漲月下の対峙

 交流戦も終わり、夏休みも近づいたある日のこと。


「みなさん、明日はスーパームーンです。大気魔力が一層濃くなる日……はみなさんには関係ないですね。綺麗な月が最も大きく見られる日になります。夜空を眺めることをおすすめしますよ」


 講義終わりにノルン先生がそんなことを言った。

 星と魔力は関わりがある。月が満月か、そうでないかでも変わる。月が満月であれば、魔力は通常より満ちているし、己の魔力生成も活発になる。何かしら環境に変化が訪れているのだろう。


 何かしら儀式をするときも、満月の夜であったりすることが多い。大気魔力が濃くなるからか、修正力が働きやすいという利点もある。


「――となると明日か」


 オレは空を見上げる。暗雲の垂れ込める空を。




 ◇




 私が部屋をノックすると、笑顔のエクテス先生が出てきた。


「やぁよく来てくれたね。どうぞ入って」

「失礼します」


 先生はそれぞれ個人の研究室を持っている。先生によって使い方はいろいろだけど、私は先生に呼ばれて、その研究室に来ていた。


 中に入るとテーブルの上にケーキとカップが置かれていた。


「交流戦、君はよくがんばったからね。こっそり用意してたんだ。ケーキと紅茶だ」

「ありがとうございます」


 負けたのに、先生は優しい言葉をかけてくれる。

 先生に手で座るように促されて、頭を下げてから座る。


「その、すいません。負けたのに」

「なに、思ったよりもリオ・メイザースくんの魔力の扱いが良かっただけさ。1年後なら彼を超えられるよ」


 にこやかに先生は答える。

 1年後……はリオくんがもっと強くなってて勝てそうにない気がするけど。


「勝てるようになるんでしょうか」

「魔力強度が違うからね。小細工じゃどうにもならない差がある以上、ボクの言う通りにしていればどうにでもなるさ」


 それよりも、と。エクテス先生はカップに紅茶を注ぐ。


「覚める前に楽しんで。ボクも自分のご褒美に食べてしまうからね」


 目を細めて、先生は座る。自分の分のケーキを前にフォークを持つ。

 ケーキはチョコケーキだった。見るからに高そうで凝ったつくりをしている。


 おいしそう。


「い、いただきます」

「どうぞ」


 フォークでケーキを食べる。上品な甘さが口に広がって、おいしかった。


「おいしい」

「ボクのお気に入りなんだ。君の口に合ったようで何よりだよ」


 私が食べたのを確認して、エクテス先生も食べ始める。先生は所作も綺麗だった。


「その先生はなんで、私にここまでしてくれるんですか。ただのイチ生徒なのに」


 個別で教えてくれたり、こうしてデザートを用意してくれたり、他のクラスではそんなことない、らしい。


「君は自分の才能を過小評価している。グリーンラインの魔力強度と言えば英雄級だ。囲いたくない教師はいないだろう。英雄譚の謳われる冒険者ですら滅多にいない」

「はぁ……」


 それは私自身の実力じゃない。そう思うとなんだか実感が薄い。どう受け止めていいか、わからなかった。


「今年は有能なものが集まっている。例年であればゲルリルクラスのラウルくんだって逸材のはずなんだけどね」


 交流戦を見るだけでも、マーシャさんは強すぎるし、リオくんはもっとだ。レベルが高いのは私でもわかった。


 魔力強度が自分より高い相手に、あんなにも冷静に動いて勝ってみせるリオくんは、凄かった。


『魔力強度は戦闘力ではない。勉強になったか?』


 自慢げに言ってきたリオくんの顔を思い出す。あのときはなんだか嬉しかった。


 なんでか、わからないけど。


「誤算も多い。まさかリオ・メイザースが君と親しくなるとは、ね」

「……先生?」


 誤算ってなんのことだろう。

 ……あれ?


「まぁ、彼も今夜は介入できまい。じっくり準備をする予定だったが、邪魔ばかりされると計画も狂う。善は急げだ」


 頭がくらくらする。

 先生が何言ってるか、全然わからない。


 目の前が真っ暗になって――――。




 ◇




 気がつくと、木材の天井が見えた。暗くてわずかな火の明かりのようなもので照らされている。


「ここは……?」


 とりあえず、体を起こそうとして――手足を拘束されていることに気づいた。


「……え? え?」


 理解できなくて、腕を見る。

 手首に枷がついている。何かの台の上に横になっていて、私の体には布がかけられている。


 服は、着ていない。


 血の気が引く。


「起きたかい」


 優しげな声が響く。

 エクテス先生だった。椅子に座ってこちらを見ている。その視線が――凄く怖かった。


「せん、せい……? あのこれは」

「あぁ、儀式のためだよ。悪魔降臨のね」


 あ、くま……?


「精神が脆く、魔力強度が高い。君の体は悪魔を降ろすのにぴったりなんだ」


 笑顔で、意味のわからない説明をされる。


「ど、どうするんですか」

「気の毒だが、尊い犠牲というやつだ」


 手にナイフを持つ先生。その刃に、私の顔が反射して映る。


 脳裏によぎるのは、冷たくて痛かった、馬車の事故のときの記憶。


「ひっ」


 呼吸がうまくできなくなる。浅く何度も繰り返して、それでも足りなくて、何度も何度も、繰り返すのに怖さが増してきて、涙が溢れてくる。


「あ、せんせっ……なんで」

「主のために動く。配下として当然のことだろう? それだけさ。ボクも悪魔でね」

「あ、う」


 先生が人じゃない。悪魔で。あの人と同じ、悪魔で。でも、あの人とは違って、殺そうとしてて……。


 先生の笑顔が、怖い。


 逃げ出したくて、体を動かすけど、手も足も枷のせいで動けない。


「ふふ、いつ見ても、人間のその怯えた表情は良い」

「た、たすけっ……誰か」

「来れないさ。何せここは廃墟だしね。人里離れた場所になる。ボクもここを見つけるのに苦労してね」


 先生が立ち上がる。


「誰も助けに来れないさ」


 優しい口調が、まるで氷の刃でも刺されたみたいに、心臓を締めてくる。


「可哀想に。本来ならこういうことも理解せずに儀式に臨めるはずだったのに」

「それって、どういう」

「恨むならリオ・メイザースを恨むんだね」


 リオ。どうしてリオくんの名前が……。


 ――あ。


『使い方だが、本当にどうしようもない、というときがあったら魔力を全力で込めろ。それで切れれば良い』


 フィン。

 リオくんにもらったフィン!


 魔力を注げれば……でも、服も脱がされちゃってるし、フィンも……。


 ――あれ?


 ちゃんと手首についてる。リオくんのフィンだけ。


 どうしてだろう?


「彼が余計なことをしている可能性も考えて体を確認させてもらったが、悪夢よけくらいだったようだな」


 ……もしかして、先生にはフィンが見えてない?


 なんだかわからないけど、これに魔力を込めればいいんだよね。


 フィンに意識を集中する。


 ――リオくん。


 リオくん、何から何まで頼りっぱなしでごめんね。


「たすけて」

「無駄だと言ってるでしょう」

「助けて、リオくん!」


 フィンがぶちっと切れる。そして光った。


「――なっ」


 まばゆい閃光に、思わず目を閉じる。


「――全く」


 聞こえるわけがない。ウソみたいに聞き馴染んだ声。


「せっかく月が綺麗だというのに、台無しではないか」


 いつもの学生服じゃなくて、外套を来たリオくんが、台の上に座ってる。


「リオ、くん」


 涙で視界がぼやける。

 指で涙を拭われて、間違いなく感覚があって、これが夢じゃないと教えてくれた。


「ドールさん、無事か」

「……うんっ」


 本物の、リオくんだ。

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