第51話 眠気不安
窓の外を星が飛び回り、消灯時間にもなった午後23時。
部屋の荒原さんは既に目を閉じており、他の人もそろそろ寝るかといった感じ。
どうやら昼の精進料理と肝試しとで疲れが溜まっていたらしい。
一方僕はもはや寝るだけとなった残り時間をどうしたものかと布団でゴロゴロしていた。
いや、嘘をついた。全然ゴロゴロできていない。
何なら明さんの言葉が気になってしまってなんとも言えない不安で目がバキバキだった。
それに色々と渦巻いている何かがわたしの中で動くような予感もあって、心臓が力強く波打っている。
軽く息を吐く。一度落ち着こう。
頭の熱を体外へ。
今までの経験から、春馬に関連した行動をすると色々と起きる。だからこそ「見てて」なんて言葉を残した明さんのことが不安で仕方がない。
しかも、だ。さっきの肝試しの時に明さんと春馬が一緒に行動していたのだ、もちろんあの噂を加味した上でだろう。
世情に疎いうちの先生ですら知っているのだ。いくら春馬も世情に疎いとはいえ知らないわけがない。
もし知らないんだったら逆に怖い。
ふと意味ありげにため息を付いてみるも、そこに意味はついてこない。
どうしたいか、ということはなんとなくわかっていてもそれに対してどうしたらいいかがわからない。
もちろん、僕の気持ちはただ一つ。大事な人に幸せになってほしい。
だとして、僕が勝手に行動することが明さんの幸せにつながるのか、と考えるとそれはなんとも言えないのだ。
ううむ、明さんはどちらかといえば自分でどうにかしようとするタイプだし、実際それで僕のテストがどうにかなった節はある。
だとして今回は……
見てて
スマホの画面に写った一言を何度も確認する。過去のトークを遡ってみる。そこにも意味はついてこない。
明さんは自分から行動することは苦手ではないと思う。ただそれはあくまで日常生活においてのこと。
こと恋愛に関してはどう転ぶか正直予想がつかない。
だから手伝いたい、というのが本音だ。ただ……本人が見てろと言っているんだよなぁ。
少しでも明さんが幸せな方へ歩めるよう行動したいというのに、本人は何もしないでくれと言う。
こういうとき、どうすればいいのかはわかっている。でも僕はそんな後方で応援するなんてことできない。
出しゃばることが悪いこともわかっているけれど、なんとかしたいという気持ちがあまりにも大きい。
あーあ、なーんで僕もあんなこと言っちゃったかなぁ〜……
『春馬はまだ、フリーだからね』
特に知っているわけでもないのにペラペラと……僕の悪いところだ。
ただ、確かに雰囲気が変わったんだ。
春馬壮亮、最初見たときとはまるっきり違う。
オドオドして、目もはっきり合わせていなかったというのに今じゃしっかりと目を見て会話をしようとするようになった。
それもここ最近でだ。
であれば……何かあったのだと考えるのは普通だろう。
それに加え、高校生の雰囲気が数日経てばガラリと変わっているなんてよく聞く話だ。
あくまでだ、あくまでだが僕はそこから推測して春馬には想い人ができたのではと考えたのだ。
だから少し前向きになったんじゃないか?と。
それを踏まえて、明さんは春馬のことをどう思っているのか。
『わかってます』
結果、その一言で僕は確信した。
鈍感ではない自分にそのときは少しだけ嬉しくもなったが、それとともにどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
自分と仲の良い人達同士でドロドロの三角関係が始まろうとしているのだから。
「……こういうときに二人は誰の助けを借りるんだろう」
あれ、でも春馬はもしかして明さんが自分のことを好きなの気づいていないのか。
より一層わからなくなったよ。
「……ドツボだな」
しかも同じ思考を繰り返してる。
これももう何度目だ。
「あでっ!」
スマホを顔面に落とす。
「ん〜……」
鼻に鈍い痛みが遅れてやってきた。
「っててて……」
ゆっくりと鼻を擦りながら黒の背景に浮かぶようにして現れる数字を数える。
1:12…あれ、そんなに起きてたか?
度々ある時間が早く進む現象だな。何度未提出に成りかけたことか。
期限ギリギリまでやらない僕が悪いんだけどさ、にしたって早いんだよ。
あーー
駄目だ、そろそろ眠気が勝つ。
普段だったら寝てる時間だもんね。そりゃそうか。
思考がぐるぐるしてるのもそれのせいかもしれない。
しかも、寝ると思考が整理されるという。
だったらこれはもう寝るしか無い。
そうだそうだ、寝るしか無いんだーという精霊のような声が遠くから聞こえてくる。
伸びに伸びた充電器のコードを手繰り寄せるとスマホに挿す。
ちらりと横を見ると荒原さんが興味津々と言った顔でこちらを凝視している。それも少し微笑みながら。
ピタリと精霊の声が止んだ。
しまった。という言葉が僕の頭に浮かぶよりも先に荒原さんは置いていた僕の手を掴んだ。
「さぁ、宴の始まりだよ!」
先生の巡回を警戒しているのか迫力だけを感じた。
他の人を見ると既に寝息を立てている。
どうやら、荒原さんは普段寝ている時間且つ疲れていても起きていられるタイプの人らしい。
「う、宴……?」
というか、宴ってなんだろう。
宴会?でも二人で?だったらパーティーとでも言うのが正しいような。
「あはは!私ね。これがやりたかったのよ!」
「う、宴を……?」
「宴、というより、恋バナだね!」
なるほど、恋バナか。
なんで出てきた言葉が宴なんだろう。
「実はね、私。好きな人いるんだ!」
ちょっと待って。僕承諾してないんだけど。
いや、断らないけどさ。
とりあえず話を続けよう。
「……誰なんですか?」
僕もこういう話は好きだよ。
修学旅行といえばコレ!ってイメージはあるから少し期待してた自分もいるし。
……それにこういうのに入っていかないと色々と面倒だしね。
「木野くん!」
「き、木野さんねぇー……」
先ほどの肝試しで見事巨大なお化けを演じていた人だ。
肝試しの成功は九割九分この人のおかげと言っても過言ではない。
それに加え、品行方正で文武両道、 顔も好みの人が多いのか女子人気男子人気ともに高い印象もある。いわばクラスの中でも特に競争相手の多そうな相手なのだ。
ただそんな彼に恋心をいだいている荒原さんに対して言い淀んだのにはまた別の理由がある。
彼には好きな人がいる。
少し前に忘れ物をして図らずとも男子グループの会話を聞いてしまったことがあるのだが、その中に彼がいたのだ。
内容はそこまで詳しくは聞けなかったが、好きな人の話をしているというのはわかった。
思わず教室の外から様子を窺っていると『僕は――さんが好き』という彼の声が聞こえたのだ。
「彼さ、すごく良い人だよねぇ〜」
「う、うん。僕もそう思うよ」
「……でも好きな人がいるっぽいんだよね」
知ってたの。
荒原さんの笑みが少し崩れたのが見えた。
「だから明日告白するの!」
「あ、明日……!?早すぎないですか?」
危ない、驚きのあまり第一声が震えた。
そんな話になるとは思ってないですって。
「急がないと他の子に取られちゃうじゃん!それにちょうど明日は生徒主体のイベントがあるでしょ?」
いや、ありますけど……あまりにも急ぎ過ぎなような気がする。それに取られるって……
明さんもそんな風に思ってるのかな。
「……ありますけど。心の整理とかついているんですか?」
「それに他の人たちもみんな狙ってるんだったらそれこそ膠着状態のままな気がしますが……」
「だからだよ!秀でるなら今しかないの!」
「それにね!青春って短いじゃん?」
「だったら好きな人にその青春を使いたいじゃん!」
――――――なるほど。
結ばれる人と結ばれない人、どちらもいて、その結果はもしかしたらスピードで変わるかもしれない。と。
出る杭は打たれても出ろ、そういう考え方なんですね。荒原さん。
確かに聞いたことがある。あえて先に告白することで意識させてこちらの虜にするという方法を。
荒原さんはまさしくそれが狙いなのだろう。
「ごめんね、私だけ話しちゃってた!」
「文ちゃんも!ほらほら〜岡西くんとのこと色々あるんでしょ〜?」
まぁ、荒原さんはそこまで考えてなさそうだけど。
どうなるか未だ想像がつかない。そもそも明さんはどこまで考えているのか。
そもそも何を見ればいいのか。
何にせよ。荒原さんにも同じく頑張ってほしい、そう思う夜の一幕だった。
※
その後の会話はおよそ数時間続いたという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます