第24話「魔法少女の存在意義」
現体制派に呼び出された日の深夜、私は夜の都市部に潜んでいた。
魔法少女というシステムが生まれてからの日本は長い停滞を抜け出し、過疎地域を除いて大きく成長を遂げている。魔法と技術の融合は元々先進国だった日本の成長を押し上げるのに十分な力を持っていて、キャッシュレス決済の普及率を99%にしたり、この国特有の面倒くさい行政手続きをほぼ自動化したり、とにかく私たちの存在が一国家を変えたのは事実みたいだった。
とはいえ、それでもよからぬことを考える人間は消しきれない。
「いいか、まもなく我々の協力者がターゲットをここに連れてくる。到着したらすぐさま時間を止め、『それ』を使って素早く拘束しろ」
「了解」
発展に伴って都市部の監視網はほとんどの隙間を網羅していたけれど、もちろん私たち魔法少女はその例外となる。任務に際して私たちが潜んでいる路地はあらゆる監視が解除され、付近の人払いも済ませており、この光すらも乏しい路地は人であふれる都会に生まれた異世界だった。
そんな世界の中にいるのは私とマナミさんだけで、彼女は相変わらず警戒心丸出しの険しい表情を隠さないでいる。任務開始前にも「変な真似をしたらその場でお前も始末する」なんて釘を刺されていて、なんでこの人を私につけたのか理解に苦しんだ。
…むしろ、こういう敵に対して躊躇がない人だからこそ、私みたいな無駄に警戒されている人間の監視役に適しているのだろうか。
「心配しなくても、そいつは拘束に特化した汎用マジェットだ。長時間押し当てでもしない限り命に別状はないし、後遺症も残らない。体に当ててスイッチを押すだけ、貴様なら簡単だろう?」
「…ええ、多分」
今でも私が任務を放棄するとでも思っているのか、マナミさんは何度目かわからない解説をしてくる。その内容は私の手に握られたスタンガン…っぽいマジェットに関わるものだ。
これは魔法少女なら誰でも使える兵器の一つで、電気を操る少女の力を解析して作ったらしい。原理としてはスタンガンと同じであるものの、その威力は魔力に耐性のない人間であれば数時間は足腰が立たなくなるくらいには強烈らしく、今回のような『海外に利するスパイの拘束』にはうってつけだった。
「今回の相手はこの国で生まれ育っておきながら海外の日本転覆計画に協力しているクズだ。この場で始末してもいいのだが、取り調べをしてパイプについても調査しなければならないからな。変な情は持つなよ」
「わかってます」
そう、今回の任務はマナミさんが言ったとおりだった。
今の監視網が強まった日本であっても、すべての国民を完璧に管理することは難しい。ましてや主義主張といった心の中の見えないものに関しては、これからもずっとコントロールできないだろう。
なにより、日本は民主主義国家だ。裏側では管理社会化を進めていたとしても、思想信条の自由は建前として認められている。
それこそ…私たち魔法少女という秘匿された存在について調べ、日本をよく思わない国に売り渡そうとする人間も活動できるくらいには。
「…こういう仕事って、警察とかの役目じゃないんですか?」
「ふん、貴様は今でも警察が『正義の味方』とでも思っているのか? まだ時間はあるから現実を教えてやろう」
正直に言うと、先ほどのつぶやきは答えなんて期待していなかった。
マナミさんは間違いなく私を嫌っていて、むしろ私が任務を放棄して始末するための名目が生まれることを望んでいるのではないか、そう考えてしまうくらいには険悪な関係だと思う。
だから「余計なことを言うな」とでも注意されそうだったのに、鼻で笑ったかと思ったらすらすらと現実とやらについて解説を始めた。
「かつてこの国では『合法だと強弁する賭博の胴元』や『違法行為を重ねる政治集団』がわんさかといたが、なぜか警察は一向に取り締まらなかった。理由はわかるか?」
「いえ…」
「簡単だ、『癒着による利権』や『報復を恐れての自己防衛』を優先していたんだ。信じられるか? 法を守る立場が真っ先に法に背く、これも長く日本を腐らせる要因になっていたんだ…まあ、今も警察自体は無駄飯食いだがな」
一応、魔法少女は公権力の外にある存在だというのは授業で習ってはいた。国の中枢部とはつながってはいても、理外の存在であるが故に管轄はされていない…そんな感じ。
だからこういう仕事があるのは予想していなかったし、そもそもそういうことは警察で十分対応できるとも思っていたけど。
その話が事実だとしたら、魔法少女の世界も人間の世界もあまり大差ないような気がしてくる。
どんな世界であったとしても、力があるものを中心に腐敗が生まれる。
「しかし、魔法少女の誕生がそれを覆したんだ。機能不全の公僕に代わって世界の裏側から『掃除』を始めて、本当の意味で日本を守る唯一の存在が生まれた」
「…そんなことまで」
「そうだ。日本を守ってきたのは警察でも軍隊でもない、紛れもなく我々なのだ。法を守り、エネルギーを生み出し、あらゆる敵から秘密裏に国を守る…それこそが魔法少女の存在意義」
掃除、の内容については追求はしない。おそらくは今日の任務とは比較にならないほど、血生臭いものもあっただろうから。
でも…それがあったからこそ私も平和な国で生きていられたと思ったら、これまで同じ運命を背負ってきた少女たちに不思議な連帯感が生まれた。
現体制派に対する反発は今も確実に私の中にあるのに、この奇妙すぎる感情はどこに向かえばいいんだろう。
「…姉様はそんな魔法少女たちを輩出してきた、由緒ある家柄のお方なのだ。幼い頃から血の滲むような努力をしてきて、魔法少女システムを維持し、さらに進化させようとしている。そう、姉様の悲願が成就されたら…我々魔法少女は裏側ではなく、表からすべてを『管理』できる」
「…管理? それって、いったい」
「…しゃべりすぎたな。任務開始だ」
「…了解です」
感情の行き先に困った私は離れた場所にいる相手へ憧憬を向けるマナミさんを見つめ、どうしても気になることだけ聞こうとしたときだった。
お互いのチョーカーにターゲットの接近が知らされ、私たちは壁を背にそのときを待つ。
「貴重な情報、ありがとう。これでようやくこの国を変えられる」
「いえ、私こそ…素敵な時間を過ごさせていただきました」
息を殺してターゲットを待っていると、それと思わしき男性の声が聞こえる。決して大きくはないけれど、魔法少女の聴覚なら聞き取りは簡単だった。
そして横を歩いている女性の気持ちが悪いほど愛想のいい声も聞こえてきて、こちらが協力者であることも理解できた。
「…時間よ止まれ」
それが路地に入ってきた瞬間、私はいつも通り時間を止める。顔を確認すると写真通りで、なんでも新聞社に勤務する記者である一方、実際は海外とつながっている活動家らしい。
まあ、どうでもいい。マナミさんに怒られるかもしれないけど、私にとっては彼の目的に理解も反発もなかった。
だけど、あんな話を聞いた聞いた後だろうか。
(…こいつは、消えてもいいやつだろうから)
私は日本で生まれ、そしてこれからもここで生きていく。そして、多分カナデも同じだろうから。
そう思ったら、やるべきことに迷いはなくなった。汎用マジェットを取り出して体に押し当て、スイッチを押す。すると相手の全身に電流が駆け抜けたのがわかり、時間停止を解除すると同時に男は崩れ落ちた。
「…よし、任務は完了。回収班が到着すると同時に撤収だ…その、よくやった」
「…どうも」
かくして任務は驚くほどあっけなく終わり、きっと男もなにが起こったかわからないまま気を失ったに違いない。倒れたターゲットを見る私の胸に、罪悪感は一切なかった。
心に無駄な動きがない仕事というのは、ある意味気楽かもしれない…なんて思っていたら。
マナミさんは回収班に連絡をしたかと思ったら私を見て、一瞬だけ表情から険を消し、血の流れを感じさせないほど白い肌をわずかに人間らしい色にしつつ、とても小さな声でねぎらってくれた。
その言葉は任務に凍り付いた私の心をわずかに溶かして、改めて自分の単純さに嫌気が差した。
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