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朝食は今日もサンルーム、けれど対面にはナミレチカ、エングニスは自分の分を自室に運んでしまった。まぁ、無理もない、キャティーレとの睦言をキャッキャと嬉しそうに話すジュリモネアなんか見ていたくないだろう。
生来の屈託のなさからなのかジュリモネア、けっこうきわどいことを言うものだからナミレチカでさえ返答に困る。同性のナミレチカでさえそうなのだから、エングニスが逃げ出すのも無理もない。
「まったくもう! ジュリモネアさまがお幸せなのはよぉ~く判りましたから!」
とうとうナミレチカが呆れかえる。
「キャティーレさまはやめてネルロにするって言い出すんじゃないかって、心配したわたしが馬鹿でした」
少しばかり怒りを滲ませたナミレチカだ。が、次の瞬間、ジュリモネアを見てギョッとする。
「ごめんなさい、言い過ぎました……」
ジュリモネアの顔が真っ青だ。しかもガタガタと震えている。そこまで強く言ったわけじゃなかったのに……後悔するナミレチカだ。
ジュリモネアさまはきっと、婚約者はキャティーレさまなのだと自分の言い聞かせたかった。だからキャティーレさまにすべてを許し、自分の運命を受け入れる決心をした。その裏にはネルロへの思いもあったのかもしれない。ネルロを忘れ、キャティーレさまのことだけを考えよう、そのためナミレチカ相手に
自分の失策にオロオロするナミレチカ、だが、そんなナミレチカを別の意味でジュリモネアが慌てさせた。
「ナミレチカ……わたし、どうしたらいいの? あのね、ネルロに会いたい。今すぐ会いたい。わたし、ネルロが好きでたまらないんだわ」
「へっ?」
「ネルロってこのお屋敷に住んでるって言ってた。リザイデンツに訊いたらお部屋を教えてくれるかしら?」
「はぁ?」
「それとも厨房で訊けば判るかしら?」
「いや、いや、ちょっと?」
「ナミレチカ、お願い。ネルロの部屋がどこにあるのか訊いて来て」
呆気に取られてジュリモネアを見るナミレチカ、
「どうしたって言うんです? たった今、キャティーレさまが大好きって仰ったばかりですよ?」
呟くように言った。
ハッとしたジュリモネアがナミレチカをじっと見る。その目に涙がじわじわと溢れてきた。
「どうしよう? キャティーレって聞くと、どうしようもなくキャティーレさまが恋しくなるの。でもネルロって聞くと、ネルロにどうしても会いたいほどネルロが好きって感じるの」
「ジュリモネアさま……それってどちらも好きってことですか?」
「そうなのかな? きっとそうなのね。二人とも好きで好きで、居ても立っても居られないほどよ。こんなに誰かを好きになるなんて、思ってもみなかった」
さめざめと泣きだしたジュリモネアを、ナミレチカが茫然と見つめる。
昨日まではどっちでもいいようなことを言っていたジュリモネア、そのほうが今よりはマシだと思った。どっちでもいいってことは裏を返せばどっちも要らないってことだ。なのに今のジュリモネアはどっちも欲しいと泣いている。
泣いているのは両方はダメだということを、ちゃんとジュリモネアも理解しているからだ。それだけは救いだ……
「暫くは、どちらともお会いになるのはおやめになったらいかがですか?」
ひょっとしたら、ネルロを忘れるためにキャティーレに身を任せたのではないか、そう思ったナミレチカだ。どちらとも顔を合わせなければジュリモネアも落ち着いて、諦めるか恋に突っ走るか決心もつくだろう。
身分や立場を捨てきれずキャティーレにするならば、そっと寄り添って見守ろう。もしもネルロとの恋に突っ走ると決めたなら、その時はどんな手助けもしよう……密かに思うナミレチカだ。
「無理だわ」
泣きじゃくりながらジュリモネアが答えた。
「ネルロはともかく、キャティーレさまは今夜、この部屋に来るって言ってたから」
「このお部屋に?」
「うん、一緒に晩御飯を食べて、わたしの部屋に泊まりたいって」
ジュリモネアが嬉しそうに頬を染めて微笑む。
「わたし、ぜひそうしてって答えたの。だから会いに来てくれるわ」
「だって……ジュリモネアさまはネルロさまがお好きなんですよね?」
ナミレチカの問いに、またもジュリモネアが泣き始める。
「だから! キャティーレさまが好き。ネルロも好き。どっちも同じくらい、とっても物凄くどうしても好きなのよっ!」
ジュリモネアの叫びにナミレチカが途方に暮れた――
その頃リザイデンツはキャティーレの部屋『冬のひだまり』に来ていた。厨房に行った後、ネルロの朝食を受け取って自分の部屋に運ん出からここに来た。リザイデンツの部屋で待っていたネルロは未だしくしく泣いていたが、泣きじゃくるようなことはなくなっていた。
部屋を出て行こうとするリザイデンツを引き留めたが『わたしが忙しいのはご存知ですよね? なに、またすぐに戻ってきますよ』とネルロを置き去りにした。キャティーレの部屋に行くとは言わなかった。言えば、またわんわん泣き始めると思った。
ナミレチカにはメイドにやらせると言ったが、キャティーレの部屋を任せられるはずもない。特に、ドレスルームに入られたら困る。クローゼットを開けられて、ネルロの服があるのを知られたら一大事だ。
掛け布団を除けてシーツを見ると、そこには証拠が残っていた。ジュリモネアの首筋を見ることはできなかったが、キャティーレは無事成熟を遂げた。まぁ、ネルロにつけられた噛み痕を見ているのだから判っていた事でもある。
汚れたシーツを外し、リネン室から持ってきた洗い立てのシーツに替える。それから掛け布団のカバーも替え、ベッドを直すと今度はドレスルームに行った。案の定、キャティーレの服がぶちまけてあった。洗濯物を入れるために用意した布袋に入れてからリザイデンツが溜息を吐く。さて、このあとどうするか?
とりあえずは洗濯室に行き、汚れ物を担当の召使に渡そう。そのあと……ジュリモネアの様子を見に行くか? それともネルロのそばに居てやるか? いいや、やっぱりここは聖堂に出かけ、キャティーレとジュリモネアの婚姻式の打ち合わせをしてくるべきか? 迷いながらリザイデンツが冬のひだまりをあとにした。
そのリザイデンツを呼び止めたのはメイドのマリネだった――
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