第32話「私の味方でいて」

 魔法少女同士の戦いというのは、とくに相性が反映されると思う。本日最後の模擬戦は、そんなことを痛感させてくれた。

 たとえば使用するマジェットによって得意な距離は変わるし、燃費や威力、取り回しによって有利不利は出てくるだろう。

 今回は使用できないけれど、固有魔法についても同じだ。私の魔法は一対一なら圧倒的に強いと言ってもいいだろうけど、長期戦になれば魔力切れが顕著な問題となる。

 さらに…そこへ『精神的なハードル』も追加されてしまえば、今のようになかなか決定打が出せないのも仕方ないだろう。

「…やっぱり、なかなかやるわね」

「…カナデこそ」

 両手に持ったナイフで私のメイスを受け止めているのは、アケビ以上によく知った顔…相棒のカナデだった。私を賞賛するような言葉を吐いているものの、その顔と視線は私を直視できず、それはこちらも同じだ。

(…戦いたくない。やっぱり、この子とは)

 これは模擬戦であり、武闘派と対峙するときのような命の危険性は一切ない。それは私もカナデも理解していて、ならお互い全力を振るえばいいだろうに。

 今の私は射撃も打撃も驚くほど精彩を欠いており、低級の影奴が相手でもギリギリの戦いをしそうなほどのていたらくだった。強くなりたい、そう願った私は…どこに行ったんだろう?

(…違う。私は、カナデに勝つために強くなりたいんじゃない。私は、カナデを…守りたい)

 私はルミのようにただ単に強くありたいとは願えず、なにか理由がなければそうなりたいとは思えなかった。それは多分、私が弱い証拠でもあるだろう。

「お互い手の内はわかっているはずよ。本気を出しなさい、ヒナ」

「カナデ…う、ん…」

 片方でメイスを受け止つつ、もう片方のナイフをこちらへと突き立てようとして、私はわずかに身を逸らして回避する。そのまま突き出されたカナデの手首を握ると、改めて彼女が細身であることに気づかされた。

 この細い腕を使い、どれだけの厳しい戦闘をこなしてきたんだろう? いくら魔法による補正があったとしても、私は戦いを忘れて過去を悼むことしかできなかった。

「…ちょ、ちょっと。離しなさいよ」

「あっ、ごめん…」

 瞳に映る過去と今そこにいるカナデを重ねて見ていたら、その体勢のままずっと見つめ合っていたらしい。カナデはスピード型だけど掴まれた腕を振りほどくくらいの力はあるはずなのに、それ以上の追撃も離脱もせず、気まずそうに頬を染めながら私に抗議してきた。

 対する私もカナデを投げ飛ばしたり体術を仕掛けたりすることなく、ぱっと手を離して軽くバックステップをするだけ。これでは手加減にしても周囲に丸わかりだろうな。


『二人とも、もうちょい本気を出してくれるー? これだとデータが取れないし、上のほうから追試を食らうよー?』


 そのとき、この戦いをモニターしていたリイナのアナウンスが部屋に響く。ふとガラスの方向を見てみると彼女は不満げではなく、むしろニヤニヤとしているようにも感じられた。


『…はぁ、魔法少女同士の戦闘マニュアルも作らないといけないのに…やらされているのは仲良しこよしの感情のぶつけ合い…これを見せられている私って不幸でございます…』


 そしてリイナの隣にいるであろうカナデのマジェットの調整係──名前は知らない──は、リイナと違って心底面倒くさそうな声音で横やりを入れてきた。長めのため息もセットで。

 …仲良しこよしはともかく、感情のぶつけ合いってなんだろう。カナデの担当者ってちょっと変わってるな…。

「へ、変なこと言うな! 上等よ、そこまで言うのなら本気で行くわよ! ヒナ、アンタも全力で来なさい!」

「…うん」

 けれどそんな茶々はカナデの闘争心を刺激したのか、一度怒鳴り返したかと思ったら片方のナイフをこちらにびしっと向けてきて、模擬戦が始まってから何度目かわからない宣戦布告をしてくる。

 それに対し、私は気の抜けた返事しかできない。これもまた変わらない返答ってやつで、カナデに「本当にわかってるんでしょうね!」と言われても、結局はまたしゅわしゅわしない炭酸飲料みたいな音を返すだけだった。

(…早く終わらないかな)

 そうすれば休憩時間になって、カナデと話せるのに。

 そんな機会は特別でもなんでもないのに、この日ばかりはとても待ち遠しかった。


「…不毛だったわね」

「うん…ごめんね?」

 あれかも模擬戦を継続した結果、私たちはタイムアップによるドローが言い渡された。休憩時間を挟んでまだ2セットくらい残っているものの、この調子だと追試は確実だろう。

 カナデと出会うまでの私はそういう無駄なやり直しが嫌いで…いや、今も嫌いなんだけど。それでも本気を出せないあたり、私は『カナデには極端に弱い魔法少女』なのかもしれない。

「あ、謝らなくてもいいわよ…その、私も…全然、だったし」

 ただ、カナデも同じだったのかもしれない。

 彼女もまた授業には真面目であって、これまで追試を受けたような様子も見えない。けれど何度私を挑発してきてもその行動は伴っているとは言いにくく、まったく威力のない一撃を放ってきて、私はそれを防御して、そうしたら離脱して…の繰り返し。

 今日はブーストは使えないとはいえ、カナデなら汎用魔法の自己強化でもかなり素早く動けるだろう。でもそれを使っているようには見えなくて、斬撃にも強い魔力は込められていない。

 つまり、まあ…カナデも本気からはほど遠い。それは人によっては小馬鹿にされていると感じるだろうけど、私に抗議できる権利はなかった。

 むしろ…私相手だと攻撃したくない、そんなカナデの気持ちが伝わってくるようで。うぬぼれはよくないと思いつつも、軽くなった口元は止められなかった。

「…カナデは優しい人だから。私のこと、傷つけたくないんだよね?」

「は、はぁ? べっ、別に! ここなら好きなだけやり合えるんだから、私は、そんな」

「私は、傷つけたくない。怪我をしないってわかっていても、カナデに武器を向けたくなかったよ」

 こんなふうに話すとギリギリで友達と言えそうなアケビに対して失礼かもだけど、私はどうしてもカナデに対して攻撃の意思を持てなかった。

 この空間ではダメージが発生せず、しかも模擬戦である。きっと私が本気を出したとしてもカナデは怒ることなんてなくて、むしろそのほうが授業もつつがなく終わって喜ばれる可能性があるかもしれない。

 だけど…人間から生み出される意思というのは、時に人を傷つける。悪意や敵意といったものはその代表格で、それらは私がカナデに抱く意思からはかけ離れていた。

 それどころか、私は…カナデに悪意や敵意を向ける相手であれば、躊躇なく攻撃を加えられただろう。

「……い、一度しか言わない。聞き返してきたらぶん殴る。それでも聞く?」

「…へ? あ、うん」

 私、なんでこんなに割り切るのが下手になったんだろう…なんて思っていたら、カナデはキョロキョロと周囲を見渡し、一度うつむいて顔を上げたかと思ったら、私を見ながら顔を真っ赤にしつつ変な質問をしてきた。

 意味はわからなくとも請け負ってしまい、だからせめてその言葉通り聞き返すことがないよう、私も見つめ返しながら耳を澄ませた。

「……わっ、私も。アンタとは、戦いたくない。傷つけるなんてもってのほかで、そんなことにはならないってわかってるけど、その……こういうのは、いや、だった……」

「…あ、う、うん」

 どくんっ、澄ませた耳に大きな音が届く。でもそれはカナデの声ではなくて、私の胸の内から響いてきた衝撃音だった。

 一度強く鳴ったかと思ったらそのまま、どっどっどっ、と素早く大きなビートを刻む。

 カナデの真っ赤な顔を見ていると、その体温が私にも伝播してくるように、全身が熱くなっていく。

「……あ、アンタは。私が、知ってる中、だと……一番、優しい人、だと……思う……ま、まだ、そんなに長い付き合いじゃないし、私なんかにこう言われると、迷惑、だろうけど」

 すうはあ、カナデの呼吸音が涼やかに鳴る。それは私の体に訪れた夏の温度を逃がすには、あまりにもあたたかだった。

 むしろ、その先を想像すると…ルミの炎よりも、熱いような気がした。

「……アンタだけは、私の味方でいて、ほしい……」

「うん、わかった」

 ああ、ああ、もう。

 もしもここが自室であれば、私は地団駄を踏んでそんな言葉をもぎり出していた。

 わからない。この気持ち、この衝動、この熱。

 でも、私の返事に迷いはなかった。

「私、絶対にカナデの味方だから。優しいあなたが苦しまないよう、私が守るからね」

 お腹の前で組まれていたカナデの手を両手で握り、私は魔法少女になったときのように…いや、それよりも強い意志で誓いを立てる。

「カナデがこの運命から解放されるまで、私が守る。あなたが笑顔で元の場所へ戻れるよう、ちゃんとそばにいるから」

「……は、はい……」

 カナデの顔はこれまで見たことがないほど、それこそ「人間ってここまで赤くなれるの?」と思うほど真っ赤だけど。

 多分、それは私も同じ。だったら、恥ずかしいことなんてない。

 気の利いたことが言えるほど賢くはないけれど、せめて真心だけは伝えたい…なんて思って口にしたら、カナデはぐるぐると目を回しつつ普段とはかけ離れたしおらしい返事をしてくれて、私の心臓はバスドラムのような音を立てた。


『おーい、二人とも? そろそろ休憩時間も終わるし、ここは二人きりじゃないことを忘れないで欲しいなー?』

『…やはり不幸でございます。なぜ、魔法少女同士のいちゃつきを見せつけられているのでしょう…』


 そんなカナデを正気に戻してくれたのはモニター係の二人の声で、やっぱりリイナは楽しげ、もう一人はうち沈んだ声音で指摘してきた。

 ようやくカナデは「そんなんじゃないわよ! というかなに見てんのよ!?」といつもの調子に戻って抗議して、私に「い、いつまで握ってんのよ!」と言いつつも振りほどかない様子に顔がほころんでしまった。

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