魔法少女の反逆~重なる魔法と世界の果て~
花田一郎
第一章『魔法少女たち』
プロローグ
住宅地からやや離れているうち捨てられた公園にて、私は駆逐対象を発見した。手入れが行き届かなくなって雑草と一緒に成長を続ける垣根越しに監視すると、それらはふよふよとなにかを求めてさまよっているように見える。
「…
チョーカーに取り付けられた宝石を人差し指と親指で軽くつまみながら、私は見たままの状況を報告する。すると即座に「任務を開始してください」と返事が届き、私は背中に背負っていた獲物を握りしめ、公園の敷地内へ飛び込みつつ射撃を行った。
私の武器…『ランチャーメイス』から放たれたビームは赤い光芒を残しつつ敵を貫き、それは跡形もなく霧散した。突然飛び込んできた人間…いや、『魔法少女』である私に気づいた敵が襲いかかろうとする前に、私は武器を構え直してもう一体を消し去ろうとすべく射撃姿勢に入る。
ランチャーメイスの砲身は細く優美で、持ち手のついた本体は火薬を使った兵器に比べるとずいぶんシンプルだ。このシルエットからあのような威力を持つビームが出てくるだなんて常識の範疇を超えているだろうけど、それは当然だ。
私…『ヒナ』は魔法少女で、この武器も魔法の力である『魔力』によって動いているのだから。
左手で持ち手を握り、右手はトリガーハンドルに添える。若干の反動に備えるため抱えるように構えつつ、そのまま引き金を引いた。
再び赤い光芒が夜の公園を駆け抜け、また一つのシルエットが消え去る。この時点でようやく敵も戦闘態勢に入ったのか、二体の影奴が私に飛びかかろうと滑るようにこちらへを向かってきた。
その浮遊と表現してもいい動きからわかるように、こいつらに足はなかった。そもそもその名前の通り影のようなぼんやりとしたシルエットで、魔法によって視力が強化されていたとしてもその全容ははっきりとしない。
強いて言えば人のような上半身に尻尾のような一本の下半身がなんとか目視できるだけで、これが人にとってどのような脅威であるのか、事前に勉強していなければわからないだろう。
もっとも、敵である以上は私に触れさせるつもりはない。このまま射撃でまとめて撃ち抜いても良かったけれど、ビームはその見た目通りそこそこ魔力を消費する。なので相手から近づいてくるのであれば、メイス『らしく』強力な一撃をお見舞いしてやろう。
「…ふっ!」
左手で砲身を握りしめ、質量の塊を全力で振り抜く。その遠心力に踊らされないよう右手でも砲身を握り、さながら本体を鉄球に見立てるようにして二体同時に敵を殴り飛ばした。
四方に突起もついたメイスの本体は二つの影を引き裂くように吹き飛ばし、そのまま中空にて夜の闇に溶け合うようにして霧散する。私の動きによってふわりと揺れたクラウドグレーのケープからは灰色の雪のような粒子がわずかに舞い散り、一瞬だけ夜の闇を静かに照らしてから消えた。
この姿形すらはっきりしない敵に明確な意識や知性があるのか、それはまだわかっていないらしい。それでも自分たちをこうも易々と撃破する魔法少女に対しての警戒心くらいはあるのか、私を取り囲むようにして同じような影が地面から生えてきた。
数にして7体、それ以外の敵と思わしき反応は感じ取れない。つまり戦力を小出しにするよりもまとめてぶつけたほうがいいと判断したらしく、この辺は人間と変わらないように思えた。
「これで全部か…探す手間が省けたかな」
もっとも、私としては全部出てきてくれるほうが都合がいい。魔法少女としては新人の私がこんなふうに言うのは傲慢かもしれないし、自分を過大評価しているわけでもない。
けれど、こうした戦闘任務を一人で任されているということは、私一人でどうにかなる程度の内容だという証拠でもある。
魔法少女を厳格に管理する『魔法少女学園』がそのような判断を下したのだから、きっとそうなのだろう。実際、私にはそれを可能とする『力』があった。
周囲の影が動く直前、私はランチャーメイスの持ち手付近に取り付けられたデジタルクロックを思わせるインジケーターに意識を集中、自分自身に「できる」と言い聞かせるようにつぶやいた。
「魔力解放…時間よ止まれ」
私の言霊は夢物語を叶えたかのように、周囲の敵はピタリと動きを止めた。逆にインジケーターは時を刻むように数字が増え始め、私はまたランチャーを構えて軽くジャンプし、宙に浮いたままビームを照射する。
そのままぐるりと全方位をなぎ払い、すべての敵は止まったまま消え去った。それを確認した私は『固有魔法』を解除し、インジケーターは再度発動までに必要な時間──30と表示されている──が案内されていたけど、もう敵はいないので気にすることはない。
(…もしもこれがずっと発動できたのなら、私はこの世界の支配者になれるのかな?…なんてね)
そんな願望もないくせに、私は一人でそう考えて苦笑を浮かべる。この勝利に対してはとくに達成感もないし、こんな考えがあると知られたら『現体制派』に拘束されると思ったら、のんきに笑っていられないけれど。
だけどこの思考や感情までは読み取られまい、そう思った私は無線機も兼ねたチョーカーに任務達成を報告し、その決まり切った返答を聞き流しながら空を見上げた。
まん丸な月は夜とは終えないくらい強い光を放ち、夜風に流れていく雲の姿を視認させる。それは先ほど時間を止めていた光景と同じで、私の力の及ばないものがたくさんあることがありありと伝わってきた。
もしもあそこまで止められるようになったら。
さらにその先までも、見えない場所まで止められるようになったら。
私は考える。考えて、もう一度苦笑した。
「…やりたいこと、とくにないなぁ」
私の固有魔法を確認した人は『世界すら支配しかねない危険だけど強力な力』なんて褒めているのか非難しているのかわからない評価をして、それでも魔法少女として戦うことになった。
ただ、それだけ。自分にどうしてこんな力があるのか、この力を使ってどうしたいのか、そんなのは今もない。
それでも戦うことで生活が保障されて、この力とは無縁の、『やってみたいこと』が実現できるかもしれない。
魔法少女としてやりたいことは、これから先もないのだろうけど。
それでも、私個人…ヒナにはやってみたいことがあるから。
だから、戦い続けよう。流れに身を任せ続ける私にできることなんて知れているけれど、それでいい。
私は、私が生きている世界を変えることなんて望んでいないのだから。
雲が月を覆って世界が闇に包まれたと同時に私は視線を下ろし、ランチャーメイスを背負って夜に溶けるように帰路へついた。
…
……
………
これは、そんな私の…魔法少女の物語。
時間を操れると思っていた私が、『世界』に反逆するお話。
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