第18話「時間停止とブースト」
「…なんだあれ、鎧?」
いつもの低級の敵に囲まれるように河原に降り立った大型の影奴は、西洋の重厚な鎧を纏っているかのようなシルエットだった。
その姿を覆うように全身を黒い霧が包んでいて、鎧の輪郭も曖昧に見えるけど…手に握られた大柄な剣が、自身を騎士の甲冑だとアピールしているように感じられた。
「今日の敵は固そうね…それに、これまでに比べるとシルエットがはっきりしているわ」
「うん。強敵ほどこっちの世界にはっきりを顕現するって話だから、油断しないで」
「アンタもね!」
言うが早いか、カナデはびゅんっ、という音が聞こえそうな速度で雑魚の群れに突っ込む。解放された魔力を放出するように輝くケープは常に移動しており、動くたびに敵は切り裂かれて霧散していく。
そして私はカナデに向かって剣を振り下ろそうとしている鎧に対し、すかさずビームを撃ち込んだ。
「…やっぱり固い。一発じゃ仕留められないか」
ビームは鎧の腹部に見事ヒットしたものの、軽くのけぞっただけで大きなダメージがあるように思えない。もしかしたら周囲に広がる黒い霧が射撃を拡散させて身を守っているのだろうかと推測したけれど、少なくとも無傷ではないと信じて繰り返し撃ち込んだ。
そうこうしているうちに雑魚はカナデが処理してくれて、ひとまず敵は鎧だけとなる。カナデはそれを確認すると投擲用ナイフを投げてつけて距離を取り、私の隣まで戻ってクールダウンを開始した。
「見た目通り固いやつね。私のナイフだと手応えを感じられないわ」
「私のランチャーも致命傷は与えられていないよ…それと、こいつも例に漏れず雑魚を呼べるみたい」
どうやらこの敵の周囲に漂う黒い霧は防御専用ではなく、以前戦った敵と同じように低級の影奴を生み出す資源でもあるらしい。
遠距離からの攻撃を繰り返す私たちはとどめを刺すには至らず、やがて吐き出された霧が固まって複数の雑魚に生まれ変わった。
「カナデ、雑魚は任せて…ショットガンモード、起動」
雑魚を生み出しつつ、悠々と私たちに接近してくる鎧。今回のフィールドは広いから追い詰められているような気分にはならないものの、それでもこのまま魔力を使い続ければじり貧になるだろう。
でも弱気になっても仕方ないので、カナデがまたブーストできるまでは雑魚を散らすしかない。なのでショットガンモードに切り替えて制圧射撃を行った結果、予想通り強敵以外はあっさりと霧散する。
広範囲にわたるビームの散弾はもちろん鎧にも当たったけれど、当然ながら倒れることはなかった。重量感のある足は一歩、また一歩と私たちに近づき、手に持っている剣で叩き潰そうとしてくる。
「…またブーストが使えるようになったけど。私の武器だといまいち相性が悪そうね」
「けど、私の武器でも…そうだ、カナデ。ブーストを使って私の武器の出力も上げられるかな?」
カナデのナイフ投擲でも私の通常モードでのビームも決定打にならないとすれば、弱点を突くかより強い力で押しつぶすか…それくらいしか思いつかない。
そしてこれまで以上に強い力となった場合、私の武器に魔力を集中させてそれを一気にぶつければ…と考えたのだ。我ながら単純だけど、それ故に効果がありそうだという期待もある。
「多分できると思うけど…それで勝てるかしら?」
「わからない。でも、最善は尽くせるよ。それに倒しきれなかったとしても、時間停止で一回は逃げ切れる」
「…わかったわ。アンタを…じゃなくて、アンタの武器と魔法を信じてあげるわよ。じゃあ…」
今ものろのろと近づいてくる敵を見据え、私はランチャーメイスを砲撃モードで構える。そして、カナデは…私のお腹のあたりに腕を回し、全身で密着してきた。
「か、勘違いしないで。魔力をブーストする場合、こうして全身で引っ付くほうがやりやすいだけで」
「大丈夫、わかってる。それに、いやじゃないから」
「…ば、バカ。いくわよっ」
背中にカナデのぬくもりを感じつつ、私は武器に意識を集中する。そこにありったけの魔力を流し込むイメージを浮かべた瞬間、カナデによって増幅された力がランチャーメイスに満ちあふれてきた。
(すごい、これなら…いけるかも)
ランチャーメイスは日光でも放つかのように白く輝き始め、私たちのケープもそれぞれの色の粒子を纏い始める。
一人一人だと到達できないような領域の魔力は気を抜くと暴発しそうだけど、私にはカナデが、カナデには私がいる。その事実がどうしても心強くて、まもなく敵が持つ剣の射程距離に捉えられそうになった瞬間、発射の準備は整った。
「ランチャーメイス、フルバーストモード…食らえ!」
これまで放っていたビームに比べ、二回りは大きな光が敵に向けて撃ち出された。それは攻撃を受けながらも前進をしていた敵の足を止め、大きくのけぞらせる。
鎧の隙間から吹き出していた黒い霧も完全に吹き飛ばし、影奴の反応も徐々に弱っていくのがわかる。
「…! こいつ、まだ動ける…!」
「ヒナ! いざとなったら私が担いで離脱するから、アンタは攻撃に集中しなさい!」
「カナデ…!」
しかしこの鎧の防御力は並外れているのか、最大出力のビームを受け止めながらも前進を再開して、完全に溶け去ってしまう前に反撃を行おうとしていた。
その歩みはこれまで以上に遅いものの、けれども確実に一歩ずつ近づいてくる。そして相手は攻撃が届く位置に到達したのか、最後の一撃とばかりに大きく剣を振り上げた瞬間。
私はカナデを信じ、自分の魔力はすべて攻撃につぎ込む決意を固めた。
「…時間よ止まれ」
時間が止まった世界でも攻撃は止まらないように、私は砲撃を続けながら魔法を使う。この魔法が切れるまでに敵を撃破できない場合、カナデに助けてもらうしかないだろう。
でも、それでいい。カナデはこの世界のあらゆるものを信じられないのかもしれないけれど、私はこの子を信じている。
だからカナデから受け取った力を使い切るつもりで攻撃を継続、さらには時間も止めているということで、どれくらい現状を維持できるのかはわからなかった。
「…これが、止まった世界…?」
「…え? カナデ、動けるの?」
止まった世界ではカナデも動けなくなるため、ブーストによる支援も受けられない…と思っていたのに、私の魔力にはまだ多少の余力がある。もしかして知らないうちに成長したのかな…なんて思っていたら。
背中から聞こえてくる声、私を抱きしめる腕、周囲を見渡す動き…そのどれもがカナデのもので。
止まった世界の中、自分以外にも動ける人間がいるだなんて、信じられなかった。
(…そうか。体を引っ付けている場合、時間停止の対象外になる…のかな?)
私はこれまでになかった現象に驚きつつも、頭の中は冷静に判断していた。同時に、それならこの瞬間もカナデのブーストが私を支えてくれるのを理解し、攻撃にも時間停止にもありったけの力を注ぐ。
「……! やった!」
程なくして堅牢だった鎧をビームが貫き、その穴が全身に広がるようにして影奴は消滅していった。
それを確認すると同時に私はトリガーから手を離し、ランチャーメイスは物言わぬ塊となる。ブーストのおかげで多少の魔力は残っていたけれど、それでも全身を覆う疲労はどうしようもないほど強まっていった。
でも、私は倒れずに済んだ。だって、背中から寄りかかるようにして力を抜いたカナデがいたから。
「カナデ、大丈夫? 少し横になる?」
「…大丈夫、よ。でも、少しだけ…疲れたわ」
「無理しないで。ちょっとごめんね…」
「あっ…い、いいのに」
私は引っ付いたまま慎重に体の向きを変え、カナデを横たわらせて膝枕をする。顔色は決して悪くないけれど、その表情は魔力を使い切ったことでの疲労を隠しきれなかった。
それはまるで、あの日サクラさんに見せてもらったインフラたちの少女みたいで。私の頭の中でカナデと名前も知らない少女たちがダブり、瞬間的に魔法少女学園への反発が芽生えそうになった。河原に座ることで石が少し痛いけど、私を支えてくれた相棒をいたわれるならば気にならない。
「ありがとう、カナデ。カナデがいなかったら倒せてなかった」
「…別に。最悪の場合はバックアップが来るだろうし、アンタは強いから一人でも」
「違う。私とカナデだからあんな戦い方ができて、厄介な敵にも立ち向かうことができたんだよ。カナデがいてくれて、本当に良かった…ありがとう」
カナデの顔を見つめつつ、私はようやく謝罪以外の伝えるべきこと…感謝を口にできた気がした。私の顔を見上げるような格好のカナデは視線の置き場に困っているのか、必死に横に逸らそうとしているのが実に彼女らしい。
「…わ、私も。まあ、その。これまで組んだやつに比べると、アンタのこと…悪くないって、思ってるわよ」
「ふふっ、ありがとう。これからもそう言ってもらえるように、私は私にできることをするから」
視線は決して私には向かなくとも、その言葉はほかの誰でもない私にだけ向いていた。
同じ魔法少女同士だってわかり合えないのだから、私とカナデにもきっとすれ違いはあると思う。
でも…カナデとならこのまま一緒にいられて、そしてもっと理解を深められて…いつかは一緒に笑えるかもしれない。
この子には少しでも笑ってほしい、そんなある日の願いが叶うかもしれない…その目的があれば、ひとまず私には十分な気がした。
それは決して重くはないし、かといって叶わないことで落胆するほど重要なものじゃないかもしれない。だけどカナデとの時間は確実に人間らしいぬくもりを私に感じさせてくれて、今さら一人部屋だった頃の、静かなだけの日々には戻りたいとも思えなかった。
その後、私はついカナデの頭を撫でてしまい、彼女はこれまでで一番顔を赤くして「こ、子供扱いしないで!」と立ち上がってしまう。私はそれを少しだけ残念に思いつつ、またこういう機会はあるだろうと脳天気に考えていた。
*
「…バックアップは不要、これより帰投いたします」
ヒナとカナデが戦っていた河原の上、渓谷同士をつなげるように設置された橋に一人の魔法少女…ハルカが立っていた。その手には大柄なスナイパーライフルが握られており、すでにスコープからは目が離されている。
もっとも、スコープなしでも当てられる自信はあったが。
(やはり、あの二人…いいえ、ヒナは危険。しかし)
バックアップのために確保した狙撃地点から移動しながら、ハルカは千里眼を解除して先ほどの光景に思いを馳せる。
時間を止められるがゆえに一方的に攻撃を押しつけることができれば、絶対的な防御や回避を実現することもできる。
さらに…今日に関しては補助があってこそとはいえ、魔力を増幅すればその強さは加速度的に増していく。
(…あの力、矯正施設に押し込めるのは惜しい。我々魔法少女の時間は有限、ならば)
魔法少女として働ける期間は決して長くはなく、さらにはあの性格を矯正するとなれば時間がかかるだろう。周囲に流されながら生きているように見える一方、権力が相手であっても自分を見失わない芯の強さ…ハルカはあの取り調べだけで、ヒナという少女の厄介さを理解していた。
同時に、先日の行動が間違っているとは思わないにせよ、それよりも優れた選択肢があれば早々に反省し…そして切り替えられる少女でもある。
(…ヒナ、あなたは我々と共に来てもらいます。それこそが正しい在り方であると理解してもらった上で)
この瞬間、ハルカは決意した。
魔法少女たちが適切に管理され、そしてこれから先も同じ世界が維持できるのならば。
あの支配的な力ですら、我々の一部にして見せよう。
ハルカはこの決断に対しさらなる気苦労を感じつつ、それでも自らの目指す『最善』に向けて歩みを進めるようにその場から姿を消した。
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