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 相手が沈黙してしまったのをいいことに一気に記事を書き進める。


 駆け出しの記者だった頃、上司に文字数ぎりぎりまで書けと指導されたものだ。紙面に空白スペースを作ってはならない、購読者はそのスペースにも金を払っているのだからと上司は繰り返した。後にも先にも指導は「空白スペースをつくるな」だけだった。文字数ぎりぎりまで情報をつめこむには言葉を言いかえるための語彙力や表現力を必要とする。ウェブサイト上なら思うがままの文字数で記事を書けるが、紙媒体の記事には文字数制限が存在する。必要な情報を制限内におさめるためには語彙をたぐり、表現を試行錯誤しなくてはならない。結構な作業だが、この作業こそが書くことの醍醐味で、明神にとっては苦ではない。むしろ快楽であったりする。


「2hil、緊張していましたか?」


 相手が沈黙を破った。


「どうだろう。インタビューは慣れているだろうから、緊張はしないと思うけど」


 ガラス越しに対峙した2hilの姿の記憶をさぐった。緊張どころかむしろ余裕のあるところを見せつけていたように思う。


「指を、動かしていませんでしたか?」

「指?」

「指をこうやって……」


 電話だというのに相手は指を動かしているらしい。「こうやって」と言われても明神にはどうなっているか見当つかない。電話だったと思い出したらしく、相手はどう言ったものかと言葉を探って黙り込んだ。明神の頭は記事の最後の行を埋めるための言葉を探してフル回転している。


「両手を合わせて、指先だけを突き合わせるようにして動かしていませんでしたか? イソギンチャクのように」


 イソギンチャクと聞いて頭の中に閃いたイメージがあった。2hilの手袋をした細い指がゆらゆらと動く様。グロテスクに感じたその動作を記事に書いただろうか。


「イソギンチャクみたいだなんて書きましたっけ?」

「ああ、やっぱり!」

 受話器の向こうで、はしゃいだ声があがった。


「ニノミヤくんだ、やっぱり死んでいなかったんだ!」


 思いがけない人名の登場に明神は耳を疑った。何か別の言葉を聞き間違えたか。だが、「ニノミヤ」という音に近い単語を知らない。「ニノミヤ」? 忘れないうちにと急いで「ニノミヤ」と打ち出しておく。


「その、『ニノミヤ』くんとかいう人のこと、詳しく教えてもらえませんか? 今は話せないので、後でこちらからかけ直しますので、連絡先を……」


 連絡先を尋ねたところで電話はふつりと切れてしまった。


 誰だ、誰からだった?


 慌てて着信記録をさぐった。連絡先を聞きそびれたとしてもかかってきた電話番号の記録が残っているはずだ。しかし番号は記録されていなかった。


 ついてない、心の内で舌打ちした。


 取り次がれた電話の番号は着信記録に残らないのだ。


「明神! 記事はまだか?!」

 キャップの怒号が飛んできた。

「今出します!」


 「ニノミヤ」と打ち込んだ部分を削除し、記事の脱稿に取り掛かった。


 *


 〇月×日、都内の美容整形外科、北村クリニックで院長の北村清さん(45)が遺体で発見された。発見者は従業員の女性で、休み明けの月曜日に出勤してきたところ、手術室で倒れている北村さんを発見、警察に通報した。死因は首の頸動脈が切られたことによる大量出血とみられ、警察は自殺と事件の両方から調べを進めている。

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