第6話: ハッピーアイランド編① 感情を失った姫
アストリアが立ち寄った城下町は、賑わいを見せながらもどこか陰鬱な雰囲気を漂わせていた。
市場では商人達が元気よく声を張り上げていたが、その声には不安な響きが感じ取れた。
兎にも角にも腹ごしらえだ。
酒場と思しき店に入ると、すぐさま怒号が響き渡った。
「コラァァ!!!食い逃げを取り押さえろ!!」
一人の男がアストリアの後ろに逃げ隠れた。
「なんだァ?兄ちゃんはコイツの連れか?」
店主は問い詰める。
「そ、そうでさァ、俺のダチだ」
この男ローハンは勝手に答えた。
「連れなら、ちゃんと払ってもらわないとなァ」
『早く、こんな男知らないって言いなよ!』
セラフィスは心の中で強く言う。
しかし、アストリアはローハンの食事代を支払ってあげた。
結構な額だった。
「ほんと、すまねぇな。代わりにこの俺様があんたらの旅に付き合ってやってもいいぜ。」
いつの間にかローハンが仲間になった。
アストリアは、この街が何か様子がおかしい理由をローハンに尋ねた。
「俺は、あまり深くは知らないが、どうやらこの国の姫さまが関係してるようだ。」
ローハンは腕を組みながら言った。
アストリア達は早速城に行き、事情を聞いてみることにした。
「愛するイザベルが抜け殻のようになってしまったのだ....」
アストリア達は王の嘆きに耳を傾けた。
玉座に座る王は疲れ切った表情で、頭を抱えながら語る。
「イザベルが…私の愛する姫が、邪悪な魔法使いの魔力によって感情を奪われてしまった。そのせいで彼女はただ座っているだけの存在になり果ててしまったのだ。何を話しかけても、何を見せても反応がない…。彼女を救うには、『喜・怒・哀・楽』の4つの感情が別々に封じられた魂を各地から回収しなければならない。だが、その魂はそれぞれがイザベルの分身として実体化しており、強大な力を持っている。誰も近づくことすら叶わぬ…。」
王は深いため息をつき、苦しげに続ける。
「お願いだ。お前達の力を貸してくれないか?報酬は望むものをすべて与えよう。どうか、イザベルを…」
『兄さん、これは逆玉の輿の絶好のチャンスだよ(笑)』
セラフィスはからかうように無邪気に笑った。
『オイ!!!』
アストリアは顔を赤らめる。
アストリアは王の言葉を聞き終えると静かに頷いた。
「俺達に任せてください。感情を取り戻し、必ず姫を救ってみせます。」
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というわけで、まずは「喜」の魂を回収すべく、一行は「喜」の魂が実体化した「喜のイザベル」が支配する「ハッピーアイランド」に足を踏み入れた。
目の前に広がるのは色鮮やかな花畑と笑顔の絶えない人々の集落。
だが、一歩踏み出した瞬間、自分達の異変に気づく。
アストリアは呆然と自分の手を見つめた。
視力を失っていたはずなのに、今はすべてがはっきりとこの眼に映っている。
「目が...見えるぞ...!セラフィス...君の顔も...はっきりと...!」
彼は初めて自分の眼で見る世界の鮮やかさ、美しさに言葉を失い、自然と大粒の涙が頬を滴り落ちた。
「兄さん、僕…歩けるよ!」
セラフィスは驚きと喜びで、ぎこちなくも地面を踏みしめていた。
これまでアストリアの中に存在していた魂だけの状態とは違い、自分の足で立っている!
2人は抱き合い、幸せを噛み締めた。
「ちょっと待て、俺はどうなってる…?」
ローハンが低い声で呟く。
短躯の頑強なドワーフだった彼が、今は長身の端正なイケメンの姿になっていた。
湖面に映る自分の姿に思わず驚愕する。
長い銀髪に、鋭くも優しげな目元。
まさしくイケおじそのものだ。
「こんなの、夢じゃないよな?」
ローハンもまた、自分の変化に声を上げて喜んでいた。
この島の住民も皆が常に幸せそうに見える。
今まで暗闇の世界で生きてきたアストリアにとって自分の目の前に存在する何もかもが新鮮で、セラフィスに片っ端から聞き続けた。
「あれは『雲』っていうんだよ。」
セラフィスは彼の一言一句に事細かに答えてくれる。
「ずっとこの島にいるので良くない?」
セラフィスは、初めて自由に動かせる足をバタバタさせながら嬉しそうに言った。
セラフィスは歩くことを覚えたばかりの幼子のように浜辺を駆け回り、ローハンもまた、モテ男の人生を享受している。
アストリア自身も、どこまでも透き通る青空を見上げながら、
「それもいいかもしれない」
と思い始めていた....。
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