「月紅至、妖伐隊と出会う」三ノ段
「入って下さい」
平幡が離れの中からそう言ってきた。巨体の岩鬼が離れに入りきれず、外から窓越しに室内を覗き込んでいるのは分かる。その岩鬼が自分の方を見て、意外そうな表情を浮かべていた。
「失礼する」
そう言って月紅至は引き戸を開けた。
「ふむ……」
窓からの陽光で室内は充分に明るい。そして広い。これだけで屋敷といっても通るくらいだ。しかしこの離れが建っている、桐林家の屋敷は大名かと思える程の広さだ。確かに岩鬼が潜んでいても分からぬだろう。
月紅至は室内を見回す。入ってすぐは土間。奥に座敷。座敷の中央には古びた障子が立てかけてある。しかし一目でただの障子では無いと分かる。障子には無数の、そして色とりどりの目が付いており、盛んに瞬きをしている。
平幡から予め説明されている。物の怪、目目連の一種で、これを介して彼らの指導者である夜先生が連絡を取っている。
もっとも受けた説明はそれくらい。あとは岩鬼が仲間におり、離れに入れないので、外から覗き込んでいるという事くらいか。
あとは……。
月紅至は妖伐隊の面々を観察した。
まず浪人姿の端正な面持ちの若い男性。これは人間だろう。その隣にカラス天狗。
座敷の西洋風の椅子を持ち込み、そこに座っているのは異人、西洋人のようだ。
ドジョウ髭の中年男性。そして胡座を掻いている高齢の男性。手には繭玉のようなものを持っている。
さらに黒子姿の人間が座敷に座っていた。
異様なのは土間に雲水姿の僧が十人ほど固まって立っている事。十人もまとまって土間に立っていると、かなり窮屈だろうが、不思議とそんな雰囲気は感じない。
「妖伐隊へようこそ。私が頭領です。こういう立場なので目目連を介して皆さんと話しております。名前は教えられませんが、夜先生と呼んで下さい」
目目連の向こう側にいる存在がそう自己紹介した。
その言葉に浪人の若者が、ちょっと意外そうな顔をした。
「そこまで教えて良いのですか?」
「そうだ。まだこの子供が仲間にすると決まったわけでもないでしょ」
ドジョウ髭の中年男性も同意する。
「子供では無い。これでも数えの17だ」
月紅至はそう反論するが、カラス天狗は見た目よりも柔らかいクチバシを歪めて笑った。
「子供じゃねえか」
その言葉を月紅至は鼻で笑う。
「そうか。では子供は退散するとしよう」
背を向けると平幡が慌てて引き留めた。
「いや、待って下さい。月紅至さま。みな悪気があって言っているのではないのです」
続いて目目連の向こうから、夜先生も月紅至に弁明した。
「失礼しました。頭領として私が謝罪いたします。今し方まで別件の話をしていたので、みな少し気が立っていたようです。申し訳ありません」
「ふむ、頭領殿がそこまで申すのなら、もう少し話を聞こう」
そう言うと月紅至は座敷へ近づき、重ねて訊ねた。
「座っても良いか」
「どうぞ」
夜先生の言葉に、月紅至は座敷へ上がり座った。
「月紅至さまといいます。村はずれの拐かし、人売りを退治してくれました」
平幡の言葉に一同は顔を見合わせる。
「して、その拐かし連中は?」
これまで黙っていた老人がそう訊ねる。
「喰らった。不味いものだった」
その言葉にさすがに一同は驚きを隠せない。
「喰った? 下手人を?」
「どうやって……?」
浪人やカラス天狗が口々に訊ねる。
「どうもこうも……。普通にな」
平幡が皆に説明する。
「月紅至さまは二口女なのです」
「いやいや、二口女だからって、人間を丸ごと食えるわけでもないでしょ」
ドジョウ髭が笑いながらそう言う。その言い様に月紅至は露骨に嫌な顔をしてみせる。
「そうか、信じられぬのなら別に構わん。儂も無理に信じて欲しいわけでもない」
そのやりとりに、少し座の空気が悪くなる。その気配を察したのか、先ほどからずっと無言だった、土間の僧たちの一人が口を開く。
「ならば拙僧たちの一人を喰らってみては如何ですか?」
月紅至は不思議そうな顔を僧たちへ向ける。僧たちは判で押したように、そっくりな笑みを浮かべて言った。
「我らは十人雲水と呼ばれる妖怪。十人で一人のあやかし。九人まで死んでも、一人が生きていれば、すぐに元通りです」
「なるほど、そういうあやかしは聞いた事がある」
そう答えると月紅至は目目連の方へ視線を向ける。
「十番がそう言うのなら、良いでしょう」
「十番?」
オウム返しに訊ねる月紅至に夜先生は答えた。
「妖伐隊は番号で呼び合います。十人雲水の彼は十番です」
「なるほどな。儂は何番になる?」
少し冗談めかして月紅至は訊ねるが、夜先生は答えない。
「まぁ、良い。腹は減っておらぬが、他ならぬ本人の希望だ。坊主は喰らった事がないが、味見ついでだ」
月紅至はまた土間に降りると、隅に固まっている雲水たちへ近づく。近くで見ると何とも異様だ。
雲水たちは表情のみならず、服装に至るまで寸分違わず同じなのだ。
「気味が悪いな」
素直に感想を吐露すると、月紅至は少し小首を傾げるようにした。
その瞬間だ。鮮血の色をした髪が逆立つ。後頭部の髪の間から、月紅至の頭よりも大きな、口そのものとしか言いようのない物体が出現した。
牙を生やし顎を大きく開き、十人雲水の一人へ襲いかかっていく。
「うぎゃあ!?」
自分から喰ってみろと言ったにも拘わらず、食いつかれた雲水は悲鳴を上げた。反射的なものなのだろう。あっという間に上半身を飲み込み、そして下半身までも喰らいつくしてしまう。
「なんだこれは……!?」
次の瞬間、月紅至は当惑したような声をあげた。
「味も何も無い。歯ごたえも全くない! まるで棒寒天でも、いや紙でも喰らったようだ」
後ろで見ていた妖伐隊一同も驚きの表情を浮かべたが、無論、その理由は月紅至自身とは違う。
「これは驚いたな」
椅子に腰掛けていた西洋人がひのもとノ国の言葉で思わずそうつぶやいた。
「油断していたとはいえ、一瞬で雲水一人を丸呑みか! ははは、これは大した物だぜ。戦力になるぞ、なぁ九番」
カラス天狗が浪人姿の若者にそう話しかけた。
「う、うむ。しかし……、もう少し加減というものが……」
九番と呼びかけられた浪人姿の若者は、月紅至の行いにいささか引いているようだ。
「いやぁ、これは凄い凄い。拙僧などひとたまりもありませんでした」
十人雲水が声を揃えてそう言った。いや、いまは九人か。そう思い月紅至は振り返る。
おやと思い、数え直す。何度か数え直しても、雲水の人数は十人。
おかしい。一人は今し方喰らったはずだ。
月紅至が困惑するのを見て、十人雲水は同じ表情でにやりと笑った。
「先ほども言ったでしょう。一人でも残っていれば、人数はすぐに元に戻るのです」
どうやら目を離した隙に、どこからともなく喰われた一人分が現れたようだ。
「十人雲水殿は、誰も見ていないと人数が元に戻るのですよ。どうやって人数が戻るのか、我々も知らない。十人雲水自身しか知らぬ事」
今まで黙っていた老人が口を開いてそう言った。
「すべては御仏の御心のままに」
十人雲水は合掌して頭を垂れた。
「なんとも出鱈目な連中だな」
月紅至は思わず嘆息した。
「月紅至殿が我らに合流してくれれば心強い」
目目連の向こうから、夜先生がそう言うが、月紅至は早速反論した。
「待て、なぜ儂がお主らの同志になるという前提で話が進んでおるのだ。儂にはお主らと行動を共にする理由などないぞ」
「世に徒なすあやかし、物の怪、そして人間を退治する。それだけで充分ではありませぬか?」
「儂には他にやらねばならぬ事がある。お主らと世直しごっこをしている暇は無い」
「おいおい、お嬢ちゃん。それはちょっと酷いんじゃないか?」
ドジョウ髭の男が眉をひそめるが、月紅至は構わずに座敷へ戻ると目目連の向こうにいるはずの夜先生に詰め寄った。
「儂がそこの河虎に付いてきたのは、お主らが儂の目的について、何か情報を持っていないかと期待してきただけだ。それを確認したら、さっさと退散させていただく」
「なるほど。それで月紅至殿。貴女の目的とは?」
夜先生の問いに答えて月紅至は言った。
「姉を探している」
「なるほど。して、その名は?」
「雫という」
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