2-10
上野里加の運転する車は山を下り、バスに乗った駅を通り過ぎて行った。そのまま幹線道路を運転していけば新幹線の駅に着くのだという。幹線道路沿いにはホームセンター、食事処が目についた。車は幹線道路沿いにあるファミリーレストランの駐車場へと入っていった。
昼時を少し過ぎた頃とあって客足は引きつつあった。
古館と里加はコーヒーを注文した。
「上野さんは二野宮くんとはどういう知り合いなの?」
コーヒーを啜りながら古館は尋ねた。
「高校の同級生です」
「恋人?」
「いえ、そういうのではないです」
否定したものの、里加の頬がほんのり赤くなった。片思いというところだろうか。コーヒーを飲んでいるのに口が甘酸っぱい。
「高校で同じクラスで、二野宮くんも私も音楽が好きで、それがきっかけで仲良くなったんです」
二人して好きだったミュージシャンの名前をあれやこれやと聞かされたが、すべて舌をかみそうなカタカナの並んだ名前で、古館にはチンプンカンプンだった。
「二野宮くんは将来はプロのミュージシャンになりたいと言ってました。ギターもうまくて、自分で作詞作曲もしていて、作った曲は一番に私に聴かせてくれました」
「私のことをどう思っているのかわからない」という恋愛相談を聞いているのなら、彼は君に気があるよと返しているところだ。楽しかった日々を思い出してか、里加の表情もゆるんでいる。
「作った曲は動画サイトにあげていました。それなりに人気はあったんです。でも、2か月ぐらい経った時かな、ああいうことがあって、活動を辞めてしまったけど」
「ああいうこと?」
「はい……」
里加は言い淀んだ。
「コメントが……ついたんです。ずい分ひどいコメントで、彼、傷ついてしまって二度と動画サイトに投稿しないっていって、それまで投稿した動画を全部、アカウントごと削除してしまいました」
「あれか、今流行りの誹謗中傷って奴か?」
里加が肯いた。
「気にしなくていいよって言ったけど、ダメで。私、アカウントをいっぱい作って知らない人のふりでオンライン上でも励ましたけど、全然効果なくって。っていうか、二野宮くんに全部私だってバレてました」
里加は肩をすくめ、小さく舌を出してみせた。茶目っ気のある笑顔を見せたのも束の間、里加の表情が重苦しくなった。
「私、思うんです。誰かのコンプレックスな部分を執拗に攻撃し続ける人は、その人も実は同じコンプレックスを抱えているんじゃないかって。二野宮くんにひどいコメントをした人も同じ悩みを抱えていたんだろうな、きっと」
「ちなみに、どんなコメントだったんだ?」
好奇心にかられ、古館は尋ねてみた。
「顔、です」と里加が答えた。
「顔?」
「『曲はいいのに、歌ってる奴の顔がキモ』って」
あっと息を詰まらせたきり、言葉が出てこなかった。どうして通りすがりの人間にいきなり刃物を突き刺すようなことができるのだろう。顔が見えないのをいいことに面と向かってなら言えないようなことを平気で口にするとは。
顔がキモい……二野宮達也はどんな顔だっただろうか。
仏壇に飾られていた遺影を思い出す。肩まである髪、きつい目元を隠そうとするかのように長くのばされた前髪。特別よくもなければ、悪くもないというのが古館の印象だ。
「二野宮くんは目がきついと気にしてました。でも、切れ長できれいな目だなって私は思ってたのに。知ってます? 人って、自分の顔にはマイナスのバイアスがかかっているんです」
「なんだい、そのマイナスのバイアスってのは」
「化粧品のコマーシャルだったかな。警察の似顔絵を描く人に自分の顔の特徴を伝えて描いてもらった絵と、他人が説明して描いてもらった絵とでは、別人のように違う顔の絵が出来上がったんです。他人が説明した似顔絵の方が本人にそっくりでした。自分のことは客観的に見られないんだなって、そのコマーシャルを見た時に思ったんです」
「なるほどね。コンプレックスの方により気を取られてしまうわけだ」
里加がこくりとうなずいた。
里加の場合は痘痕も靨だが、と思いつつ、口にはしなかった。二野宮はマイナス方向に、里加は惚れた弱みでプラスの方向にバイアスがかかっている。
「お祖母さんによると、プロのミュージシャンになるといって上京したらしいんだけど、その辺の事情は知ってる?」
「上京する、プロになるという話は聞きました。動画の公開をやめて1年経ったか、経たないかくらいの時期だったかと」
「上京して2hillになった。上野さんはそう考えているんだよね」
里加は黙って頷いた。
「でも、顔が違う」
「整形したんだと思います」
なるほど、辻褄はあう。しかし、と古館は腕組みをして考えこんだ。
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