カジノ船団のマジックショー 前編

 ――これは、赤き皇国軍第二船団が不時着をした、数日後の話である。


 俺たちによる緊急手術は成功を収め、船の責任者の一人であるモーラは、竜医院の中で意識を取り戻した。胸を二突きも貫かれていたうえに、出血もおびただしかった。輸血したとはいえ、もう目が覚めるとは!みんな驚いた。彼女の金の髪は、弱々しい輪郭線だが、もう力強く燃え始めようとしていた。そして隣で手を取っていたミステリアスな金髪美女をじいっと見つめた。彼女はにっこり髪をかきあげて、耳を近づけた。こしょこしょ。そして、ミステリアスな彼女、ヒミズは目をパッチリしてこう言った。

 「こちらの医院に、コックはいますか?」


 オーダーは大量の肉。なので、病院の所属ではなく丘の邸宅のコック長が、ごちそうを手配した。するとバクバクバク!!!と、ものすごい勢いで食べ尽くし、なんと、立ち上がり、船団の船へスタスタと帰っていった。みんな止めようとしたが、ヒミズが取り持った。その後、一等船室の彼女の部屋でこんこんと眠ったらしい。それが一番回復するのだと。タフな話だ。でもわかる気がした。結局、病を治すのは、己自身を回廊の先へと導こうとする力、なのだ。俺は、その道筋に無理や矛盾があれば、必要に応じて取り除き、迷いがあれば、看板を立て道案内をし、出口が見えないのならその扉を見せ、ときとして代わりにドアを開ける。文様巡り、竜鎧屋、竜医師。やってることは、ほぼ同じだった。


 はるうらら ぼたんとれたら おれにまかせろ


 そう。修繕。皇国新聞の注釈によると、それは案内と護衛エスコートというらしかった。


 ◇


 そして後日、礼が届いた。第二船団のカジノ、それからパーティへの招待状である。一等船室のゲストルーム付き!ミルダ父を経由して連絡が来た。


 「たのんだよ。」


 島のたぬきおやじは、ニコニコ顔だ。昔は顧客だが今は俺のボスだ。

 命令。

 義父シリウスと、第二船団は犬猿の仲だ。しかし丘の邸宅の主としては、こっちのツテも作っておきたいのだろう。ふうん。まあ、シリウスも承知の上に違いなかった。


 「行ってきなさい。」

 だから、ミルダと二人で頷いて返信の封筒へ連盟の魔法封緘をした。


 白地に、カラフルな金平糖。


 たぬきおやじは半目でにっこり、額にはピキピキと青筋が立っていた。ミルダは、長い睫毛をぱっちりした。俺は、顔を覆った。耳まで真っ赤なのがわかる。

 だから!お巫山戯ふざけじゃない!忘れてたんだ!俺たちの魔法封緘シーリング!ビジネス用!


 直感インスピレーション!!


 濃紫の夜と紅玉の朝の二色の層に、睦まじく寄り添う鷹と鳶、装飾の枠には芙蓉ハイビスカス白銀プラチナラメ


 うむ。我ながら、美しい文様!さすが文様巡りのド天才だ。たぬきおやじも、けろりと機嫌を直し目キラキラした。そして、封書を素早く懐へ納めた。ミルダも、目を優しく光らせにっこりした。

 どき!!っとした。輪郭線を重ねたい衝動を抑えて、身体をホンの少し、くっつけた。温かい。彼女も身体をホンの少し、こちらへ預けて顔を埋めた。


 胸に白いものが吹き出して、部屋を飛び出したい衝動にかられた。でも抑えた。手の平と足の裏と背中は汗でびしょびしょだ。顎から、汗が滴り落ちそうだ。だから、己のメッキを厚くした。それで顔だけは、涼しくなった、…はず。

 今は、それくらいできる。やーーっと、だ。ガワは二十四、中身は三十七歳。そして、そんなのアトラスやミルダは、ずーーっとやってのけていた…。


 才能?それとも慣れ?

 カーアイ島民が生けるミラーボール、シリウスの存在により、竜穴毒耐性を持っているように。


 彼らの竜の契約主としての立場がそうさせるのだろうか?

 尻拭い。ツケ払い。連盟の扉。背負うもの。


 うーん、わからん!!


 今日のキリスは、俺がアトラスやポーラの目を借りて縫った霊媒師の礼装だった。俺はその従者の礼装。ミルダは名士だ。だからさっきも、経緯あれやこれやのお付き合いで、あちこち顔を出しに行ってきたのだ。俺は、スーパードクターで無口な変わり者と割り切られていたから、後ろでニコニコ立っているだけで良かった。とびきり立派な案山子かかしだ。パーティの輪に入れず寂しくなったら、ときどき居合わせた女の子にニコニコしたり、ご馳走を山盛りにして、雑踏を離れ、テラスでぼんやりしてれば良かった。昔と何も変わらなかった。


 そして今、その汗だくの上着を無意識で脱ごうとしていた。第七船団のカフスボタン。皇国神殿のブローチ。竜医院のピンバッヂ。紫水晶のチーフ。大切な皆の期待を背負った、大切なそれを。

 やば!!と思って、尻をぽりぽりすると、ミルダにべっしん!と叩かれた。


 俺は、まだまだ道半ばだ。


 俺もミルダも、竜医院の予定を前後にずらしたり纏めれるものは一つにまとめたり、代われるものは代わり日程調整をした。俺は何もしてない。

 ミルダが全てやってくれた。俺は、モーラの診察を午後に入れ、夜に現地のゲストルームで合流。身支度はそこで整えれば良い、ミルダがやってくれるとのことだった。彼女の管理能力マネージメントのうりょくの手腕は、ほんとうにほんとうに鮮やかだった。そして、南の島のスローライフ的な日だってきちんとあるのだった。


 ベタだが名言しておく。彼女無しでは生きていけない!!でもいい。彼女は俺のもんだからな!!

 向こうは?向こうも、たぶんそう。

 俺は認めてないし、口に出すのも憚られるけど、三十七だ。そろそろ認めておく。客観的事実。

 契約主って平たく言うと、


 ――竜の飼い主だからな。ふん!!


 自分で言ってて、目頭に涙が溜まるのがわかった。


(続)


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