17. 決闘の歌を聴け
『決闘!?』
その場にいた全員の声がハモった。
またしてもとんでもないことを言ってしまった、という後悔が湧いたが、吐いた台詞を飲み込むことはもうできない。
公爵は呆気にとられたような顔をしていたが、やがて高らかに声を上げて笑い出した。
「何を言うかと思えば……聖職者の貴殿が決闘だと? おかしなことをいう」
至極もっともな台詞に、僕の背中に汗が流れるのがわかった。
「もちろん、僕自身が剣を取って閣下のお相手をすることはできません。ですので、代理人を立てることをお許しください」
「ほう? 代理人とな。一体誰を推薦するおつもりですかな?」
公爵はまるでからかうような口調で尋ねつつ、ちらりとベルナールを窺う。そう……もし、この場だけの話なら、ベルナール以上の適任者はいない。だけど、それでいいのだろうか。
もし仮に、僕がベルナールを代理に立てて公爵に勝ったとして、果たして公爵派の貴族たちは納得するだろうか。どこの骨とも知れない修道士に騎士の面目を潰されては、かえって闘いが泥沼化する可能性もある。
この争いに幕を引き、解決に導くのに最も適した人物……そんなの、一人しかいない。
「フランシス殿下を推薦します。公爵にとっても不足のない人選では?」
「リュシアン様!」
僕の横にいたベルナールが、素早く制止してきたけど無視した。公爵は僕の挙げた名前に、一瞬虚を突かれたような表情を見せ、やがて人の悪い笑みを浮かべた。
「なるほど、王太子殿下がお相手か。よろしい、受けて立ちましょう。ここで受けねば騎士の名折れ、神の御名の下において、この戦の勝敗を分けようではありませんか。――サヴィニ子爵」
「はっ」
ラ・アル公爵に呼びかけられたベルナールは剣を納め、その場にひざまずく。
「貴殿のお父上、アルトワ伯と我が麾下のペリーニ伯を介添人として推薦する。宣誓の儀式はリュシアン・サリニャック殿にお引き受けいただきたい。異論はございますかな?」
「謹んでお受けいたします」
僕は公爵の要請にそう応え、ベルナールも深々と頭を下げた。公爵は僕たちの反応に満足そうに頷いた。
「では、リュシアン殿。後ほどお会いいたしましょう」
公爵は慇懃無礼に言い残し、悠然とその場を去った。
決闘をするにはそれなりの手順があり、準備が必要になる。フランシスはまだ自分が公爵と決闘することを知らないし……………………土下座の準備、しとくか………………。
ベルナールが重いため息と共に立ち上がる。彼は不安を顔一杯に浮かべたイアサント姫と視線を交わし、しばし沈黙する。
あの……今の空気、完全にお通夜のそれなんですが……?
「決闘はまずかった、です、かね?」
とっさのこととはいえ、フランシスを人身御供にしたようなものだしな……。
「いえ……古典的ですが、今回に限っては有効な手かもしれません」
ベルナールは思案顔でそう言った。僕を責める様子もなく、続ける。
「公爵閣下も決闘を申し込まれては無下にはできない。相手がフランシス殿下とばれば願ってもない、といったところでしょうか」
僕は戦況を立て直すためにも撤退はアリだと思ったし、公爵もそう考えて、密かに砦を脱出するつもりだったのだろう。
だが、本来これはあまり『騎士らしくない』行いだ。ましてや決闘を放棄して逃げたとなると、公爵の社会的な評価は急降下、とてもではないが生きてはいけない。……貴族社会も色々大変だ。
「自分で言っといてなんだけど、決闘って禁止されてたな……」
そういう法律、見た記憶があるわ。頭を抱えた僕に、ベルナールが苦笑する。
「おっしゃる通りです。ですが、法で禁じたところでなくなるものではありません。公爵閣下の世代であれば決闘は日常的でしたでしょうし、手頃な解決方法のひとつです」
古風な貴族であるところの公爵は、伝統的な慣習にも忠実だ。そう思うと決闘は、悪くない選択だったように思える。……重要なところをフランシスに丸投げした、という最低な事実を除けば。
とはいえ、申立人のほうにもリスクはある。もし代理人が決闘に負けた場合、彼の負った代償は申立人自身も払わねばならない。手を負傷すれば手を、足を失えば足を、最悪命を落とした場合は縛り首、だ。
「ところで、フランシス殿下とラ・アル公爵だと、どっちに勝ち目がありますかね?」
僕が話を振ると、イアサント姫とベルナールが沈痛な面持ちで顔を見合わせる。……あの、ちょっと……? お二方……?
「フランシス殿下、と申し上げるべきなのでしょうが……五分五分、いえ公爵に分がある、と判断せざるを得ません」
「若い頃のお父様は、アーデンス王国一の名をほしいままにしていましたわ。隣国との戦役では神がかり的な強さで、伯父様の信頼も厚かったと聞いています」
「それに比べると、フランシス様は一段も二段も落ちるかもしれません」
「フランシスは今回が初陣ですものね……」
「うっそぉ!? 公爵ってそんなに強いのぉ!?」
僕の悲鳴が通路にこだまする。思えばフランシスは、公爵の兵は弱いと言っていたが、公爵が弱いとは一言も言ってない。
というか前作で影も形もなかったのって、ずっと戦争に行ってたからか? そんな設定、初めて聞いたわ。
「リュシアン様、気を確かに。……手足だけで済むといいのですが」
「イアサント姫!? 負ける前提で話すのやめてもらえます!?」
「フランシス様が修練を欠かしたとはないといっても、所詮は堅固な王宮の中での話です。実戦経験の差は埋めようもない」
「ベルナールさん!? もっと殿下の強みとか話してくださいよ!」
「言葉を飾ったところで剣が強くなるわけではありませんから……」
「容赦がねえ!!」
あ、あなたたちフランシスの幼馴染みでしょおー!? もう少し何というか、手心というか……ないの!? ねえ!?
公爵が残してくれた従者の案内で城内に戻ると、すでにフランシスと公爵の決闘の件が砦中に広まっており、半ばお祭り騒ぎになっていた。
僕とベルナール、イアサント姫の三人で、フランシスの天幕まで足を運ぶと、そこには不機嫌そうな王子様が腕を組んで鎮座しており、僕を見るなりぎろりと睨みつけてきた。ヒィ!!
「勝手なことをして申し訳ありませんでした!!」
ほぼ土下座の勢いで頭を深く下げると、フランシスの重く深く長いため息が頭上から降ってくる。
「とんでもないことをしでかしてくれたなこのクソ坊主め」
その声は恐ろしく平坦で冷え冷えとしていて、わめき散らさない分、本気でキレていることを感じ取れてしまう。
死んだわ……今日、僕死んだわ……。何ヶ月かぶりに人生を諦めたところで、フランシスが「もういい」と素っ気なく告げる。
僕は恐る恐る顔を上げ、フランシスの様子を窺う。先ほどまでの、触れれば斬れそうなほどの怒気は消え失せ、落ち着いた様子で武具の手入れをしている。
「あの~…………僕、処刑ですか?」
「何故だ」
「何故って……僕の思いつきのせいで、フランシス殿下のお命を危険に晒してしまったわけで……」
「確かに俺は、貴兄のせいで死地に立たされているが、気に病む必要はない。出来の悪い人間の尻拭いも、上に立つ者の使命だ」
フランシスは例の聖人然とした笑みを浮かべながら、ちくちく刺してくる。めちゃくちゃ怒ってるじゃん……全然よくないやつじゃん……。
「フランシス殿下、恐れながら申し上げます。リュシアン様をお咎めになるのでしたら、是非私も同様に処罰くださいますよう」
僕はびっくりしてベルナールを凝視する。別に、ベルナールが謝ることではないのに。
「いやいやいやサヴィニ子爵は関係ないですよ! 僕が後先考えずに言ったのが悪かったので!」
「いえ、止めようと思えば止められました。それこそ、殴ってでも」
「えっ、殴っ……?」
「しかしながら、リュシアン様の提案は、フランシス様にとっても悪くないのでは、と」
「……へ?」
僕の口から気の抜けた声が出た。フランシスは恨めしげにベルナールを見ながら「まあな」と肯定する。
「貴様が言わなければ俺が決闘を申し込んでいたところだ」
フランシスは、ふん、と鼻を鳴らすと、不敵な笑みを浮かべる。
「一度でいいから、あのクソ叔父貴の傲慢な面を張り飛ばしてみたかった。ようやくその機会が巡ってきたな」
ワオ……好戦的すぎる……。
「でもフランシス、あまり無茶は……」
「イアサント、お前のじゃじゃ馬ぶりに感謝する時が来るとはな。戦が終わった暁には、お前の功績も認められる。よかったじゃないか」
イアサント姫の台詞を遮って、フランシスが淡々という。
「わたくしも立会人になります。よろしいかしら?」
イアサント姫が顔を青くしながらも、毅然と言い放つ。フランシスはその両目に憐憫の色を見せたが、一瞬だ。ふい、と目をそらして「好きにしろ」と呟いた。
「俺の勝利を祈れ。俺が負ければお前たちも道連れだぞ。特に、リュシアン・サリニャック」
「もちろん全力で祈ります!! ええ祈りますとも!! 祈ってどうにかなるならいくらでも!!」
ぐっと拳を握り、半ばやけっぱちで叫んだ。今の僕とフランシスは一蓮托生、泥船渡河、死なば諸共の運命共同体だ。フランシスの勝利を約束してくれるなら、悪魔と取引してもいい!
「……ありがたみに欠けるな……」
フランシスは迷惑そうに顔をしかめると、準備があるから出て行け、と追い払われ、僕たち三人は天幕を出た。
「……イアサント姫、無理しなくていいですよ」
僕が声をかけると、彼女はぱっと顔をこちらに向ける。一瞬、僕の言葉にぐらついたように見えたが、すぐに首を振った。
「いえ、わたくしにも責任の一端がありますもの」
強がりなのかもしれないが、二言はないとばかりに唇をきりっと引き結ぶ。この調子じゃ、説得したところで無駄に終わりそうだ。
――それからきっかり二時間ほど経ったころだろうか。
砦の中の一室でその時を待っていた僕たちの耳に、決闘の準備が整ったことを知らせるラッパの音が届いた。
近頃では類を見ないほどの、大物同士の対決だ。
僕たちだけなく、末端の兵士までもが、緊張と興奮がない交ぜになった表情を浮かべ、まるで神託のようにその音を聞いていた。
僕たち三人は無言で顔を見合わせ、決闘の舞台へと足を向けた。
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