リオの戦略
扉の先を見る。
リオだけ残った、その場所を。
ボクの肩に、ギノスさんの大きな手が置かれる。
「下のランクに頼るのも情けない話だけど、今はリオくんに賭けるしかない。俺達は一刻も早く戻って報告しないと。マリーナの治療も必要だ」
「ごめん、私が万全だったらもう少しどうにかなったかもしれないのに」
「自分を責めるな。イレギュラーボスだなんてどうしようもできない」
暗い顔のマリーナさんに、ギノスさんは慰めの言葉をかける。
ダンジョンボス相手に、置き去りにする。
ダンジョンはどれほどスムーズに攻略しても、数日かかることもある。食料を準備し、十二分に調べて、攻略に挑むものだ。
ボクらだって、ここまでたどり着くのに2日かかっている。
つまり、助けを呼んだところで、リオが持ちこたえられるわけがないのだ。
「道中も魔物がいないわけじゃない。安全に脱出するためにも、全員で撤退すべきだ」
「リオは、どうするの」
ギノスさんが、沈黙する。
「あの言葉が強がりでないことを祈るしかないな」
「そんな」
リオがどんなに強いか、確かにボクは知らないけど。
けど、ボクは、仲間なのに何もできないなんて。
無力感に、歯噛みするしかない。
「行くぞ。冒険者なら、仲間が拓いた活路は使わなきゃならない。想いが無駄になる」
真剣な表情でギノスさんが諭してくる。
ボクは後ろ髪を引かれる想いで、その場を離れるしかできなかった。
◇
「雷光」
手のひらから、電撃が放出される。相手の体が強靭であるからか、感電による効果も見込めない。
「この鬱陶しい!」
雑に腕を振るわれる。そんなものでも、今のオレには致命打になりうる。当たらないよう、注意しながら、次の魔法を放つ。
「スローマ」
顔面にスローマを当てる。現状、最もコントロールしやすく、魔力消費を抑えられる遠距離魔法だ。
基礎だからな。
相手のダメージはほぼないだろう。何せ相手のほうが魔力強度が上の生物だ。人間の貧弱な体と違って、悪魔の体が強靭なこともある。
魔力強度が上でありそれをオーラとして纏えば、それより下の魔力、つまり魔法攻撃のダメージを軽減できる。
オレのイエローラインよりもやつのグリーンラインのほうが上だ。
一段階上というだけだが、扱える魔力量は数倍差がついている。つまり、今のオレにやつへの決定打はないというわけだ。
「ええい、ちょこまかと」
尻尾が飛んでくる。腹を貫きそうな鋭利なものだ。ま、食らうわけないがな。
身体能力を強化してひたすら避けることに集中する。相手の隙に差し込める魔法は撃ちまくる。
ダメージがないとはいえ、不快感はある。視界を青白い光で遮られ、雷光で一時的な視界不良にさせられ、さぞ目障りなことだろう。
攻撃方法が雑になってきた。
頭が単純なやつは助かる。
狙われるのもオレひとり。余計な心配をする必要はない。
誰かに疑われることも、オレが他人に懸念を抱くこともない。
これで負ければオレがそれまでだったというだけ。
目の前のことだけに集中できる。これほど好都合なことはない。
「……おのれェ!」
投げ込まれた火球を避け、死角に入って雷光を撃つ。
相手にダメージを与えることなぞ欠片も望んでいない。
魔力は最低限。それでいい。
相手の判断力を削ぐ。
オレが相手にダメージを与えようとすればそれだけ魔力を消費する。
互いに互いを潰そうと10の魔力を攻撃に使えば先に魔力が尽きるのは当然オレのほうだ。
相手の攻撃を誘い、自分は1の魔力消費で済ませる。そうすれば魔力が尽きるまでの時間を延長できる。
実際1時間はこれで凌いでいる。
「……もういい」
悪魔は攻撃を中断した。
いつまでも攻撃を避けられ、煽るように攻撃を食らい続ける。そんな状況が続けばどういう行動に出るか。
「貴様がどう避けようと関係ない魔法を使ってやる!」
悪魔は火を纏い始め、魔力が高まっていく。
「この一帯全て、灰にできる魔法だ。これで貴様も消し炭になるがいい」
火の渦で悪魔の体が守られ、オレは近づくこともできず、その魔法を阻止することができない。
熱気が、肌を焼き始める。
オレは急いで悪魔からできる限り距離を取った。
「無駄だ! どこまで逃げようともなァ!」
「……バカが。説明されたのに逃げようとするやつがどこにいる? 熱気で自ら脳を溶かしたのか?」
自分の頭を指差しながら悪魔を挑発する。
無論、逃げるつもりはない。距離を取ったのは、
「――ウルフスピリット」
オレは顎を出現させると大口を開けさせた。
狼の構内に魔力の光球が生成される。
――魔力強度は上げられる。
別にオレが相手を舐めて手加減をしていたわけではない。
そしてこれを見せれば、悪魔は警戒するだろう。
だからあえて見せずにいた。魔力強度を上げられたところで安定はまだできない。不安定な火力を維持し続ける意味はない。
だから、こうして、避けられるのも妨害されるのも面倒になって、広範囲魔法に切り替える瞬間を待っていた。広範囲魔法であれば、ダメージも集約されていない。離れていればそれだけ威力も下がる。そして、オレの最大威力を叩き込めば、魔法を貫通してあの悪魔を倒せるだろう。
そして広範囲魔法であれば大技になる。発動にも時間がかかる。となれば、オレも大技のために時間を割けるというわけだ。
相手は自分の魔法のせいでオレの魔力強度が上がったことにも、気付かないだろう。油断はぶら下がったままだ。
――さて。
オレが魔法で最大火力を出そうと思った場合、無論悪魔のときに使っていた魔法になる。ここで問題になるのが、悪魔のときのオレは人間の姿ではないということだ。今はリオの体。悪魔の体はなく、貧弱な人の体でしかない。
魔法で一時的にも悪魔の体を再現……はできないが、できる限り近づけた状態で、悪魔時代の魔法を使用したほうが良い。
ウルフスピリットはそれを幾分か解決するために最も習得が容易な魔法であったから、習得したというのが一番の理由だ。
己よりも大きな顎や爪を形成し、攻撃できる魔法。
それを使って、悪魔時代の魔法を使用する。全盛期ほどの強さには足元にも及ばないが、大きな意味がある。
魂に刻まれている魔法。馴染みのある魔法はそれだけ再現しやすい。
そして修正力も働く。
「――フレアバーストォ!」
悪魔を中心に爆発が起こり、爆風がオレを襲う。まともに受ければ確かに消し炭だ。
だが、問題ない。
狼の口が光が溢れ、そして魔法陣が前に出現する。
「――ドラゴレイン!」
吐き出された閃光が爆風を貫き、そして悪魔を光で塗りつぶした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます