑っていたが、いつまでたっても体に衝撃が来なかった。恐る恐る目を開くとゴブリンは顔面を踏まれ仰向けに倒れている。


踏んでいるのはダイヤだ。

「はぁはぁ…。あんまり伊織君をいじめないでくれる」

そう言った瞬間、踏んでいた足に力を込める。ダイヤが怒ったところを初めて見た。こちらに怒りを向けているわけではないのに俺まで身の毛がよだつような静かな迫力がある。

「ぐぎゃぁ!」

ゴブリンの悲鳴が聞こえたが、すぐにそいつは動かなくなった。どうやら何とか勝てたみたいだ。だが感傷に浸っている場合ではない。すぐにダイヤに駆け寄り、俺はスキルを使い続ける。


「ヒールテッシラヒール4テッシラ…」

「あたしは大丈夫だから、伊織君は自分にスキルを使ってください。伊織君もう死にかけですよ」

涙ぐんで訴えかけるダイヤの言葉を無視して、俺はダイヤにスキルを使い続ける。


「本当にもう大丈夫ですから、お願いですから伊織君自身を治してください。でないとあたし怒りますよ」

先ほどのダイヤの身の毛もよだつような怒りを思い出す。


「わかったよ」

俺は魔力をぎりぎりまで使い自分にヒールをかけたが怪我が治るわけもなく気休め程度にしかならなかった。


痛む体を引きずりながら俺は片腕のちぎれた少女のもとに歩み寄る。


「ヒールテッシラ

わずかな望みをかけてスキルを使ってみたがやはり少女はびくともしない。心臓に耳を寄せる。無音だ。これだけの出血量で生きている方がおかしい。


「かわいそうですね。私が花畑なんて呑気に見せていなかったら、この少女は救えたかもしれない」

ダイヤがいつの間にか俺のすぐ横に立っていた。

「ダイヤのせいじゃない。街の外に出なかったらこの子たちの悲鳴にすら気づけなかったと思う。俺のスキルのレヴェルがもっと高かったら、腕を食われたあの時、治してあげられたのかもしれない」


俺はこの子の両親であろう男女に近づく。

「申し訳ありません。あの子を助けることができませんでした」

男の方は涙を流し、声にならない声で何かを呟き続けている。女の方は意識がはっきりとしていないのかずっと無表情のまま虚空を眺めている。

ひとしきり泣いた男は俺たちに向き直る。


「君たちがいなかったら私たちまで殺されていたよ、感謝する。ただ、今は妻と娘の3人にしてくれないか?」

男は隣の女を支え、少女のもとに歩み寄り大声をあげて泣いた。大人の男が声を上げて泣いているのを俺は初めて見た。なんだか見てはいけないようなものを見た気分になって、反射的に視線を逸らす。


俺たちはその場を後にする。やりきれない思いを抱え、て宿まで帰りベッドに寝転んだ。その間ダイヤとは一言も話さなかった。後悔や反省で何かを話す気にもなれないし、何より口を開くことすらしんどいほど体も気持ちもボロボロだった。ベッドに横たわった後もなかなか寝付けずにいた。



やがて皐月が帰ってきて、もう夜になったのかと気づく。

「今日は迎えに来てくれなかったのね、2人でデートでも盛り上がって…」

そこまで言うと、皐月は口を閉じ俺とダイヤに交互に目線を向ける。

「何その怪我!何があったの?なんで病院に行かないの?」

畳みかけるように聞いてくる皐月に

「ちょっといろいろあってね」

と答えるのがやっとだった。

「いろいろって何よ、スキルはもう使ったの?こんな大怪我じゃ私のヒールでも治らないわね。早く病院行くわよ。2人とも歩ける?」


皐月は俺たちにスキルを魔力の限界まで使ってくれた。

「この世界にも病院があることは知ってたんだけど医療費かかるだろ。この前、皐月に節約しろって言われたばっかだし」

皐月の表情が今まで見たことないくらいに険しくなる。どうやらかなり怒っているらしい。本日2人目の怒りにふれ、本日2回目の身の毛がよだつ感覚になる。


「ふざけないで!お金なんかよりあなたたちのほうが100倍、いや1000倍大事に決まってるでしょ!!」

なかなか嬉しいことを言ってくれる。


そうして俺たちは皐月に引きずられるように病院に向かっている道中、ダイヤの意識が完全に途切れた。皐月が何かを叫んでいたが疲れすぎていて頭が回らず、うまく状況が呑み込めずにいた。気が付くと病院のベッドの上にいて数日の入院が決まったことを皐月に知らされた。


「ダイヤはどうなったの?途中で気を失ってたんだろ?」

「熱中症よ。こんなクソ暑い中で魔物2体を相手にし続けていたらしいじゃない、倒れて当然よ。怪我自体は伊織君よりもましだから2,3日で退院できるそうよ」

皐月の表情は依然として険しいままだ。

「教えて、なんであんなボロボロになるまで戦ったの?魔物なんて倒さなくてもここは街なんだから、食料なんていくらでもあるのよ」


俺はなぜゴブリン2体を相手にしないといけなかったのか、事の顛末を話した。突然悲鳴が聞こえたこと、駆け付けると少女が今にもゴブリンに襲われそうだったこと、それを見て助けに行ったが間に合わず今でも後悔していること、逃げれば少女の両親まで犠牲になると思いダイヤと戦ったこと。


「なるほどね。冷たいように感じるかもしれないけど私はそれでも2人には逃げてほしかった。その少女の両親のために逃げるのを躊躇って伊織君とダイヤさんが死んでいたら、私はきっと死ぬまでその両親を恨むことになったでしょうね。私がこんなこと言っても、また同じような場面に遭遇したらきっと2人は、また同じように助けに行くんでしょうね。2人のそういうところが結構気に入ってたりもするんだけど」

同じような場面など想像したくもないが多分皐月の言う通りなのだろう。


「どうやったらあの子を救えたのかな?何の罪もない少女があんな簡単に魔物に殺されるなんてこの世界は馬鹿げているよ。何が剣と魔法の異世界だよ。俺たちの世界よりも辛いことしかないじゃないか」

吐き捨てるように言うと、また後悔の波が押し寄せて俺の頭を覆いつくし、自然と涙があふれ出る。


「強くなるしかないんじゃない。そうしたら救える命もあるかもしれない、早くこんな理不尽な世界とおさらばして、元の世界に帰れるかもしれない」

強くなる、か。昨日からどうやったらあの子を救えたのか考えていたがやっぱり強くなるしかないのだろうか。この弱肉強食の世界を生き抜くためにはそれしかないように思えた。


「泣いている暇があったら魔物の1匹でも倒して少しでもポイントを稼いで強くなりなさい。ただし必ず魔物は1匹ずつしか相手にしないこと、魔物と戦う時は必ずダイヤさんと一緒に行動すること、やばくなったら絶対に逃げること。これだけは約束して」

言いながら皐月は右手の小指を差し出してきた。思わず噴き出してしまう。そんな子供じみた約束の方法をとるとは思わなかった。そんなことしないでも約束するって、と言おうとしたが皐月の表情があまりにも真剣だったため、俺も小指を差し出し10数年ぶりの指切りをした。

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