第34話「目覚める力」
廃止された飛行場では開けた視界が広がっていて、滑走路に影奴が次々とわいてくる様子は壮観…いや、悪夢のようだった。狭い場所なら各個撃破も狙えるだろうけど、遮蔽物がほとんどない場所であれば正面からぶつかるしかない。
そうなると物量に優れた影奴のほうが有利に思えるだろうけど、戦闘開始直後から私は歴戦の魔法少女たち…主にカオルさんとムツさん、マナミさんとハルカさんの圧倒的な実力に目を奪われ、わざわざ複数の魔法少女を揃える必要があったのかどうか、それすら疑わしく感じていた。
◇
「カオル、前に出すぎよ。あなたは改革派のシンボルになる人だから、もうちょっと慎重に…」
「私はお飾りじゃないよ。シンボルになるつもりもないけど…ほかの魔法少女を取りまとめるのなら、誰よりも前に出ないと格好がつかないでしょう?」
戦闘開始早々、改革派を率いているカオルは自ら前に出た。月白のケープをなびかせて悠々と移動し、そんな彼女に低級の影奴は跳びかかったが…カオルが右手を掲げて五指に取り付けられた指輪が光った瞬間、彼女の半径5メートル以内にいた影奴が消失した。
日の落ちた闇の中で際立つ、薄白く光るドーム状の結界。それは汎用魔法で展開できる結界に比べるとあまりにも強固であり、同時に攻撃的でもあった。
「…周囲を守るため、触れた者を遮断する攻防一体の結界…『絶対領域を持つ守護者(サンクチュアリ・ガーディアン)』は伊達じゃないわね~?」
「そのあだ名やめてよ…真面目にそう呼んでくる子もいて、かなり恥ずかしかったんだから」
この間も影奴は街灯に飛び込む虫のごとくカオルの結界に飛びつき、領域に踏み入ることを許されず消失していく。ムツの冗談めかした称賛にも律義に回答するほど余裕があるように見えた一方、カオルの目は忙しく周囲を見渡していた。
「…今回は飛んでるのも多い。ムツ、私たちは空中のを片付けよう」
「了解! みんな、地上のは任せたわ! 私たちはいったん空中の敵を仕留める!」
カオルの視界に飛び込んできたもの、それは後方から向かってくる羽を持つ影奴の集団だった。空中を飛べるということがわかる以外はぼんやりとした低級そのもののシルエットだが、地上だけでなく空からも物量で攻め込まれると厄介だ。魔法少女はあくまでも人間であり、空中よりも地上にいる時間が長いのだから。
相方の言葉にやるべきことを瞬時に理解したムツは結界が解除されると同時にクロスボウを前方に打ち込み、仲間に指示を出してからカオルの手を握って空中へと空間移動を行う。
一瞬にして自分たちのフィールドに現れたカオルとムツへ影奴は突っ込もうとしたものの、それが間に合うはずもなく。
「空中だと大規模結界も展開しやすい…さて、これで全部かな?」
「ええ、地上もみんなが抑えてくれているし、前線が後退することはないでしょうね」
カオルは空中で静止しながら固有魔法を展開、今度は空を飛ぶ影奴たちすべてを球状の結界で包み込む。突如として空に現れた巨大な結界は、ほかの魔法少女の視線を一瞬だけ奪った。
「みんなにばかり負担をかけるわけにはいかないから、私たちも早めに戻らないとね…では、ごきげんよう」
そしてカオルは開いていた右手をぎゅっと握り、その動きに合わせるようにして結界も縮小、中にいた影奴たちは握りつぶされるように結界とともに消失した。
その表情は目先の勝利をまったく喜んでおらず、ただ前を見ている。ムツはその彫像のように整った横顔にまばたきの瞬間だけ見とれ、無論口には出さず空間移動にてカオルを地上に運んだ。
「全員、このまま堅実に影奴の撃破を続けて。万が一負傷したら無理をせず後退、魔力が切れた人も後方拠点に戻るように。私たちの命は学園のものである前に、私たち自身のものであることを忘れないで」
「あらあら、現体制派の人に聞かれてたら大目玉よぉ? まあ、あなたなら自重しないでしょうけど」
地上に戻ったカオルは再び敵集団から味方を守るように結界を展開、地上の戦線は再び改革派の独壇場となる。ほかの魔法少女たちはこの圧倒的な力に羨望のまなざしを向けていたものの、カオルの佇まいには一部の油断もなかった。
そんな中、カオルは確認するように全員へ目的を伝える。改革派はすべての魔法少女を守るための集まりであり、それはこの瞬間に戦っている存在も含まれる。
「大目玉、実に結構。私が怒られて魔法少女の命の価値が再確認されるなら、何時間説教されたっていいよ」
「…もうっ。あなたに付き合う身にもなってちょうだい」
そうだ、カオルは絶対に自重しない。自分の信念を貫き通すことも、その前に立ちはだかる障害を懐柔することも。
ムツはそれらのすべてに付き合う立場を自覚し、自分も怒られる様子を想像したら…戦闘中であるにもかかわらず、どうしようもなく楽しくなってしまって。
カオルの「怒られるときは私一人でいいよ」という言葉に、ムツはわざとらしく頬を膨らませて「おてんば姫様の世話係は譲らないわ!」なんて返事をした。
◇
「いいか、我々は雑魚ではなく大物を優先して撃破するぞ。現体制派の威光をこの場にいる全員に見せつけろ!」
この場に出現する影奴の多くは低級と呼ばれる雑魚であったものの、それに混ざるようにして中型や大型と呼称される敵も進撃を開始し、現体制派は実力者が多いこともあって強敵を優先的に撃破していた。
それは単純な役割分担というだけでなく、マナミが掲げたように改革派や無所属の魔法少女に対して学園の力関係…すなわち序列を示す絶好の機会であると考えていたのだ。
現にそれは戦いぶりにも反映されており、中でも急先鋒を務めるマナミの活躍は顕著だった。
(…私はもう油断はしない。ましてや、この場には姉様もいる…見ててください! 今度こそマナミは、姉様の妹分として戦い抜きます!)
味方が切り開いた道を滑るように移動し、大柄な強敵相手であってもひるむことなく接敵する。もちろん影奴はマナミに攻撃を加えようとするものの、地面に冷気が伝った状態の彼女はスケートをするように移動と回避を同時にこなすため、感情がないはずの敵ですら困惑しているようにも見えた。
「…ふんっ! 敵の魔法少女どもに比べれば、鎧袖一触に過ぎんな!」
敵の裏側をするりと取り、レイピアに巨大なつららを発生させてその体を貫く。貫かれたまま最後の抵抗をしようとした影奴をあざ笑うように全身を凍り付かせ、レイピアを引き抜くと同時にその体は氷ごと砕けて霧散した。
『見事です、マナミ。ですが、まだまだ慢心が抜けておりませんね』
次の敵を探すマナミの視界に入ったのは、上空から攻撃を加えようとした中型の影奴だった。決して油断していたわけではないものの、それでも空中よりも地上の敵を優先していたのは間違いなく、その声がチョーカーから聞こえてきた直後には空へと飛び上がろうとして。
『空中、および遠くの敵はわたくしが仕留めます。突出すると地上と空中の双方から攻撃されますので、功を焦ってはなりませんよ』
空から空爆のように攻撃をばらまこうとした影奴は、はるか後方からの『狙撃』によって一撃で大きな穴が空き、散り散りに消えていった。
「申し訳ありません、姉様…奴らが近くにいると思うと、どうしても」
マナミの言い訳を制するように再び狙撃が行われ、大きな影奴はその図体のサイズが弱点といわんばかりに数を減らしていった。
『…しかし、あなたのおかげで我々の士気が上がっているのも事実です。だからこそ戦力の喪失につながらないよう、もっと冷静に戦況を分析しなさい。わたくしはいつでも見守っていますが、指示出しもあるので援護が遅れることもあるのです』
マナミがいるのは前線の後方、今やもぬけの殻となった格納庫の上だった。そこで千里眼を展開しながら戦闘の状況を確認し、スナイパーライフルを使っての高火力援護をしていたのだ。
千里眼は一定の範囲内であれば自由に視点を移動し状況を確認できるため、集団戦におけるハルカは司令塔となることも多い。さらには指示を出すだけでなく、自身のマジェットとの組み合わせで高精度な攻撃も可能としていた。
(…大丈夫ですよ、マナミ。今日はわたくしがそばにおります。あなたの『未来』のためにも、わたくしが立ちふさがる敵を排除いたしましょう)
魔力で強化されたスコープも搭載されたスナイパーライフルであるが、千里眼を発動したハルカであれば『視える』範囲であればほぼ確実に当てられる。
遮蔽物に紛れればその隙間を縫い、本来なら銃の射程距離外であっても誤差を修正し、それこそ目の前にいるかのように当てる。
この能力ゆえに『人間』を狙撃することもあったものの、それに比べるとハルカの引き金を引く手には迷いがない。むしろ今日は自身の妹分を守るという名目があったので、口元は緩んでさえいた。
「…はい、姉様!」
ハルカはマナミからの弾んだ返事を受け取った瞬間、慌てて緩んだ口元を引き締める。
この子は、純粋だ。だからこそ、自分はいつでも冷静にこの子を導かなくてはならない。
そこに姉や妹といった私情を挟んで迷いが生まれることは、決して許されないはずなのに。
『…期待してますわ。怪我をせず、無事に終えることを』
逆らいがたい衝動を打ち消すため、ハルカはわざと冷たい声を出し、それでも姉のようなことを言ってしまったと軽く後悔する。
もちろんマナミは再度嬉しそうに返事をして、それ以降のハルカは指示出しに集中した。
◇
「…すごいね」
「…ふん」
これまでは一緒に戦闘することがほとんどなかった人たちの、一騎当千とも言える戦いぶり。今も影奴はわらわらと湧いてくるというのに、出てきた直後には赤子の手をひねるように駆逐されて。
中型や大型ですらついでに消滅させれられる様子というのには、すごいという月並みな感想しか口にできなかった。
「にしても、本当に数が多い…カナデ、大丈夫?」
「これくらいどうってことないわ。アンタこそ油断しないでよ?」
対する私たちも含めた無派閥組は、その実力にも多少のばらつきがある。よって比較的強敵が少ない場所へ穴埋めのように向かっていて、今のところは被害も出ていなかった。
「中型や大型は派閥の人たちがなんとかしてくれるし、私たちは根気強く雑魚を潰していくしかないかな」
「…そのまま終わればいいけどね。アンタの力は切り札になるだろうから、そのときが来るまでは温存しておくのよ」
「うん」
いつもの戦いならすでに使っていたかもしれない時間停止だけど、今日はまだ温存していた。
自分の力はこの戦いにおいても一番重要だ…なんて思っているわけじゃない。むしろ燃費は悪いし持続時間も短いし、扱いにくさだけならトップかもしれないけど。
それでもこの場にいるすべての存在を停止させられるのであれば、その瞬間だけは私の『世界』となる。私だけが動けて、私だけが攻撃できる、一方的な瞬間。
(…ううん、違う。私はもう、一人じゃない)
あの日、カナデに力を貸してもらった戦い。そのときは『密着している相手なら時間は止まらない』ということに気づいて、私だけの世界にカナデが加わった。多分、ほかの人も引っ付けば対象外になるのだけど。
それでも、私は…自分の世界へ最初に足を踏み入れてくれたのがこの子でよかったと思う。
『こちらマナミ。これまでに比べて反応の大きな影奴が3体来ます。それぞれのチームに対処してもらいますが、無理そうなら我々が合流するまでの時間稼ぎに徹してください』
チョーカーから聞こえたマナミさんの声は風鈴の音のように涼しげで余裕があったけど、目の前に現れた壁…それは誇張抜きで大きなもので、私たち無派閥チームは早くもその存在に後ずさりしそうになった。
「…壁、だね」
「…壁、ね。それもトゲ付き、やろうとしていることがすぐにわかってご親切って感じかしら」
それはこれまで見たことがないサイズの、壁の形をした15mほどの大型の影奴だった。真ん中部分にはオレンジ色に光る目のような球体があって、そこ以外はスパイクのように真っ黒なトゲが突き出している。
そしてそのスピードは遅いものの、私たちを押しつぶすかのようにじわりじわりと迫ってきた。こういうとき、背後に壁がないことがなんとも救いのように感じる。
『…この敵が進んでいる方向には発電所があります。実際に狙っているかどうかわかりませんし、この速度なら到着までに夜が明けそうですが、なるべく早く撃破してください』
影奴は私たちの不可視結界を破ったという事例がないので、多分偶然なのだろう。けれどあの質量がぶつかってくれば何らかの問題が起こることも想像できて、ハルカさんの指示が出されたと同時に魔法少女たちの攻撃が壁へと殺到した。
「…こいつ、結界みたいなのを張ってる?」
「みたいね…しかもこっちの攻撃の手が一瞬でも止まったら再生して、本体にダメージが通っていない」
今回集められた魔法少女たちの武器はまばらで、遠距離が得意な人もいればそうでない人もいる。かといって近距離武器だと相手の瘴気やトゲに当たってしまうため、火力の集中も難しい。
(カオルさんは結界の扱いが得意だから解除して本体に肉薄できそうだし、ハルカさんは…)
チラリと現体制派が相手取っている敵を見ると、後方から伸びてきた光芒…おそらくはレーザー照射アタッチメントをつけたと思わしき狙撃が行われており、早くも影奴の体を貫通していた。
これなら現体制派が倒してから対処してもらえればいいけれど、隣でナイフを投げ続けるカナデの悔しそうな顔を見ていたら考え直す。
(…多分、ほかの派閥に借りを作るのがいやなんだろうなぁ。こんなときでも…仕方ないんだから)
それはこの場に相応しくない、まさに私個人の意思…つまり私情だ。
そんなことのために温存してきた切り札を使うっていうのは…うん、悪くない。ほかならぬ、カナデのためなのだから。
「カナデ、時間停止を使う。多分だけど、停止中は相手の結界再生も機能しないだろうから…フルバーストモードで火力を押しつければいけるかも」
「…ええ、任せなさい!」
以前、とっても固い鎧の敵を撃退したときと同じ戦法を提案する。そのときはカナデも動けるとは思っていなかったので、まさに偶然の産物だったけど。
でも、今回はそれが意図的にできる。そして私たちは日々強くなっているのだから、あのときより強大な敵でも…きっと大丈夫。
「時間よ止まれ」
「ブースト! 私の力、アンタに預けるわ!」
あの日のように後ろから抱きつくカナデには照れがなく、私もそこは意識しない…カナデ、ちょっといい匂いがするけど。
ともかくカナデに支えられた私は時間停止と最大火力での射撃を両立できるほど魔力に余裕があったため、後顧の憂いなく敵に砲身を向けて。
「フルバーストモード、起動…?」
あのとき以上に魔力が満ちていて、きっと今日はさらに高い火力が出せる…そう思っていたら。
(…砲身から出てきたの、ビームと言うよりも…剣?)
その形はカナデの獲物を大きくしたような形状…片刃の剣のような光の刃を形成していて、それは相手の結界にぶつかり、すぐさま貫通する。
(…そうか、これはビームと言うよりも…)
カナデの力を受け取った私の武器がそれに応えてくれたのかもしれない、漠然とそう感じて。
自分には似合わないであろう、必殺技の名前を呼んだ。
「…ランチャーメイス、バスターブレイドモード! 叩き切る!」
すでに相手の上段の突き刺さっていた光の刃で両断するように、私は力と魔力を込めて振り下ろす。
結界を失ったとは言え単純な堅さも相当なものなのか、奥行きが5mはあるであろう体を切断するのには時間がかかった。
時間停止と全力の射撃は、私一人の力だとすでに燃え尽きていただろう。けれど、私にはカナデがいてくれる。
そんな目的もないけれど…今の私たちなら、この世界すら本当に支配できるような気がした。
「そろそろ…限界…!」
「カナデ、もう離れて! 後は私が」
「いや、よ! アンタに…アンタに渡すって決めた力だから! 最後まで、付き合う!」
背中から伝わってくるカナデの魔力も枯渇しそうになり、ここからは自分の力だけでやらないといけない…そう思っても。
カナデは、離れない。それはこれからも一緒にいる約束のように感じて。
「……!! やった、やったよ、カナデ!」
ついにはビームが敵の体を一刀両断し、消えていくのが視界に映った瞬間…私の体からは力が抜けた。
それでもカナデに怪我させたくなかった私は武器を離して振り向き、その体を抱きしめて私の上に覆い被さるように引っ張ってから、仲良く意識を失いながら倒れた。
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