第21話 Sideフェリックス
〈フェリックス視点〉
『どうぞ、安心して婚約解消して下さい!!』『……婚約解消して下さい!!』『……解消して下さい!!』
……はて?今彼女は何て言ったんだ?
彼女の言葉が頭を中をこだましているのだが、ちっとも理解出来ない。
婚約解消?婚約解消って何だっけ?食べ物?いや、違う、調理器具だったかな?婚約解消、婚約解消、婚約解消……俺の知っている言葉じゃなさそうだ。
「……リックス様?フェリックス様?フェリックス様大丈夫です?聞こえていますか?」
ふと我に返ると、俺の愛しい婚約者が直ぐ側まで近づき、心配そうに俺の目の前で手を振っていた。可愛い……。いや、いかん……意識が遠くに言っていた様だ。
俺はポカンと開けっ放しだった口を慌てて閉じる。彼女に間抜け面を晒してしまった。
「……き、聞こえているが、今、お前は何と言った?」
口をぽっかり開けていたせいか、口の中が渇いて上手く言葉が出ない。俺は急いでカップに残ったお茶を一気に飲んだ。温くて助かった。
彼女はまたテーブルの向こうの椅子に腰掛けながら、
「はぁ~緊張しましたが、ちゃんとお伝え出来て良かったです。もうお邪魔はいたしませんので、ステファニー様とお幸せに」
「ステファニーと?幸せ?ステファニーは王太子妃になるんだが?」
混乱の極みとは今の状態を言うのだろう。俺がそう言うと、彼女は少しだけ辛そうな顔をして、
「そう考えるとフェリックス様もお辛いでしょうが、それでもステファニー様とのお約束を守る事は出来ます。良かったですね」
「約束?俺はステファニーと約束なんてしてないぞ……というか、それよりもう一度さっき言った事を言ってくれ。ちょっと意味がよく分からなくて……」
喉が渇く。もう一度、カップを持ち上げて空っぽな事に気づく。クソッ!
「あ、もう一杯お茶を淹れましょうか?メイドを呼びますね」
「い、いや……それよりさっきの話だが……」
すると、我が家の執事がサロンに急ぎやって来た。
マーガレットとのお茶会の時は邪魔をするなと言っておいたのに……。
「も、申し訳ございません。あの……アンダーソン公爵令嬢様が急ぎの用があると……」
「は?今日だけは無理だと言っておいただろう?」
あの馬鹿女。今日ぐらいは自由にさせてくれと言ったのに!俺はイライラしながら、執事に答える。すると、
「フェリックス様、直ぐにステファニー様の元へ行かれて下さい。私は話したい事を話せましたし。あとは……侯爵様と父とのお話になるかと思いますが、先ほど言った様に私はもう大丈夫ですので」
そう笑顔で言った彼女はさっさと席を立つ。
「ま、待て!!話は終わっていない!!」
必死な俺の後ろから執事が、
「フェリックス様……公爵令嬢様が……」
と控えめながらも圧をかけてきた。
「それでは、失礼いたしますね。フェリックス様、長い間お世話になりました」
彼女はペコリと頭を下げて、俺が贈った古い本を抱えて扉へと向かう。
「ま、待って!!待ってくれ!!」
俺は彼女を追いかけようと席を立つが、執事がまた、
「フェリックス様急ぎませんと……」
とさっきより強めの圧をかけてきた。
そうしている間に、彼女は扉を開けて軽やかに部屋を出ていってしまったのだった。
「フェリックス、遅かったじゃない!待ちくたびれたわ!!」
俺に抱きつくステファニーをゆっくりと引き剥がす。
「今日は大切な用があるから、呼び出すなと言っておいたはずだが?」
「ウフフ。それでもこうして来てくれたじゃない」
ニッコリと笑うステファニーの顔面にパンチを繰り出せたなら、どれほど俺はスッキリするだろうと思いながらも、俺はそれを我慢した。
全ては王太子殿下との約束を守るためだ。
幼い頃。俺は王太子殿下の遊び相手として、父に王宮に連れて行かれた。
俺と王太子殿下とは気が合った。
『フェリックス。君も近衛騎士になる予定なのかい?』
『父と同じく。でも殿下の護衛として側近になるのは難しいです』
俺の父親は母の家に婿入りして侯爵になった。父は元々は伯爵家の次男だったが、腕を買われて近衛騎士の副団長として活躍。その功績もあって母と結婚した。
だが団長は生まれながらの侯爵家の息子。その息子も俺と同じ様に近衛騎士としての道を歩み……いずれ団長となるだろう。
俺は頑張っても団長にはなれない。父がどんなに実力があっても副団長止まりであった様に。
『セルジュか……あいつはあまり好きではない』
殿下は自分より五つ程歳上の団長の息子の名を呟いて顔をしかめた。
『でも……無理ですよ。父が伯爵家の出である事は変わりようがない。あちらとは……』
『なぁ、フェリックス。家の良し悪しで判断されるのは馬鹿らしくないか?』
……正直俺には、コンプレックスがあった。父が伯爵家の出身な事でちょっとした差別を受けている事に。
『そうですが……』
『フェリックス。近衛になったら君の父の様に実力で黙らせれば良いだろう?』
『それでも父は副団長止まりです!!』
俺は父が好きだった。だが、その父を少し恥ずかしく思う自分に嫌気がさしていた。
『なぁ……フェリックス。君に秘密の任務をやろう。それを無事遂行出来れば……僕が国王になった時、君を団長に。そして僕の側近にしてやる』
その時の殿下の顔がしてやったりとほくそ笑んでいた事にあの時の俺は気づかなかった。
『秘密の任務?』
当時十歳の幼い俺には〈秘密〉という言葉には好奇心をそそられる要素がふんだんにあった。
『そう。秘密だ。だってそんな事で団長や側近を決めるなんてダメだ!って言われたらそれまでだろ?あ!言っとくが、お前が近衛として剣の腕を磨くのは当然の事だぞ?流石の僕も実力も体力もない様な男に側近は任せられない』
俺はいつの間にか、その任務の内容も聞かずに、
『当たり前です!努力は惜しみません』
と力強く頷いてしまっていた。
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