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「拝見します」
北村が背を丸めて古館の手許に見入った。古館のスマホ画面には2hilの画像が映し出されている。
「この人そっくりな顔になれますか?」
「ある程度、似せることはできますよ」
「ある程度? 見分けがつかないほどそっくりにはなりませんか?」
「骨格の違いがありますから。パーツは似せることが出来ても顔全体となると難しいでしょうね」
「顔の骨を削ればいいのでは? できますよね、骨を削ることぐらい」
「できますけど」
「なら出来るんだ、そっくりにすることが」
古館は食い気味に言った。古館の勢いに戸惑いつつ、北村は自信ありげに
「できますよ、時間はかかりますがね」
「時間がかかる……たとえば、三年ぐらい?」
古館は北村の反応をうかがった。
つるりとした北村の顔には表情の変化が表れにくい。古館はメスを入れられないであろう目の奥を探った。北村は古館の強い視線をよけるようにして顔をそむけた。
「顔を造るというのであれば、整形外科医は顔のアーティストと言えますね」
「アーティストというのは言い過ぎですよ」
「いやいや、アーティストですよ。私のような『なまはげ』が彼のような中性的な顔になれるというのはもはや芸術の域です」
持ち上げられて悪い気はしないらしい。北村は上機嫌だ。
「アーティストなら、自分の『作品』にはサインのようなものを残したくはなりませんか」
「顔に『北村』とサインを入れると? 面白いですけどね」
北村が笑い声を立てて笑った。ぴんと張った顔には笑い皺ひとつ寄らない。
「これを見てもらえますか?」
古館は、今度は別の男の写真をスマホ画面に映し出した。今飛ぶ鳥を落とす勢いの若手の俳優だ。
「青山剛志、ですね。彼がどうしました?」
「次はこちらです」
2枚目の写真は、アイドルの赤坂瑠美である。
「二人に共通する点が何か、わかります?」
「芸能人ということぐらいですね」
小首を傾げながら北村がこたえた。
「顔に答えがあります。よく見てみてください」
古館は二人の写真を並べて表示してみせた。北村は首をのばして写真に見入った。
「よくわかりませんね」
「右のこめかみのところです。小さな傷があるのが見えませんか? 米粒のような形、大きさの傷です」
「傷ですか?」
北村は古館から差し出されたスマホを受け取り、矯めつ眇めつ眺めていた。
「ああ、なるほど、言われてみれば傷がありますね。よく気づきましたね」
北村がスマホを返してきた。笑顔だが、笑顔の仮面をつけているかのように感情は読み取れない。
「二人の人間の顔に同じ形、大きさの傷が同じ場所にある。偶然でしょうか」
「偶然以外に何が考えられます?」
「さっき言った、サインです。アーティストが自分の作品であると証明する」
「バカバカしい」
北村が笑い飛ばした。
「あなたは想像力が豊かな方のようですね」
「観察力が優れていると言ってもらいたいですね」
古館はスマホをいじり、画面いっぱいに数名の男女の写真を映し出した。
「先ほどお見せした二人だけではない。実はかなりの数の芸能人に同じ形、大きさの傷があるんです。しかも、全員、同じ場所、右のこめかみのあたりです。こうなると偶然ではすまなくなる。もう一つ、彼らに共通する点がある。かれらは整形を噂されています。そしてこれは一般には知られていないが、あなたは芸能人御用達の整形外科医として頼りにされている」
出版社勤務時代、女性週刊誌を担当していた時のコネから仕入れた情報だ。
「何者だね、君は」
北村が気色ばんだ。構わずに古館はたたみかける。
「北村院長、私は、生き返ったといっている2hilは、あんたがどこかの誰かを2hilそっくりに整形した偽物だと踏んでいる。三年という時間をかけてね。だから2hilが復活するまで三年がかかった」
「整形はあり得る話です」
北村が冷静さを取り戻し、
「しかし、整形外科医は私だけではない。他にも大勢いるでしょう」
「さあ、それだ。2hilの偽物をうみだしたのは誰か。そこでさっきの傷です。あれは担当した整形外科医によるサインです。顔を傷つけるわけにはいかない、だが、自分の『作品』であることは誇示したい。あなたは自分が整形した人間の顔に目だたないほどの傷をつけることにした。同じ傷がよみがえった2hilのこめかみにもある。しかし、三年前の2hilの顔には傷がない――」
古館は、三年前の2hilの写真と直近の写真とをスマホの画面に並べてみせた。直近の写真は毎朝新聞に掲載されたインタビュー時の写真だ。やや斜めをむいた横顔の右こめかみには米粒大の傷がみてとれた。
「怪我でもされたのでしょう」
北村が椅子から立ち上がった。椅子に座っている古館を見下ろす笑顔の仮面の下の目が笑っていない。
「おかえりいただこうか。あなたは新規の顧客ではないようだ」
「今日のところはおとなしく引きさがりますよ」
古館は立ち上がった。上着のポケットから名刺を取り出すと、北村に差し出した。
「話す気になったら、ここの番号にかけてください。メールでも構いません。もちろん、謝礼は払います。2hilの記事だ、いい金になりますよ」
北村は名刺を受け取ろうとしなかった。仕方なしに、机の上に置き、古館は北村クリニックを後にした。
北村は連絡してくるだろうか。
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