第8話「幕間・改革派の演説、のち現体制派との交渉」
魔法少女学園の『センチネル』たちが所属する校舎は、魔法と技術を融合させた最先端の実験場でもある。その中でも『シアタールーム』は映画館を魔法で進化させた場所で、魔法少女たちの娯楽や様々な催しに使われている。
そしてこの日は『演説』に使われていた。
「魔法少女学園の理念のおかげで、私たちは使命を遂行できています」
高座で講演台に手を置き、少女が語りかける。プラチナブロンドの長い髪に緑の瞳を持つ少女は全身から理性的な輝きを放ち、にこやかな口元で力強く語りかけていた。胸元の青いリボンは三期生であることを示している。
「しかし、どの組織にも欠点はあります。学園側は効率的な管理を重視するため、魔法少女の意思が後回しになることもあるでしょう」
大型モニターには少女の姿が投影され、観客の多くは彼女に関心や共感、憧れを抱いていた。
一方、厳しい目を向ける者もいる。彼女の演説は学園のシステムに異を唱える意図も含まれており、反逆行為に近い。
しかし、学園側も彼女を即時拘束する様子はなかった。
「魔法少女はこの国に奉仕すべき存在ですが、私たちも国の一部です。可能な限り多くの意見が届くよう、改革派は学園との交渉を続けています」
少女の演説は学園側の理念を建前として見透かしていたが、それでも彼女は信じていた。
「『破壊』に頼ることなく学園と共に変わることを望む人たちがいる限り、私たち改革派は存在し続けるでしょう」
少女は「ご静聴、ありがとうございました」と一礼し、会場を包む拍手がピークに達した。
*
「カオル、お疲れ様。今回の演説も見事だったわよ~」
「ありがとう、ムツ。今日は一期生も多いし、これが変わるきっかけになってくれると嬉しいね」
演説を終えた少女…カオルは舞台袖に引っ込み、そこで相棒の少女…ムツと顔を合わせて柔らかく笑い合った。
ムツのおっとりとした声のトーンはカオルの緊張を大きく緩め、その整った顔にうっすらと汗を浮かばせる。ムツはその汗が流れ落ちる前にハンカチを取り出し、自然な所作で優しく拭っていた。
ムツの髪は黒のショートヘアをハーフアップにしており、小さなお団子を作っている。リボンの色はカオルと同じ青で、そののんびりとした雰囲気の裏にある優秀さは隠し切れていなかった。
「現体制派からはクレーム来てない?」
「怖ーい目で睨んできたけれど、少なくとも文句はなかったわよぉ。でも『あまり変な真似はしないように』とは釘を刺されたけど」
「そっか、気をつけないとね」
「全然自重する気がなさそうね?」
現在の魔法少女学園のシステムを守る存在…現体制派からすれば改革派は目の上のたんこぶであり、テロリスト認定している武闘派と違って合法的な集団でもあることから取り締まりが難しい。
改革派もそれを理解して立ち回っており、あくまでも『お互いが魔法少女学園にとって有益な存在』と主張していた。現に改革派の存在を許容することは魔法少女の尊重をアピールすることにもつながっており、現体制派が強く出られない理由になっていたのだ。
それでもこうした活動にはリスクが伴い、マークされているのは間違いない。ムツはそんな現状をたおやかに受け流しつつも、自重する気のない相棒に苦笑した。
「近々、また現体制派と交渉するつもり。それで立ち位置を強化して、みんなを…すべての魔法少女たちが公平に扱われるよう、私たちで変えていかないと」
「仰せのままに、お姫様(おひいさま)。あなたの理想が一日でも早く実現するよう、私がずっと支えるわ」
優しく感受性の強いムツにとって、争いの火種はどんなものでも避けたかった。だからこそ、無派閥として静かに戦っていた。
そんな自分が支えたいと願った、唯一無二の希望。それは神聖不可侵の城郭に存在するシンボルであり、お姫様という呼称もあながち冗談ではない。
強く美しく、前だけを見る理想的な象徴。それは物語の中にしかいないような『姫騎士』が実現した存在だとすら思えて、ムツはなめらかに跪き、恭しい様子でカオルの手を取った。
「そういうのやめてよ…私はお姫様になんてなりたくないし、ムツとは相棒でいたいから。魔法少女全員で笑っていられる、そんな世界を作るための仲間…でしょ?」
「…つれないわねぇ。でも、そんなあなただからこそ支えたくなる…なんてね」
見上げたカオルの顔にはやはり苦笑が浮かんでいて、ムツは渋々と立ち上がった。それでも自分の手を握り返してくれたカオルの体温を感じ取り、改めて彼女を支えるべき理由が明確になる。
この人は公平だ、どこまでも。
自分がお姫様になることを望まないし、誰かをお姫様に仕立てることも望んでいない。
ただ世界が公平になることを希望し、変えることを選んだ。
(…なにも変わらず変えられない、私とは違うあなた…)
そんなあなたの隣にいれば、争いのない優しい世界が訪れるかもしれない。
ムツはもう一度カオルの手を両手で包み込み、心の中で忠誠を誓っておいた。
カオルはそんなムツの心を優しく見通すように、その手を握ったまま舞台袖の奥へ歩いて行った。
*
魔法少女学園は生徒たちの徹底的な管理を行う一方、多感な時期の彼女たちに自立を促すべく、学園の方針策定に参加する機会も設けられていた。
とはいえ、最大の権力を持つ『現体制派』は実質的に学園側の理念を体現する存在となっており、彼女たちにのみ運営を任せれば学園の意向のみが反映されるだろう。それは無派閥から見ても不公平であることが明らかであり、だからこそ『改革派』との定期的な交渉や会合の場が設けられていた。
この日も『会議室』と呼ばれるクローズドな空間にて、それぞれの代表者たちが意見を交わしていた──。
会議室の奥側に設置された長机には現体制派の魔法少女たちが並び、いずれも改革派の魔法少女たちに対して警戒に満ちた視線を向けていた。
その中でもとりわけ厳しい目線…敵意すらこもった険しい目を投げかける少女は、その整った容姿もあってすべてを拒む氷壁のような雰囲気を隠せないでいた。
アクアブルーのロングヘアを一つ結びにしており、まだまだあどけなさの残る瞳は白縹色の涼やかな光を宿していた。現体制派であることを主張する赤い腕章には盾を模したエンブレムが刻まれており、あらゆる攻撃どころか意見すら拒絶することを暗喩しているようにも見える。
机の下で握られる手からは冷気を思わせる白い水蒸気がわずかに漂い、隣に座る少女に「マナミ」と小さくいさめられた。
マナミと呼ばれた少女ははっとして姿勢を正し、程なくして冷気は霧散する。
「皆様、本日はこの場を設けてくださりありがとうございます。学園側の寛大な配慮、恐縮です」
入り口側の長机には改革派の魔法少女たちが並んでおり、その多くは落ち着かない様子で視線の置き場を探していたり、冷や汗を流しながら目を合わせないように前だけを向いていた。
そんな中、現体制派に対してにこやかに感謝を述べたカオルは何の焦りもなく、むしろこの場において一番の余裕を有しているようにすら見える。隣に座るムツも同じように笑顔を浮かべており、育ちの良さがわかるようなきれいな姿勢で椅子に座っていた。
「かまいませんわ。魔法少女学園は私たち魔法少女に対してとても公平であり寛容です、あなたたちとの話し合いを行うのも当然のこと」
「ありがとうございます、ハルカさん。もちろん、この場にいるすべての現体制派の皆様にも感謝します」
カオルに対して返事をした少女…ハルカも同じように動じる様子はなく、学園側の建前を再確認するように抑揚のない声で応じた。ただし、カオルと違って微笑みどころからあらゆる感情を感知させない無表情を張り付かせており、隣に座るマナミとは異なる冷たさを纏っている。
そんなハルカに現体制派は表情を引き締め、改革派は緊張を強めて体を硬くする。公平とは表現したもののこの場における上下関係は歴然であり、誰もが会話の主導権は現体制派にあると確信した。
「それでは、本日の議題についてですが…新しい発電所の開所セレモニーに際してお伝えしたいことが」
「貴様、どこでそれを聞いた!? 情報の出所を今すぐ教えろ、さもなくば…!」
「マナミ。これは開示レベル3の情報です、一定の権限がある方ならアクセス可能ですわ…ただ、ここまで早くあなた方が嗅ぎつけるとは思ってもいませんでしたが」
「うふふっ、改革派も学園のために活動をしておりますので~」
そんな現体制派の見えない余裕を突き崩すように、カオルは世間話をするかのような軽やかさで議題を口にする。それは会議室の硬質な空気を解きほぐすような熱を生みだし、両者のパワーバランスが変化したようにも見えた。
この機微へ真っ先に反応したのはマナミであり、険のある表情がさらに鋭く研ぎ澄まされ、その両手からはまたしてもすべてを凍り付かせるような魔力が生まれている。
もしも現体制派の代表者が彼女であれば『実力行使』に発展しかねなかったものの、この場においてはハルカが代行していたこともあり、何度目かわからない箴言にようやくマナミも「失礼しました…」と静かになった。
ハルカはマナミのこうした一面に手を焼いていたものの、それでも仲間をかばうように遠回しな警戒の意思を改革派に伝える。すると今度はムツがのんびりと返答し、マナミの歯ぎしりの音を聞きつつハルカは無言でにらみ返しておいた。
「この発電所は最新の技術を導入しており、より高効率でエネルギーを生み出せると聞いています。そうなるとインフラの魔法少女たちの負担が懸念事項となりますが、こちらはどうなっていますか?」
「心配せずとも、学園は発電を担当する少女たちの負担減も常に考慮しておりますわ。インフラの人員増加はもちろんのこと、適切なローテーションも行うようにするつもりです」
「ありがとうございます、それを聞いて安心しました。ただ、人員増加に伴って教育や保養施設の充実が後回しになっていませんか? 私たちセンチネルにはインフラの現状がなかなか伝わってきませんが、匿名の意見によると進捗は芳しくないと思われます」
「その匿名の方が実在しているかどうかはさておき、これも以前説明しましたわよ? インフラに比べてセンチネルはリスクの大きな任務に赴きますから、優先的に設備を充実させるのは当然のことです。あなたもセンチネルなのですから、恩恵に預かる身としてもう少し感謝してもらいたいですわね」
「耳が痛いです。気をつけます」
白々しい…という余計な本音は飲み込み、ハルカは相次ぐカオルの質問に粛々と答える。
多くの権限を持つ現体制派はインフラの現状についても真実に近しい情報を持っており、ましてや『目』がいいハルカは誰よりも詳しいという自負すらある。
故にカオルの指摘の正しさも理解する一方、それ以上に学園側のやり方が最良であるとも考えていた。だからこそ自分はどちらにつくべきかを迷うことなく決断し、正当性を主張しつつささやかな反撃を行う。
カオルもその指摘には反発せず、ウォームアップを終えたかのように本題を切り出した。
「それではセレモニーについてですが、こちらは『敵対勢力』の妨害が予測されます。現体制派の皆様が警備に当たるとは思うのですが、我々改革派からも人員を派遣させていただきたく」
「必要ない。我々はテロリストに屈することも、貴様らごときに力を借りることもない。そうですよね、姉さ…ハルカさん」
「そうですね~、たしかに発電所付近は十分だと思います。けど…セレモニー会場の近くで戦闘が起こった場合、参加される重役や高官の皆様は不安になるのでは? もっと離れた場所で撃退するには人手も足りないでしょう?」
改革派は現体制派に反発するのが役目ではなく、あくまでも学園に寄り添いつつ変わることを望む。よって学園側が必要とすれば力を貸し、あわよくばそれを土台にして自分たちの要求を妥結させていく…これが基本的なスタンスだ。
このセレモニー警備は貴重な機会であり、開催の情報を入手した彼女たちはすぐさま交渉を決断する。一連の迅速な動きはカオルとムツによるもので、これは歴代の改革派を知る人間からしてもたぐいまれな状況であった。
よってカオルの提案に即時の反発をしたのはマナミだけであり、ハルカは口元に手を当てて考え込むような仕草を見せる。そしてムツも事前の打ち合わせ通りに具申したことで、会議室の空気は明確に開けた。
「…わかりましたわ。ですが、我々は改革派を完全に信用することはできませんので、会場付近はわたくしたちが守ります。あなた方は離れた場所で敵を排除してくださいますか?」
「もちろんです。これまで以上に信頼していただけるよう、全力を尽くさせてもらいます」
ハルカの決断にマナミは再び口を開こうとして、それは事前に手で制される。
そしてこれ以上は無駄な衝突を生みかねないと判断したカオルは殊勝な態度で締めくくり、改革派は逃げるようにして会議室を後にした。
*
「なぜです、姉様! あんな奴らに借りを作る必要なんてありません、今からでも撤回すべきです!」
現体制派も撤収した会議室に残るのはハルカとマナミだけとなり、マナミは二人きりになったことを確認するとすぐさま詰め寄った。
ハルカはくびれのあるセミロングヘアをゆっくりとなびかせ、この扱いづらい相棒に呆れを込めたエボニーの瞳を向ける。会議室の照明がボルドーの髪に反射し、赤く暗い光をマナミの視界に焼き付けた。
「マナミ、いつも教えているでしょう。我々は学園と現体制の存続こそが最優先事項です、そのためには使えるものは何でも使いなさいと」
「ですが! もしも奴らが手柄を立てた場合、我々がまた譲歩することになるやもしれません! いっそのこと、奴らの不正を暴いて即時の拘束を…!」
「なりません。今の改革派を取りまとめるカオルは曲者です、こちらが強引な手段に出れば無派閥をも味方につけて反撃に出るでしょう。それは現体制の基盤を根底から揺るがします」
「ね、姉様…ですが」
はぁ、と今日何度目かわからないため息をついたハルカは切れ目の中に宿る瞳をマナミに向け、これ以上は無駄だと言外に伝える。
改革派相手であれば聞く耳を持たないマナミであるが、この『姉』と慕う相棒にこのような目を向けられてしまうと急速に心細さが胸の中を支配した。
「それと、いつも言っているでしょう? わたくしはあなたの姉ではありませんし、二人きりでないときは名前で呼ぶようにと。あなた、このクセだけは何度言っても直りませんわね?」
「うっ…も、申し訳ございません。ですが、姉様は姉様です…私のお慕いする唯一無二の方なのです」
「…はぁ」
マナミと組むようになってから、何度ため息を吐いたかわかりませんわね…。
ハルカは疲労と気苦労による頭痛を感じつつも、敵に向けていた表情とは真逆の顔になったマナミ…しょんぼりと耳を伏せる子犬のような仕草に毒気を抜かれてしまう。
すると口の端はわずかに緩み、その手はマナミの頭にそっと置かれた。
「マナミ、あなたは優秀な子です。ですが、目的に対してまっすぐすぎます。今回の件も改革派に借りを作るのではなくて、『改革派とテロリストをぶつけて双方の戦力を削ぎつつ自分たちは無傷で目的を達成する』と考えなさい?」
「…た、たしかに。ごめんなさい、姉様。短慮な私ではそこまで考えられませんでした」
「ええ、その点は十分に反省なさい。ですが…」
頭を撫でられたマナミからも険しさは消えて、年齢以下に感じられるようなあどけない素直さで謝罪した。
ハルカもここまでかみ砕く必要があったことに鳴り止まない頭痛を感じつつ、目の前の『妹分』の純朴さを好ましいと思っている自分に気づき、説教はここまでだと切り上げる。
「あなたの学園に対する忠誠、それは素晴らしいものです。上層部はもちろんのこと、私もあなたには期待していますよ…我が妹」
「…はいっ、姉様! これからもご指導ご鞭撻、よろしくお願いします!」
わたくしはこの子の姉じゃない、そんなのはわかっている。
けれども『見えすぎてしまう』自分にとって、『見ようともしない』この子はきっと好ましい存在だ。
そう信じ、ハルカは調子づかせると思いつつも妹にぎこちなく笑いかけた。もちろんマナミは尻尾を振る忠犬のように輝いた目で返事をして、もう一度ハルカに笑顔を浮かべさせた。
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