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 納まらないのはジュリモネア、

「ま! たった今、キャティーレさまが『面倒だな』って言ったじゃないの」

怒りに満ちた声でキャティーレに詰め寄るように言った。


「わたしが?」

考え込んだキャティーレ、ややあってリザイデンツに向かい

「言ったか?」

と訊いた。


 ジロリとキャティーレを見てから、

「仰いました」

とリザイデンツは答えた。


「そうよね、言ったわよね――もういいわ。判ったから出ていって。リザイデンツ、すぐに食事にしてください」

怒りで震えそうなジュリモネア、ツンとキャティーレから目を逸らすとドサッとソファーに腰を下ろした。


 ドアの近くにいたナミレチカが

「お帰りください」

と退出を促すが、

「言った覚えがない」

とキャティーレは動かない。


 ナミレチカが困ってリザイデンツを見る。仕方なく、

「部屋に入るなり『面倒だな』と仰いましたよ、キャティーレさま」

と言えばキャティーレは

「部屋とはこの部屋か? 廊下のドアの前で待たされ、控えの間を通っても、控室ではまたドア……面倒だなと考えていた。だが、ジュリモネアとの食事を面倒だなんて言ってない」

と、不満顔だ。

「わたしには今後、取次は要らない。勝手に入る……あ、それはさすがに拙いか?」


「女性のお部屋に取次ぎなしは、たとえこのお屋敷のご主人でも、婚約されていても非常識だと存じます」

リザイデンツがたしめるのに、ジュリモネアが

「いいわよ」

と考えもせずに答えた。


 慌てるリザイデンツ、

「いいんですか!?」

と驚けば、今度は少し考えてからジュリモネアが言った。


「そうね……そこのドアはノックして。そしたらナミレチカが出てきてドアを開けてくれるから。廊下のドアを開けた時点でエングニスが出てくるとは思うけどね。わたしも面倒だと思ってたのよ。キャティーレさまとわたし、気が合うのかもしれないわね」

いいや、きっと誰もが面倒だと思いますよ、そんな言葉をリザイデンツが飲み込んだ。


「それにしてもごめんなさい。わたしてっきり、一緒に食事するのが面倒って言ったのだと勘違いしちゃったの。だってキャティーレさま、食事は一人で食べたいって言ってたから。でもあれって、朝食の話だったっけ? ま、どっちでもいいわ。できればわたし、朝も昼も夜も一緒に食べたいんだけどね」


 この辺りでキャティーレがそっとリザイデンツに目配せした。これ、ほっといたらいつまで喋ってるぞ、と目が言っている。


「だって、食事って一人で食べるより誰かと食べたほうが断然美味しいもの。あ、ひょっとしてキャティーレさまって誰かと食べたことがないのかしら? だったらわたしと楽しくお喋りしながら食べましょうよ。キャティーレさまに無理に何か言えなんて言わないわ。わたしの話を聞いてくれてるだけでいいの」


 ジュリモネアの話を遮るタイミングがつかめないリザイデンツ、そろそろなんとかしないとキャティーレが帰ると言い出しそうだ。


「そうね、どんなお話ししようかしら? そうそう、キャティーレさま、無趣味だなんて言って、絵を描かれるのね。リザイデンツに聞いたわ。廊下に素敵な絵がいっぱい、今度一緒に鑑賞してくださらない? それとも自分の絵を見るなんて面白くないかしら? 解説してくださると嬉しいんだけど?」

と、やっとジュリモネアがキャティーレの反応を見るために黙った。


 ホッとしたリザイデンツが

「ところで――」

と言ったところで、

「あら、キャティーレさま、何を持ってらっしゃるの?」

またもジュリモネアが喋りだし、リザイデンツは何も言えなくなった。


「ひょっとしてジャム? ううん、その色はマーマレードね。大好き! あ、それ、もしかしてわたしに?」

ドアの前でボーっとしていたキャティーレが、おもむろに自分の手をあげてマーマレードの瓶を見た。


「あぁ、忘れてた」

そう言ってジュリモネアに近寄ると、

「ん……」

と、なんだか怒ったような顔で瓶をジュリモネアに差し出した。

「貰っていいのね? 嬉しい!」

遠慮なく受け取るジュリモネア、もたもたしてるとキャティーレの気が変わってしまうような気がした。


「早速、夕食の時にいただいていいかしら?」

頷くキャティーレ、ジュリモネアは瓶を見ながら

「リザイデンツ、今夜のパンは?」

嬉しそうな顔だ。


「調理長にマーマレードにあうパンを用意させましょう――キャティーレさまは紅茶に入れて飲むのがお好きです」

「そうなの? だったらわたしもそうしようかな?」

「ちなみに、そのマーマレードはキャティーレさまの手作りです」

「へっ?」

「庭にオレンジの木がありまして、毎年食べきれないほど実をつけるので……腐らせてしまっては可哀想だからと、マーマレードにすることにしたそうです」

「そうなんだ……」


 マーマレードとキャティーレを見比べるジュリモネア、ドルクルト侯爵が『判りにくいけれどキャティーレは、実はとても優しいのです』と言っていたことを思い出していた。なるほど、ぶっきら棒で愛想笑いの一つもしてくれないけれど、キャティーレは優しいみたい。なんとなく笑みが浮かんだジュリモネア、嬉しさを噛み締めるように心持ち俯き加減だ。


 だけど肝心なことはどうしたんだろう? 一緒に夕食って話はどうなった?

「ねぇ、キャティーレさま?」

ジュリモネアが少しばかり上目遣いでキャティーレを見た。慌てて目を逸らしたところを見ると、キャティーレはジュリモネアを見ていたようだ。ジュリモネアの中でキャティーレは照れ屋が確定した。


「それで、一緒にお食事していただけるのかしら?」

フッと溜息を吐くキャティーレ、

「こないだのように、急な用事で出かけなくちゃならない時もある。それと、今から少しだけしておきたいことがあって……深夜近くになるが、それでもいいか?」

ジュリモネアを見ずに言った。


「えぇ! もちろんよ。今日の今日、誘ったんだもの。待って当たり前」

嬉しそうなジュリモネア、キャティーレはちょっと不思議そうな顔をした。

「わたしは誘われたのか」

だが、それは大したことではないと思い直したように言った。

「まぁ、なるべく早くする……それと朝と昼は無理だけど、待っててくれるならこれから夜は――」


「本当に!?」

ジュリモネア、最後まで聞かずに歓声をあげる。

「毎日一緒に食べてくれるのね? 何時なんじまでだって待ってる! 約束よ?」


 抱きついてきそうなジュリモネア、慌てて一歩下がったキャティーレ、それでもチラリとジュリモネアを見て頷いた。そしてリザイデンツに、

「行くぞ」

と言って部屋を出ていく。


「キャティーレさま、退出のご挨拶を……」

リザイデンツが引き留めるが、キャティーレの足は止まらない。

「申し訳ございません。照れているのだと思います」

謝るリザイデンツに、ジュリモネアがムフっと笑う。

「いいの。キャティーレさまって可愛いわね」


「そう思っていただけるなら幸いです――では、お食事の用意が整いましたら、お迎えにあがります」

一礼して退出するリザイデンツ、少しキャティーレがリードしたかな、なんて思っていた。

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