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 驚いたリザイデンツが思わずキャティーレを見る。キャティーレはネルロ同様、自分の部屋にはリザイデンツしか入室を許していない。本音では、リザイデンツでさえ入れたくない。自分の世話や掃除をさせる都合で入室を許可しているに過ぎない。


 戸惑っているのはジュリモネアも同じ、夜間に男性の部屋に行っていいものか?

「こんな時刻によろしいのですか?」

遠回しに断っているが、キャティーレは気付かない。


「わたしは構わないが?」

「えっと……昼間でなくていいのでしょうか?」

夜間に誘うなんて非常識だと言いたいが言えないジュリモネア、昼間誘ってくれと、これも遠回しに言っている。が、キャティーレに通じるはずもなく、と言うか、

「昼間は都合が悪い。仕事が立て込んでいる」

昼間はダメだと、はっきり断った。リザイデンツが密かに苦笑する。ネルロになってしまうことを仕事と言い換えましたか……


「あぁ……そう言うことなのね」

ジュリモネアがニッコリ笑んだ。どうやら納得したようだ。領主の仕事を代行しているキャティーレだ。夜しか時間が取れなくても仕方ない。


 それにキャティーレからは下心を感じない。ジュリモネアが部屋を見たいと言ったから誘ったのに、あれこれ言ってくるジュリモネアを不思議がっている。だいたいリザイデンツが一緒だもの。夜だから、なんて気にするわたしのほうがヘン。


「ぜひご一緒させてください」

ジュリモネアの笑顔にキャティーレが恥ずかしそうに笑んだ。その笑顔がジュリモネアをときめかせる。なんて素敵な笑顔なのかしら? 眩しいったらありゃしない。


 ますます笑顔になるジュリモネアに、キャティーレもますます笑んだ。見ているリザイデンツ、二人でやってろと思うものの、このまま順調に進んで欲しいと願わずにいられない――ネルロではなく、キャティーレがジュリモネアの婚約者なのだ。


 ネルロはキャティーレとジュリモネアの仲睦まじい様子を察しているのだろうか? もし察しているのなら明日は要注意だ。自分への風当たりはかなり厳しいものになるだろう。そして心配なのは焦ったネルロが『愛の呪縛』を仕掛けはしないかと言うことだ。しかし……


 愛の呪縛を施されれれば、施した相手を深く愛するようになる。だからネルロがジュリモネアの首筋に噛み跡をつければ、ジュリモネアはネルロに夢中になる。でも、そもそもネルロはキャティーレと同一人物のだ。キャティーレに対しても愛の呪縛は有効に働きそうな気がする。もしそうなら結果的に、ネルロはキャティーレの手助けをすることになるのではないか?


 そう考えてリザイデンツが首を振る。実際はどうなるか判らないことに賭けるなんて愚か者のすることだ。


「リザイデンツ? 首が痛いの?」

ジュリモネアが心配そうに自分を見ている。

「肩こりかしら? 馬鹿にできないらしいわよ。ぬるめのお風呂で身体全体をじっくりあたためるといいらしいわ。酷いのならお医者さまに診てもらいなさいな」

ジュリモネアは心から自分を心配してくれている……わがままで面倒なご令嬢、だけどその心根は春風のように優しい。


 キャティーレとネルロはそれに気づいているのだろうか? 二人の母親と同じ風を吹かせるジュリモネアに、二人が心惹かれるのも無理はないと思うリザイデンツだ。


「ご心配には及びませんよ」

リザイデンツがジュリモネアに答えた。

「これはわたしの癖でございますから――身体に調子の悪いところはございません」

「そうなの? んー……癖なら仕方ないけれど、できれば直したほうがいいかもしれないわね。悪いけど、みっともいいもんじゃないわ」


 ジュリモネアさま、『見っともない』以外は誤用ですよ。でも、見っともないとは優しさから言えなかったのですね?

「はい、心得ました。気を付けるようにいたします」

リザイデンツがジュリモネアに微笑んだ。


 キャティーレを取るかネルロを取るか、幼いころから二人を見てきた自分には決められない。あの人の大事な忘れ形見の二人には、どちらも幸せでいて欲しい。でも、どちらか選ばなければならないのなら、わたしはどちらも選ばない――ジュリモネアの様子を盗み見しながらリザイデンツが思う。だからわたしはジュリモネアさまの幸せを願おう。ジュリモネアさまがお幸せでいられるよう、力を尽くすことにしよう。


 キャティーレとジュリモネアの間に会話らしい会話はない。けれど時どき目を合わせ、恥ずかしそうに微笑みあっている。キャティーレがあんなに幸せそうに微笑んでいるのは初めてだ。屋敷に訪れた時の気負いはジュリモネアから消えているように見える。やはりネルロを止めるのがわたしの仕事だ。


「ねぇ、ジュリモネア」

珍しくキャティーレが自分から話しかけ、リザイデンツがまたも驚く。

「いやでなければだが、ジュリモネアの絵を描いてもいいだろうか?」

それでもキャティーレはジュリモネアを直視できないらしい。ちょっと横を向いて、しかもなんだか怒ったような口調、けれどジュリモネアは気にならないようだ。


「わたしを? 嬉しいわ!」

素直に喜んでいる。

「あの廊下にわたしの絵も飾ってくださるのかしら?」


「いや? 廊下に置く気はない」

チラリとジュリモネアを見るキャティーレ、今度は本当に怒っていそうだ。

「ジュリモネアを見世物になんかできるか」


「見世物?」

「でなければお飾り?」

「廊下の絵ってそんなもの?」

「……あの場所を装飾してるのだと思うが?」

そう言われればそうかもしれない。


「それじゃあ、描き上がった絵はどうするの?」

「わたしの部屋に置こうと思う」

「キャティーレの部屋に?」

「いつでもジュリモネアに話しかけられる」

「まぁ……」


 リザイデンツとしては、それはそれで気持ち悪さを感じるが、ジュリモネアは嬉しいらしい。

「だったらお願い。キャティーレさまを描いた絵をわたしにくださいな。いつでもキャティーレさまに話しかけられるように」

ジュリモネアの申し出に、キャティーレが少し驚いた。

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