第23話 何が好きな声優のためになる?

 アカデミーを卒業した後、栄化放送に顔を出すのは芹沢さんの番組収録か、事務局からのお手伝い仕事が入った時だ。それに加えて、忙しそうな時間を避けてB&D制作部に顔を出している。手すきのプロデューサーがいたら顔を売りがてら話をさせてもらったり、ディレクターや構成作家がいたら情報収集をしたりしているのだ。


 しかし、今日文化放送にやってきた目的はそれではない。羅時原さんと話をするにあたって、一度話しておきたい人がいるのだ。



「お疲れ様です刻土さん」



 事務所へ今日の授業終了の報告をしにきた刻土さんをつかまえる。名刺をもらっているので電話しても良かったのだが、直接会って話したかった。



「おう、元気してるか佐久間」



 事務局への報告を終えた刻土さんに連れられて喫煙ルームに入る。



「煙草を吸いながら授業できたらいいんだけどな」


「それだと機材が全部煙草くさくなりますよ」



 刻土さんは煙草が似合う人だった。吸っているところを見るのは初めてだが、フェーダーを握っているよりも、煙草を握っている方がしっくりくる。



「羅時原さんの特番案件にアサインされたらしいな」



 流石にオレがしたい話は分かっている様だ。白い煙を吐き出してオレの反応を待っている。



「はい。この前出演者の顔合わせを兼ねたミーティングをやりました」



「どうだった?」



 初めての番組企画ミーティングはどうだったのか、それとも羅時原さんはどうだったのか。どちらを聞かれているか分からなかったが、オレは羅時原さんの事を話した。



「やられました。言いたい事だけ言って帰っていきましたよ。ミーティングというより、羅時原プロデューサーの注文確認会みたいなものでした」


「光景が目に浮かぶな。で、お前はどうするんだ?」


「納得がいかなかったので、羅時原さんともう一度話します」



 刻土さんは煙草を指で回しながら呆れた顔をした。そりゃそうだ。ADがプロデューサーに反抗するなんて馬鹿げている。


 ディレクターの百道さんが言うならいざ知らず、なんでお前がそれをやるんだというのが刻土さんの本心だろう。



「ま、好きにすりゃいい。お前が決めたんだ。俺はお前を百道に紹介して終わりだ」



 刻土さんならそう言うだろうと思った。だが、オレは羅時原さんと話す許可を刻土さんに取りに来たワケではない。



「刻土さん。自分達の仕事ってなんですか?」



 部屋を覆いつくさんばかりの白煙の中、オレの声が狭い部屋に響いた。



「オレは良い番組を作ろうと、ずっと考えてます。どうすれば良い番組が作れるのか? 自分が面白いと思う番組を作るのが良いのか? リスナーに寄った番組を作るのが良いのか? プロデューサーの言われた通りに番組を作るのが良いのか? それとも、パーソナリティの気持ちを汲んだ番組を作るのが良いのか?」



 まののんの辛そうな顔が脳裏を横切る。



「教えてください。オレ達の仕事は、どんな番組を作るのが良いんでしょうか」



 まののんの為にどんな番組を作れば良いのか、その答えがオレには掴めていなかった。


 きっと、この答えは時間をかけて自分なりに学んでいくモノだろう。でも、今羅時原さんと戦おうとしているこのタイミングでオレは答えを知りたかった。


 刻土さんから教えて欲しかった。



「自分で考えろ」



 刻土さんは大きく煙を吐き出すと、灰皿で吸っていた煙草の火を消して、シケモクを灰皿に捨て入れた。



「と言いたいところだが、それを授業で教えなかったのは俺のミスだな。どっかでちゃんと俺の考え方を伝えてやれば良かった。遅れちまったが延長授業をしてやろう」



 これはオレの方から聞くべき事でもあった。アカデミー時代は教えてくれる人がいるのだ。その教わる内容は技術だったり業界だったり、それ以外にもたくさんあったはずだ。



「俺達制作側は、出演者の魅力が一番伝わる番組を作るのが仕事だ。そして、その作った番組が当たるかどうかは神様にしか分からない。だから誰かに寄った番組を作るな。お前は、お前が考える出演者の魅力が一番出る番組を作れ」



 これ以上なく、オレの中にコトリとはまりこんだ言葉だった。これまでおぼろげに浮かんでいモノが具体的な形になった気がした。


 そうだ。今まで聞いたきた面白い番組だって、みんなそうだったじゃないか。


 パーソナリティの魅力を伝える番組。それこそがオレたちが作るべき番組だ。誰の為の番組とか、そんなものは聞いた人が決めればいいのだ。


 オレの中に一本の芯が出来た。この芯に沿おう。これが今のオレの正解だ。



「ありがとうございます」



 オレは刻土さんに頭を下げた。ここのところ頭を下げてばっかりだ。



「ふっ、別にこれが最後の仕事ってワケじゃないんだ。ずっと頑張れよ」



 最後の仕事ではないかもだが、まののんと仕事ができるのは最後かもしれない。オレにとっては命がけだ。


 しかし、だからこそ今刻土さんから聞いた言葉が何よりの力になる。オレはさっきまで何に命をかければいいのか分からなかった。でも今らならそれがはっきり分かる。



「はい! ずっと頑張ります!」



 思わず声が大きくなってしまった。刻土さんがうるせぇよとばかりに手で耳を塞ぐ。



「前にも言ったが、お前のその前向きな姿勢だけは買っている。だから一個オマケをやろう」


「オマケ?」


 なんだ? 刻土さんはオレに何をくれるというんだ?



「羅時原さんが俺の名前を出してくる瞬間があるかもしれん。そしたらお前は「刻土に話は通してあります」と言え」


「どういう意味ですか?」


「深く考えなくいい。そういうタイミングが来たら言えばいいさ」



 刻土さんはまた煙草を取り出して火をつけた。何の話を通してあるのかわからないが、刻土さんが言えと言っているのだ。「これがそういうタイミングか」と思ったら言わせてもらおう。



「そういや羅時原さん、さっき九階で打ち合わせしてたぞ。そろそろ終わる頃だから、また待ち伏せしたらいいんじゃないか?」



 このタイミングで栄化放送にいてくれるのは有難い。羅時原さんをどうやって捕まえようか考えてたが、同じ建物の中にいるなら絶対逃がさん。



「ありがとうございます。オレ、羅時原さんのところに行ってきます」


「会いにいくのはいいが、相手がプロデューサーなの忘れるなよ」


 オレは最後に刻土さんに一礼して喫煙スペースを出た。




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