しゅらららば10/事故現場とやっちー
「いや、違うだろリラは」
「けっこうあっさり否定したね、リラちゃんじゃ不満? というか不満って言ったら怒るよ??」
「違うって言ってるだろ、不満じゃなくてさ、どうにもピンと来ないというか……」
「でもリラちゃん恋愛的には奥手でストレートだし、変に恥ずかしがって秘密の恋人になってたって可能性もあるかもよ?」
「リラにずっとくっついてたお前に内緒で?」
「そう、悔しいけどワタシにも内緒で」
少しばかりぶすっと頬を膨らませるキョミに、カケルはもしや本当にと思い始めていた。
リラに片思いし、同性故に、リラが同性を愛する嗜好がない故に想いを秘めながら親友をしている彼女がそんな姿を見せているのだ。
――桜路莉羅、彼女こそカケルが忘れてしまった記憶の中で恋人だった人物かもしれない。
(………………まだ決まったワケじゃない、でも状況的には)
これはリラから話を聞く必要がある、だがその前に。
キョミには話していなかったが、カケルには一つだけ行きたい場所があった。
それは。
「なぁ、飲み終わったしそろそろ出ようぜ。――家に帰る前に、事故現場に行ってみたいんだ」
「うん付き合うよ、何か思い出すかもしれないもんね」
「かも、だ可能性は低い気がするけど。手掛かりも無いと思うんだけど、事故の後、一度も見に行ってなかったから少し気になってたんだ。そんでだな……」
「うん? ああ、場所知らないのか。知ってるから案内するよ! そうと決まればレッツゴーっ!」
という事で、二人は件の事故現場へ行った。
到着した時にはもう、日が暮れて街頭が煌々と輝いていて。
学校の最寄り駅の裏側、見通しの良い少し大きめの十字路、少し離れた場所にコンビニが。
「ここか……なんでこんな所に俺は居たんだ?? 仮にリラと居たとしてもデートスポットじゃないし、リラの家はもっと違う所だし……」
「リラちゃんは偶然通りがかったって言ってたけど、やっぱり不自然ではあるよね」
二人してスマホの地図と照らし合わせながら周囲を確認するも、どうしてこんな場所で、という疑問しか浮かばない。
やはり無駄足だったか、と思い始めたその時だった。
キョミが、あ、と小さく驚いて。
「やっちーセンセ! こんばんわ~!」
「はい? 天城くんと鶴居さんじゃん、こんばんわ~! え、どうしたのこんな所で」
「俺らは病院の帰りにちょっと事故現場見てみようって話になって、ちょっと寄ってみたんだけど……、やっちーはどうして?」
「うーん、……ま、二人ならいっか。実はね、この先のマンション借りて住んでるですよ、今は駅前のスーパーで晩ご飯の材料買った帰り、今日は先生んチ、かっらーいお鍋の予定なんですっ、くぅ~~、今から楽しみっ!」
「あー……やっちーセンセって辛いもの好きって本当だったんだぁ。――そういえばセンセのパンツスタイル初めて見たかも!可愛い!」
「え、ホント! ヤッター嬉しいっ!」
コートに白いニットのセーター、ジーパンいう私服姿は風花によく似合っていて、キョミはセンセー似合ってると楽しそうに。
一方でカケルは、そりゃあ風花なら何着ても良く似合うと思いつつ、なんともなしに彼女が手に提げているエコバックを見て。
(なんか結構買ってるな、もしかして恋人と一緒に住んで……、それとも一度に多く買って、買い出しの回数少なくするタイプか?)
一人暮らしの女性が買う量としては、多い気がすると。
(一緒に持って……は流石に図々しいし迷惑か、俺らも帰らなきゃならないし)
だが。
(住んでるマンションこの近くって言ってたよな、ワンチャン何か知ってるか?)
カケルは楽しそうに話し込む二人を見ながら、言うだけタダかと。
「やっちー、荷物重くない? 俺ら持つからさ、やっちーのマンションまで着いていかせてよ!」
「あ、ワタシも興味あるかもっ! やっちーのお家行ってみたーい!」
「えっ、私の家ぇっ!? だめだめっ、今はオフとはいえ教師と生徒の区別はちゃーんとつけますよっ!」
「ほほーう? 拒否するってことは……ズバリっ、知っているなやっちーっ! カケルちゃんの喪った記憶の秘密を!」
「ッ!?」
「…………え、やっちー先生? マジで俺の記憶について何か知ってるの??」
その瞬間、カケルも京美も風花の顔色が変わったのを見逃さなかった。
しまった、と言わんばかりに風花はいつもと同じ笑顔に戻すが、二人は逃がさないとそれぞれ前後に回る。
逃げ場が無いと悟った彼女は、ため息をひとつ。
「…………この件で私から言えることは一つだけ、本当は言わない方がいいのかもしれない。でも――」
風花は目の前で通せんぼをしていたカケルを真っ直ぐ見つめた、その少し青みがかった瞳が切なげに揺れるのを彼は見て。
「――思い出してあげて、天城くん。貴方が忘れてしまったのは恋人と、恋人と共に過ごした時間、その全て」
「何で、それを……」
「ふふっ、恋愛相談を受けてたの。応援だってしてた。だから……思い出してあげて」
「どう、して――」
どうして風花は泣きそうな顔をするのか、カケルは問いかけられなかった。
風花の後ろに回っていたキョミは、何事かを考え込んでいる。
動揺する彼を見て、風花は優しげに、悲しそうに微笑むと。
「じゃあ、また学校で。ばいばーいっ!」
元気な声で、足早に去って行った。
立ち尽くしたカケルの頭の中は、困惑で埋め尽くされていて。
(マジで俺に恋人居たのおおおおおおおおおおお!? 誰!? マジで誰ッッッ!? リラなのか!? リラ、お前が俺の恋人だったのかああああああああああ!? わっけわかんねええええええええええええええ!!!)
一方で京美は。
「――もしかしたら、利用……できる?」
そう呟かれた声は、幸か不幸かカケルには届かず。
だから二人とも、否、この世界で誰にも届かなかったのだ。
「…………どうか思い出さないで、その方がきっと、貴方が幸せだから」
風花が押し殺した声色で、喉を掠れさせ、そんな悲鳴をあげていた事を誰も知らなかった。
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