27
卵のペースト、
「コンテス村の牧草地を見てきた」
オレンジジュースを一口飲んでから言った。
「ただの花だ。同類の花の中には幻覚作用があるものもある。そんなのが紛れ込んでないか確認してきたけど、あの牧草地の花は安全なものだった。変な魔虫が入り込んでいないかも見てきた。うん、害虫除けの魔法も有効だったし、虫の卵や幼虫もなかった。もちろん成虫もだ。つまり、ジュリモネアの夢はあの牧草地のせいじゃない」
「さようでございますか」
領内の農民たちを指導するほど、ネルロの動植物に関しての造詣は深い。そのネルロが言うのだから、間違いなさそうだ。
「だいたい、昨夜は庭でダンスをお楽しみだ。ジュリモネアが夢見人になるのは牧草地に限ったことじゃない」
「あ、その点ですが、キャティーレさまがあの牧草地の花をジュリモネアさまに差し上げたので」
「鼻先に突き付けたんだろ? だけど無反応だった。花は関係ない」
「花瓶に生けて寝室に置いたので、香りが部屋に充満してから効果が出たとかはありませんか?」
「しつこいぞ、リザイデンツ。花は関係ない」
「は、申し訳ありません。浅はかでございました」
慌ててリザイデンツが持論を撤回する。持論と言っても、キャティーレの持論を代弁したに過ぎない。
機嫌の悪さは満腹で解消されたのか、この展開、いつもなら癇癪を起している。ならば機嫌がいいうちに、さっさと退却したほうがよさそうだ。
「では、お話が終りなら――」
「誰が話は終わりだと言った?」
「……では、夢を見る原因がお判りになったとか?」
どうせならジュリモネアより、ネルロ出現の原因を知りたいところだが、ネルロ相手に言えるはずもない。
ん? とネルロがリザイデンツを見た。あれは思ってもいないことを言われた時の顔だ。夢見人の原因が判ったわけではなさそうだ。
「んー、まぁ、それはまた調べてみる――で、ジュリモネアで思い出したんだけど」
急に弱気のネルロ、ジュリモネアとの仲を取り持ってくれとか言い出さないか、リザイデンツが冷や冷やする。
「夜中に部屋から出られないよう、外から鍵をかけろ」
「えっ!? いや、それは……」
「いつ、どんな条件で夢見人になるか判らない。昨夜はキャティーレも一緒だったから良かったものの、一人でフラフラ屋敷を出ていったらどうする? ジュリモネアの安全のためだ。なんとかしろ」
「なんとかしろと言われましても……他家のお嬢さまを閉じ込めるような真似をしてもよろしいのでしょうか?」
「夜間だけでいい――鍵はリザイデンツが管理して、誰にも渡すな」
リザイデンツが疑いの
「誰にも渡すなとは、キャティーレさまにも、と言うことでしょうか?」
拗ねたような顔で、ネルロがソッポを向いた。
「そうだ。むしろ、ジュリモネアにアイツを近づけさせないよう鍵を掛けろ」
ふぅむ、とリザイデンツが唸った。
「ネルロさま、それは無理がございます。ジュリモネアさまはキャティーレさまの婚約者なのですよ?」
「それが?」
「お二人がお会いになるのをわたしなどがお止めすることなどできません。時間や場所を問わずです」
「だから! それをなんとかしろと言ってるんだ!」
「いいえ、たとえネルロさまのご依頼でも、承知いたしかねます。ご自分でなんとかなさってください。そもそもジュリモネアさまのお部屋に外部から鍵を掛けること自体、非常識ですよ。ご自分でも判ってらっしゃるんでしょう?」
「煩い! そもそもと言うのなら、そもそもヤツの心変わりが原因だ。ジュリモネアに関心がなかったくせに……ジュリモネアがなんでこの屋敷に来たか知っているか? アイツとの婚約を破棄するためなんだぞ」
「はいっ!? それは初耳でございます」
「僕はジュリモネアから聞いた。何度手紙を書いても一度も返事が来たことがない。だから婚約を破棄して欲しいと言おうと思ってる。ジュリモネアはそう言ったんだ」
確かにジュリモネアからキャティーレあての手紙は何度も目にしている。全てキャティーレに渡したが、そうか、返事を書いていないのか……自分を通さず返信を出しているものだと、さして気にしていなかったリザイデンツだ。
「まさか、読んでもいないということは?」
「そこまでは僕にも判らない。でもヤツのことだ。読まずに燃やしてしまったかもしれない」
「ネルロさまでも判らない?」
「何度も言うが、意識の全てを共有できるわけじゃない。手紙のことも、ジュリモネアから聞いて知ったことだ」
そのあたり、どんな仕組み・法則があるのだろう? リザイデンツが考え込む。キャティーレとネルロからそれとなく聞き出して、じっくり調べてみる価値があるかもしれない。
「うーーん……でしたらネルロさま。ジュリモネアさまのほうから婚約破棄を申し出されるよう、お勧めしたらいかがですか?」
「それができないからジュリモネアも困っているんだ――ダンコム伯爵家とドルクルト侯爵家では家格が違う。王家とも親密なドルクルト侯爵家との婚約を破棄するなんて、ダンコム伯爵家からは言い出せない。そんなことも判らないのか?」
「しかし……ジュリモネアさまはキャティーレさまを好いておられるように見えますが?」
「黙れっ! どいつもこいつもアイツの見た目に騙される。確かに顔が綺麗なのは認める。だけど、ツンツンお高くとまっているし……そうだ、牧草地で偶然ワッツに会ったが、アイツのことをおっかないって言ってたぞ。ヤツはなにしろ性格がよくないからな」
キャティーレと同じ顔の、そもそもキャティーレでもあるあなたが『顔が綺麗』と言い切っちゃうんですね。笑いたいのを抑えたリザイデンツ、
「ワッツは領民、次期領主さまに畏敬の念を持つのも当然でございます」
軽く頭を下げてそう言うと、ネルロの出方を窺った。
「うーーん。まぁ、領主が領民から軽んじられるのも問題だけど……」
「そうでございましょう?」
「だけどさ、ワッツのことは置いておくとして、アイツ、ジュリモネアと仲良くできるのか?」
「仲よくとは?」
「誰かがそばにいるのを嫌がる。会話を楽しむなんて考えは、ヤツにはないぞ。社交の場では巧く取り繕っているけど、できることなら一人でボーっとしてたいのがヤツだ」
ネルロの言うとおりだと思いながらもリザイデンツが言った。
「ジュリモネアさまは特別なのでしょう。何しろ舞踏会でもないのに、しかもご自分からダンスにお誘いになるほどですから」
「リザイデンツ! アイツが誘ったのはジュリモネアじゃない。ジュリモネアの夢の中の誰かだ」
「しかし、それもまたジュリモネアさまなのでは?」
「あー、もう、うざったい! リザイデンツの判らず屋! もう、いい、出てけ」
「承知いたしました」
やっと解放されるとホッとしたリザイデンツが部屋から出て行こうとする。ところが、
「待て、言い忘れてた」
と引き留められる。
「馬を一頭用意しろ。フォーレンとそっくりなのをだ。それをヤツの馬にしろ」
フォーレンとはキャティーレの愛馬の名だ。
また面倒なことをと思いながら
「探してみます」
と、リザイデンツは部屋を出て行った。
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