第4話

 翌日の放課後、美少女四人組とやってきたのは高級志向のファミリーレストラン。


 ボックス席に5人で座り、各々がタブレットやメニュー表を眺め始める。


 教室の横にあるベランダで嘔吐した時に後始末をしてくれた四人に感謝を込めて今日は俺がパフェを奢るという約束になっている。


「さー、皆の衆。遠慮せずに選んでくれー」


 俺の右隣に座っている冬埜がジト目で俺を見ながらニヤリと笑い、全員をけしかける。


「まぁ……お手柔らかに頼むぞ……」


「うーん……悩ましいですねぇ……パフェ、パフェ……結構種類があるんですね」


 左隣の灯がデザートのページを見ながら首を傾げる。少しして頷き、注文用のタブレットを持っている彩水に向かって話しかける。


「決めました。黒毛和牛ハンバーグステーキのサラダセットにします」


「パフェは!?」


 俺がツッコむと灯はケラケラと笑う。


「おや? パフェも頼んでいいんですか?」


 灯がニヤリと笑って誘うような目つきで俺を見てくる。


「せめて一品にしてくれるか!? 俺の財布にはなけなしの諭吉が1枚だけしかないんだぞ!?」


 この店の平均単価は2千円。四人に平均を超える全力を出されたらあっという間に破産だ。


「ふむ……では一人当たり予算は2千円ですか。彩水さんは何にします?」


「うーん……私は焼き魚定食かしら……あ、エビフライもつけちゃおっかなぁ……予算は2千円だし」


 向かいに座っている彩水が風子と一緒にタブレットを見ながら呟く。清楚な見た目に違わぬ和風定食だ。けど、甘いものではない。


「だからパフェは!?」


「予算内だからいいじゃない」


 彩水はニコニコしながらそう言う。


「いやまぁ……彩水がいいなら俺もいいけど……」


「なになに? 皆パフェにしないの? じゃあ私が皆の分も頼んじゃおっかな〜。彩水〜、私5種類全部〜」


 風子の言葉に素直に従い、彩水は「了解」と言ってタブレットを操作する。注文は送信されていないが、支払い予定額が遂に一万円を超えた。


「風子は算数からやり直せよ!? 一人で余裕の予算超えだぞ!?」


「あはは……あ、あれ? 冬埜、やっぱりまだネタバラシしてない感じだよね?」


 風子が戸惑いながら冬埜に尋ねる。


「ん? あー……そういえば忘れていたなー。兄貴、今日の奢りは嘘だ」


「……え!? そうなのか!?」


「あーそーだ。たかだかゲロの処理をさせられたくらいでこんな高い支払いをさせるほど私の友達はクズじゃないからなー。みんな、天使のようだぞー」


 灯、彩水、風子を順番に見ると全員が天使の微笑みで頷いた。


「ドッキリだったのかよ……じゃ、皆自腹なのか?」


「いやー、それも違うんだ。実は私達がゲロの処理をしたお礼に先生がお食事券をくれたんだー。それが一人2千円分でなー。5人分使えるから実質一万円分のお食事券だー」


 冬埜が微笑みながらカバンから優待券の入った封筒を取り出した。


「それでやけに2千円って予算にこだわってたんだな……じゃ、今日は一人2500円だな。俺はもらう資格はないし」


「兄貴のくせに計算が早いなー」


「バカにしてるな!?」


「やー、リスペクトしてるぞー、うんうん。即座に自分の分を分け与えるところも身をわきまえている感じがするなー」


「やっぱりバカにしてるな!?」


 冬埜がニヤけながら頷く。


「お二人は相変わらずですね……しかし珍しいですね。普段の会話は一言一句記憶されている冬埜さんが自分で家でドッキリを仕掛けてネタバラシするとまで言っていたのに忘れるなんて」


 灯が首を傾げながら尋ねる。


「あー……昨日はバタバタしていてなー。忘れていたー」


 両親と兄と血縁上の他人だ、なんて事が判明した日に『実はファミレスの全奢りはドッキリだぞー』なんて事は脳のリソースから真っ先に削ぎ落とされてしまうだろう。


「別に五百円分増えたところでだし、塁も頼めばいいのに」


 風子が俺にタブレットを差し出してくる。彩水に入力させたパフェ全種類オーダーはさすがに冗談だったらしくすべて削除されている。


「さすがに悪いよ。皆ありがとな。好きなもの頼んでくれ」


 お礼を言うと全員がニッと笑って頷く。


 ふと注文の一覧を見ていると風子が自分の分を入れてないことに気づいた。


「あれ……? 風子は何も頼まないのか?」


「あ、私大会が近いからさ。減量してるんだ」


「陸上の?」


 風子は「そだよ」と言いにっと笑って頷く。風子は陸上部の長距離走の選手。県の代表に選ばれるくらいの実力者でもあるらしい。


「減量するほど痩せるとこないだろ……」


 風子は胸にだけ栄養が集まっているような体型で、出るところはでているが身体の線は全体的に細めだ。減量するほど痩せるところがあるとも思えない。


 俺がそう言うと隣の冬埜が俺の頭を叩いてきた。


「バカ兄貴のバカちんがー」


「今のってだめなのか!?」


「ふふふっ……私は気にしないけどね。冬埜は厳しいねぇ」


 風子は頬杖をついて穏やかに笑いながら俺と冬埜を見てくる。


「ふーこかどうかは置いておくとして、将来の義理の姉には失礼のないようにしておかないとだからなー。今のうちから教育だー」


「じゃ、私は気にしないタイプだから今でも大丈夫だ。冬埜、今から私のことを『姉貴』って呼ぶ練習をしとくんだよ〜! 先に生まれたのは私なんだから〜!」


 風子は冗談めかしてそう言う。


 そういえばここにいる全員は同じ日に同じ病院で生まれた。


 つまり……この中にもしかしたら冬埜と入れ替わった本当の妹がいる可能性もある。


 風子が妹……いや、ないか。灯も彩水も。あまりにも俺と似ていない。頑張って探せば顔のパーツで共通点も見つかるかもしれないが、その程度だ。


「おやおや? 真剣に考え込んでいますね。塁さん、ガチで想像してませんか?」


 隣から灯がニヤニヤしながらイジってくる。全然別のことを考えていたのだが、考えていたことも言えないため焦ってしどろもどろになる。


「あっ……えっ……しっ、してないぞ!?」


「慌て方が想像してた人の言い方なのよね」


 彩水が笑いながら俺を指さす。


「やー、兄貴の彼女候補には、まずは私の面接を通過してもらわないとだなー」


 冬埜がそう言って胸を張る。


「ね、ね、冬埜。私は?」


 風子の問に冬埜はじっと風子の方を見ながら考え込む。


「風子は……少々リスクがあるなー」


「リスク!? 私って地雷なの!?」


 実の妹かもしれない、というリスク。冬埜もそれに気づいたのかどうか分からないが、普段のような淡々としたトーンで風子をいじっているようにも見えた。


「むー……というか兄貴が風子のことを好き放題すると思うと嫌だなー。むしろ私が風子を彼女にしたいくらいだー。よし、兄貴。この3人には手を出さないよーに。全員私の女だー」


 冬埜がニヤリと笑って俺の腕に抱きつきながらそう言う。裏の意図は明らかに実の妹を意識していると思った。


 3人はそんな背景があるとも知らずに「ブラコンが〜」と冬埜をイジっていたのだった。


 ◆


 ファミレスで現地解散した後の帰り道、冬埜と二人で家に向かって歩いているとスマートフォンの通知音が鳴った。


『ね、今からちょっと2人で話せない?』


 風子からのそんなメッセージ。2人ということは冬埜もダメらしい。


「兄貴ー、どーした?」


「あー……いや、風子が話せないか? ってさ」


 冬埜の目が細くなる。


「2人でかー?」


「みたいだ」


「むー……兄貴、一応ちゅーこくしておく」


「チューで告白か?」


「バカ、真面目な話だー。その……風子も灯も彩水も同じ日に同じ病院で生まれている。つまりだなー……そういうことだ。わかるよなー?」


 冬埜は言葉を濁したが意図はわかる。風子が妹の可能性もゼロではない。


「わかってるよ。さっき言ってた『リスク』ってやつだろ?」


「そうだー。その縁が私達を親友にまで押し上げてくれたんだが……まぁ、こんな形で足枷になるとは思わなかったなー。うー……」


 冬埜は胸に手を当てて俯き、首を傾げた。


「体調悪いのか?」


「やー……そうではないが……妙にモヤモヤするんだ。妹のポジションを奪われるのが嫌なのか、兄貴を取られるのが嫌なのか……」


「それって同じことだろ?」


「全然違うぞーニブチンがー。まぁ風子なら大丈夫だろー。また家でなー」


 冬埜はそう言うと俺に背を向けて、一人でひょこひょこと歩いて家に向かう。小さい背丈の冬埜が途中で一度俺の方を振り返る。


 お互いに手を振り合い、俺は風子と連絡を取り合いながら集合場所になった近くの公園に向かった。

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