29 王さまの食卓
21日の夕暮れになっても魔女が第2王子の許へたどり着いていない。
女官の申し立てで、捜索隊が結成された。
人見知りの魔女は自覚なく気配を消す術を発動しているらしく、捜索は難航した。
§
料理の配膳係から、「テーブルに置いたはずの腸詰ソーセージが消えるんです」と報告があった。
王家の食事室へ駆けつけた捜索隊は、つまみ食いをしている魔女を発見した。
「魔女さま。お捜ししましたぞ」
捜索隊の隊長は、芸人選抜の会を取り仕切っていた近習だった。
「えっ? 私、丸1日行方不明だったの?」
魔女は驚愕した。方向音痴に加えて、魔女は没頭すると時間の感覚も失うようだ。
「ご無事で何よりでした。それはそれは第2王子は心配して――」
近習が言い終わらぬうちだった。
「お前という奴は――」、疾風のように第2王子が魔女のそばに駆け寄った。「自分ひとりでまたアドベントカレンダーの小箱を開けたなっ」
「んぇ(いいえ)」
魔女は口いっぱいソーセージをほおばっていたので、首を横に振った。
「泉の精に、(もぐもぐ)、あげまして(もぐもぐ)」
事実を報告したが、王子には信じてもらえなかった。
「どの口で言う」
「この口です(もぐもぐ)」
魔女と王子は噛みつかんばかりに顔を寄せ合って威嚇し合った。
(おおっ)
5秒たってもキスには至らなかった。
魔女がソーセージをほうばっていたせいだ。
「腹が空いているなら、食事にしよう」
王子が、ため息をついた。
「けっこう、もうお腹いっぱいです」
魔女は辞退した。
「4人分のソーセージを食い尽くせばだなぁ」
王子は見事な三白眼になった。
「おや。お客様かい」
そこへ爽やかな声が割って入って来たのだ。
魔女が、そちらを振り向くと絵に描いたような王子がいた。
金色の、くるくるきれいにカールした髪。その頭上に輝く金の冠。
落ち着きと気品とふくらはぎの筋肉と瞳の青さ、少し上がった口角の余韻、その他すべてを、第2王子より2割増しで増量したイケメンが佇んでいた。
「兄上」
そう第2王子が呼んだからには、第1王子である。
「おおお」
魔女は思わず低い声で
「わかりやすいイケメン好きだな」
第2王子は闇夜のように暗い表情をした。
「だからといってお近づきになりたいとかではありませんし、
魔女の切り返しに配膳係も捜索隊も、いっさいを表情に出さないように努めた。でも何人かは耐えきれず、(今年の第2王子の恋人さま、キレっキレじゃね?)と目配せしあった。
それなりに魔女は一般常識は備えているので現れた第1王子に対し、深めのお辞儀をした。位の低いものから高い者へ先に声をかけるのはマナー違反だ。年功序列だと魔女は誰よりも優先になるが、魔女は自分がいちばん高齢者扱いされるのは絶対に嫌だった。
「お名前を教えていただけますか」
第1王子は魔女に向かってダンスを申し込むときの、きれいなお辞儀を決めた。どこからどこまで絵になる青年である。
「ボッチノ森の黒髪クセっ毛の魔女でございます。第1王子さまにあらせられましては、来年もアドベントカレンダーを御注文していただければさいわい」
魔女は揉み手をせんばかりに、キラキラの上目遣いで第1王子を見つめた。
「! 君があの
とたんに第1王子の眉尻が下がり、ちょっと無防備な表情になった。ふるふると細かに
「お気に召していただけましたか」
「……ん」
第1王子は感極まったように、右手の親指を立てて来た。グッジョブ! の意味だろうか。それとも何か他の物が勃ったとでも。
さて、食事室の椅子は長いテーブルに4席あった。そこに魔女用の椅子が1席加えられる。
言わずもがな。先触れがあり、王とお
全員起立してお迎えする。
「父なる王よ、母なる
いささかの悪意があるのかないのかわからない
「いや、こいつには
第2王子は魔女のために急ぎデリバリーの手配をするつもりのようだ。
お妃が微笑んだ。
「王よ。我が王よ。降誕の月です。下々と食卓を共にいたしましょう」
この方も悪気があるのかないのか、慈悲深いのか天然なのか計りかねる。
「うむ。苦しゅうない」
お妃に比べると、王は
こうして王さまからお許しを得てしまうと、かえって辞退することが不敬になってしまう。
「……」
第2王子は黙ったまま目線で魔女に着席を促した。
「……」
魔女も観念した。
ところで王さまの食卓の席の並びは魔女には、ものめずらしかった。全員の席が横並びなのだ。人見知りの魔女にとっては願ってもない。
王とお妃を中心にして、その右側に第1王子。左側に第2王子と魔女が着席した。
それから一口、スゥプをすすって、たちまち、魔女は食事に夢中になった。
何もかも、とろけるようにうまい。
素材超一級品。調理人超一流。香辛料の効かせ方、魔王(魔女用語)。
ソーセージで満腹したはずが、せっせと料理を魔女は口に運んだ。
「しあわせそうだな」(意地汚いな)
何もしゃべらずに喰いまくる魔女に、第2王子は呆れていた。
魔女は、こくこくと頷いて、「はい」の替わりにした。さっき、もぐもぐしながらしゃべったことを反省したのだ。
(こんなおいしいもの毎日食べてたら、そりゃわたしの作るスゥプなんて、素朴としか言いようがないでしょうね)
ぐっと
しかし、テーブルの前に控えていた飲み物係には、そう映らなかった。
『しあわせだね。(ハート)』
『そうね、ダーリン(ハート)』
どこをどうしたら、そう解釈できる?
魔女は口中の至福を収めるために、杯の赤ワインを飲み干した。空けた杯には、すぐに飲み物係が、お代わりを注いだ。
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