第3話 これが好きな声優の彼氏になれる方法だ!

 栄化放送が運営するエンタメ業界養成所 B&Dアカデミー


 その画面にはそう書かれていた。



「……コレ知ってるぞ。ラジオでよくCMやってるヤツだ」



 まののんのラジオをいつも聞いているオレにとって、耳ダコができそうなくらい聞いている名だ。でも、思い返すとコレが何なのか考えた事は一度もない。まののんに夢中で、いつも「さっさとCM終われ!」としか思ってなかった。



「ラジオの放送局である栄化放送が主催している養成所ね。ここにはいくつかコースがあって、その中にラジオディレクターコース、構成作家コースというのがあるの。二つのコースはラジオ番組を作るスタッフを育てるためのコースで、ここの出身者がそのまま番組を担当する事もあるわ」



 オレが全ッ然知らない情報を美姫香が教えてくれた。



「ラジオ番組に携わる人達って、こういう養成機関で勉強してたのか。でも、ここに通っても必ずラジオ番組に携われる訳じゃないんだろ?」


「その考えができるのは偉いわね」



 美姫香は素直にオレを褒めた。



「こういう所に通う人達って、何故か自分は落ちこぼれる事なくその仕事につけると思ってる人が多いの。声優養成所に通えば声優になれると思ってる人が気持ち悪いくらい多いのと一緒ね」



 なんか棘のある言い方だが、以前業界に関わっていた美姫香だ。思うところがあるのだろう。



「ここは実際にラジオの収録で使われているスタジオの研修や、番組制作しているプロデューサーに会う機会がある。つまり、そういう人達と繋がるチャンスが多いの。ただし、養成期間は半年しかない。その間にしかるべき技術とコネクションを作らないと、何も得られず卒業になってしまうわ」



 無知からのスタートだとかなりの難題だ。覚える事がたくさんあるのに、それに加えて偉い人との繋がりを作らなくてはならない。半年という期間は中々にヘビーだ。



「それは現実的に可能なのか? ラジオのディレクターや構成作家なんて、それだけでとんでもない量の知識を覚えなきゃいけなさそうなんだが」


「大丈夫。この手段は現実的よ。技術や知識は半年で充分覚えられるわ」



 美樹香は問題ないと頷く。


「それよりも、その半年で覚えなければならないのは、業界での生き方ね。生存戦略と言うべきかしら」


「生存戦略?」



 全く予想しない単語が出てきた。養成所というのは新参者にイジメでもして追い出すような所なんだろうか。もしくは非常にガラが悪いとか?



「どうすれば使ってもらえるか、どんな思考が求められているのか、足りないビジョンはなんなのか。そういった事に嗅覚を働かせて身につけていかないと、半年なんてあっという間なの」



 なるほど。そういう事か。


 商売なんかが解りやすいが、思考を止めるとあっという間に自分の店が危機に陥ってしまう。何故なら時間は誰にでも平等に過ぎていき、そこには必ず変化が起こるからだ。


 現状維持とは停止ではなく前進を指す。常に考えを巡らせ、向き合い、アップデートしていかなければならない。進歩や成長をしたいなら当然で、それをやらない者は運にしか頼れなくなってしまう。



「てことは、その辺りをうまくやった人達が今の番組を作っているのか」


「栄化放送のラジオ番組は、構成作家はともかく、ディレクターはほとんど卒業生よ。まあ、当然でしょう。自分の所の機材を勉強してきた人達の方が対応力が高いに決まっているのだから」


「たしかにな」


 オレは納得する。知識はあっても触った事のない機材を使うより安心感もあるだろうし、研修時に限りなく本番に近い状態で臨める。雇う方も雇われた方も、どちらにも多大なメリットがあるだろう。



「ちなみにラジオディレクターコースと構成作家コースだと、どっちがオレの理想に近い? 構成作家は映像つきのラジオとかだと、パーソナリティの隣にいるのが多い気がするが」



「……話すタイミングがきたから言いましょうか」



 美姫香の口調が急に淀んだ。



「構成作家コースには颯太と同じように、声優を狙ってる人がかなりやって来るわ」


「な、何!?」



 つまり大人気声優を目当てに来るヤツはわんさかいるワケで、今の澄嶋真織なんてその筆頭に決まっている。ままのんはとっくの前から狙われていたのだ!


 それは非常にマズい。全く予想しなかったワケじゃないが、オレは圧倒的後者だった。



「もう迷う暇はない! オレも構成作家コースにいくしかない! 一択だ!」


「待ちなさい。その一択で済むのなら最初から話しているわ」



 興奮するオレを宥めるように美姫香が制してくる。



「たしかに構成作家コースには颯太と同じ考えを持つ人が多いわ。でもね。それが外に漏れているのも事実なの。これは私だけが特別に知っている情報ではないのよ」



 つまり、オレが構成作家コースに入るとそういう目的できた、と周囲から奇異の目で見られる可能性が高い、のか。いや、そういう目的だから否定も何もできないけども。


 美姫香は続ける。



「颯太の澄嶋真織に対する好意は純粋であるとわかっているけれど、そういう事ではないの。構成作家コースに入ると、颯太が疑われるかもしれないのが問題なのよ。澄嶋真織に会えた時、第一印象がソレだと最悪でしょう?」


「……確かに」



 それは非常に問題だ。仮にオレがまののんと一緒にブースに入れた時、まののんに「あの男、私を狙ってるかも」なんて、超がつくネガティブ思考を持たれたらオレの計画は絶望的だ。それに、その時そばにいる他の声優さんやスタッフ達も良い気分はしないだろう。仕事そのものが二度とできなくなるかもしれない。



「あくまでもそういうイメージを持たれてるかもしれないという可能性の話よ。決してネガティブに思われて当たり前という話ではないわ。でも、颯太は完全にそっち側なのだから、少しでもそういった気配は消した方がいいでしょう?」


「……何の反論もできません」



 美姫香の心配は最もだった。どんなに小さな可能性でも、意味もなく警戒されるのは回避したい。オレは構成作家になりたくて仕方ないワケではないのだ。



「なので、颯太が目指すならディレクターコースね。私はそっちの方が向いてると思っているわ」


「ん? オレにはディレクターの才能があるのか?」



 全く自覚がないので、単純な疑問で美姫香に聞いてみる。



「なんとなくよ」



 美姫香は何の感情も込めずにそう言って紅茶に口をつける。そしてゲホゲホとむせた。



「もしB&Dアカデミーを目指すなら、次の試験が十月になるわ。三か月後ね。早めに準備しておきましょうか」


「え? どういう事だ?」


「何にでも選考はあるモノよ。一般的な常識があれば合格は難しくないけれどね。だから、入った後を考えてラジオ番組の知識をつけるべきだわ」



 美姫香はビシリとオレを指差した。



「これから三ヶ月間、みっちり声優ラジオを聞いて勉強しなさい。何が面白かったか、どうすれば面白くなったかたくさん考えるの。今はラジオを週に何本聞いているのかしら?」


「えーと、ラジオは週に四本だな」


「全然足りないわね。十五本に増やしなさい」



 美姫香はラジオの聞く量を三倍以上にしろと言った。



「十五!? そんなに!?」


「言っておくけど、それでも少ないわ。最低でも十五本よ。三ヶ月あれば百八十本聞けるからギリギリの数字なの」


「百八十本てギリギリなのか……できるだろうか……」


「澄嶋真織の彼氏になるんでしょう? ラジオを百八十本聞くだけでその目的に近づけるなら安いものよ」



 ごもっともだった。まののんに会うだけでも難しすぎる道なのに、彼氏なら更にその道は険しくなる。それに、ラジオ百八十本は目的に近づける方法として具体的だし、オレが普通にやり遂げられる方法だ。やらない理由はない。



「あと、他にも平行してやる事があるわ」


「何をやるんだ?」


 美姫香はオレに見せつけるように人差し指を立てる。


「もちろん生存戦略よ」





 こうしてオレは三か月間、美姫香の言う通りに色々と詰め込んだ。

 そして予定通りにB&Dアカデミーの試験を受け、無事ディレクターコースに合格した。

 晴れてアカデミー生となるのであった。



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