第20話 逃げ
窓の外では季節外れの豪雨、やっぱりさっきの止んだ瞬間に帰ってこれて良かった。もし学校にまだいたら……そんなことを考え、身震いをする。十月の末、秋めく季節にも終わりはあるのか、日中にも寒さを感じ始める頃。
プルルプルルと小気味良い音につられ充電器に挿しっぱのスマホを取る。画面には黒い壁紙の中を白い文字で白崎明の文字が。
一度呼吸を整え、指を着信へともっていった。
「文の勉強の吸収が早すぎる」
開口一番に明の声が響いた。思わずスマホの音を下げる。渚は勉強に集中しているのか今のことには気づいていないようだ。あんだけ集中している人間を邪魔するわけにはいかない。
「……どうしたんですか、突然」
本日は勉強会の集まりはなし、ということで渚と僕は二人でミニ勉強会を開きほそぼそと数学、英語の勉強を行っていた。
今日は朝から豪雨で遅くなればなるほど危険だと判断したからでもあるが……
「というか、何で今二人一緒にいるんですか」
この二人、仲原と明は学校の教室で同じくミニ勉強会をしていたらしい。そもそもこのバケツをひっくり返したような雨の中、学校に行って返ってくるだけで十分危険だというのにわざわざ勉強会を開く、という意味のわからないことをしている時点で僕の興味はそちらへ持っていかれた。ただ、もう僕は高校生なんだ、話は戻そう。
「仲原と電話してたら仲原がやりたいと言い出してな、流石に断りたかったんだが……熱意がすごくて……」
「こんな雨の中決行なんて馬鹿なんですか?」
「いや、大丈夫だ。四季くんもいるし……」
「そういう問題じゃないです」
珍しくそわそわとした雰囲気で落ち着かない様子の明。
「で、何でしたっけ?仲原の勉強の吸収がすごいんでしたっけ?」
「そうなんだよ!」
やや僕の言葉を遮り気味にまくしたてる。その声がちょっとかわいらしいのが腹立つ。
「昨日まで英語の文法とか単語とか何一つわからなかったのに……何か全部できるようになってるんだよ!」
「……それ、本当ですか?」
僕が懐疑的になるのも理解できるだろう。勉強会初日の朝、科目を数十秒で変えながら勉強していたやつが、そんないきなりできるようになるなんて到底考えられない。
「大分早めのエイプリルフールだったりしませんか?」
「何いってんだよ、まだ11月にもなってないんだぞ?」
「それはそうですけど……とうとう明さんも馬鹿になったかと」
「あ?お前、最近私が何も言わないからって調子に乗りやがって……」
「あ、いや、すいませんでした。怖いんでその不穏な感じやめてください」
チェーンソーの音が聞こえた気がしたが多分気の所為だろう。流石にね。……違うよな?
どうやら、岡西に対する熱意というものがすごいらしく、一日に何時間もひたすら勉強しているらしい。それも独自のやり方でちゃんと理解しながら解いてるというのだから恐れ入る。
「すごくないか!?ただ、それの弊害でさ……」
「銅像みたいにしゃべらなくなっちゃった」
「はぁ」
それを言われて僕にどうしろと。
しかも若干声が弾んでいるような気がするし。仲原が銅像化してるのを見て楽しんでないか?
(フ、フミ!?こ、れは?どういう状況?)
……何か修羅場ってる気がする。とりあえずスマホの音量をまた上げて、聞き耳を立てる。
どうやら勉強会は僕達の教室で行っているらしくたまたま用事があって学校に残っていた岡西が入ってきた、ということらしい。
(えーと……今集中してるのか反応ないんで気にしないでください)
(いや、そもそも何でこんな大雨の中勉強してるの!?)
そう、それだよ。僕も知りたい。わざわざ危険行為をしてまでそれをやる意味とは……
(何か七時くらいまでだったら残れるようですし雨もその時間で一時的に止むようなのでそれまで勉強でも、といったところですかね)
(そもそもそうなる前に帰るための即帰宅の時程だったはずだけど......)
岡西と僕の意見は全く同意見だ。よかった、あんな狂人に囲まれながらも普通に生きていけてるようでうれしい。
(まぁまぁ、それは置いといてくださいよ。それよりも何で岡西さんがこんな時間まで?)
(それは置いといてって……生徒会で活動してて、本当は帰るはずだったんだけど先生たちに無理言って残っちゃってさ)
(それはまた何でですか?)
(目安箱の中に久しぶりに何枚か届いてて浮かれちゃってね……)
(だとして何で生徒会長一人で?通常皆さんでやるものではないんですか?)
あ、生徒会長だったんだ。
(この雨だしね……それに残ってほしくもなかったからこの話もしてないし)
(であれば会長も私たちに文句は言えないですよね?)
(いや、まぁそうなんだけども……)
どうしてこんなことになってるかわかったし……切りたくなってきた。
そもそも何で僕はこんなことしてるんだろう。
切るか。
ゆっくりと会話停止ボタンへと指を伸ばした。
「えー、やめちゃうの?」
右肩に渚がいた。僕のスマホを除くように、別にビデオ通話でもないから見たところで……といった感じだが。
とりあえずこちら側のマイクを切る。
「近い、離れて」
「ぶー!嫌だもん!」
「スピーカーにするから」
「やったー!」
一体さっきの集中力はどこへいったのやら、とりあえずスマホを机に置いた。それに歓喜の表情を浮かべる渚、相変わらずののほほんとした空気感。
そんな場とは一変して明側で中々シリアスな展開が――――起きるはずもなく。
(僕も止むまで暇だし、ついでに参加してもいいかい?)
(あ、それはやめたほうが良いと思います)
(え?何で?)
(多分ですけど、文の集中力が切れます)
(何かごめんね、うちの文が……)
(……それを言うんだったら……いや、良いです。お気にせず)
暫くの間カリカリとノートに何かを書く音が流れる。おそらく中原なのだろう。ブツブツつぶやきながらおそらくは血走った目をして、必死にやっているのだろう。それに対し困惑しながらも隣に座る岡西、それを眺めながらため息を付く明と四季。
そんな情景がありありと伝わってくるこの空気感……やっぱり僕はこの感じが苦手らしい。
誰にもバレないように、そっと耳をふさいだ。
※
先程までの雨はとうに止み、真夜中の二時を回った。いよいよ明日が終わればテストの開幕だ。いや、もう
布団に入ったはいいものの中原や渚の不安からなのか、はたまた自分の点数が不安なのか寝付けずにいた。そして気づくと不健康の極みであるスマホへと手が伸びていた。
今更ながら、渚が寝ていても気にしなくなった、慣れた、というのは中々にありがたかった。ドキドキ感が薄れることは否めないが、こんな状態で恋愛に現を抜かせるほど余裕があるわけではない。
軽く息を整える。よし、寝れそうにないし何か飲むか。
そうと決まれば善は急げ、起こさないように忍び足でドアノブに手をかける。
(ティロン)
「ひゃ!」
思わず口を抑える。こんな夜中に通知が来ることなんてめったにないし油断してた。
壊れた機械人形のような首の動きで渚を見る。
寝息を立てながら健やかに眠っている。その姿を見てゆっくりと息を吐いた。
暗闇の中、手すりを頼りにゆっくりと階段を降りていく。家自体の日当たりがあまり良くないと夜はこうも暗いのか。あまり起きたことがないから知らなかったな。
リビングにつくとそのまま電気をつけ、また一呼吸おいた。
通知主は中原だ。別にそれ自体は変ではない、ただこの時間帯にわざわざ連絡を送ってくる事自体に違和感を覚える。
「って、電話かかってきたし……」
まぁいい、どうにでもなれ。
そんな薄っぺらい覚悟で僕はゆっくりと着信のボタンを押した。
「もしもし、聞こえてる?」
「聞こえてるよ、何の用?」
中原の声はどこか心を落ち着かせるようなものがあるのか、さざ波だっていた心が落ち着いていくのを感じた。
「いやーついに……テスト前日だよ。寝れなくてね」
「……何で僕に?」
明にかければ良かったのでは?とそのまま続けた。
「うーん、何か夜は電話かけたくないんだよね。主に女子にさ」
「どんな不平等ですか」
「え?いや、男子にもやるわけじゃないよ?春馬だけだよ。トクベツトクベツ」
「その特別いらないです、返却は?」
「不可だよ、そもそも返そうとしないでよ」
中原側の音声からは風の音が聞こえる。おそらくベランダにでもいるのだろう。
……というか、何で僕が特別になってるんだ。
「……嘘だよ、本当は違うんだ」
風にあたられて少し冷静になったのか、中原は声を低くした。僕は誰にも届かないであろう相槌を送る。
「……背中を押してほしいんだ。明日……もう今日か、とても話せる状態じゃないと思うからさ」
ここだけ聞いたら暴走するロボットみたいだな。
「だからさ、改めて言わせてよ」
「もし失敗したらさ、責任取って付き合ってよ……僕に勉強という希望をくれた」
「君に、その責任をとってほしいんだ」
何かが吹っ切れたかのように中原はその言葉を
じわじわとまた僕の足元を冷たい何かが凍らしていく。その選択は、正しいのか?……中原。
ここ数日の中原をゆっくりと回想していく。キラリとこぼれる涙を見た、グズグズになって駄目になっている姿も見た、楽しそうに想い人を語る姿に努力をしている姿も見た。渚より短い時間しか話していないのに、それでも僕はその姿を想像して、また少し惹かれている。
……大きく息を吸って。
小さく吐いた。
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