鉄と少年 第17話
「よし、これでOKだ」
バシンと肩を一発叩くと、最後に残っていたプリンの手当まで完了だ。それを待っていたシリウスがそのままプリンを船室へと運んで行った。
「で、お前はどうするんだ?」
とうとう手当てが終わるまで動かなかったアイゼンに声をかけた。
このまま船員が戻ってき次第出航させて、無理やり島に連れて行ってしまってもいいが、それは俺のポリシーに反する。連れていくなら、きちんと納得してもらって連れていきたい。
「……どうしたらいいんだろうな」
「知らん。それを決めるのは俺じゃない」
冷たいかもしれないが俺にはそれしか言えない。俺が何を言ったところでこいつが心から納得はしないだろうし、それじゃ意味がないんだ。
「……俺は今までエリーを守ることしか考えてなかった。けど、それが、エリーを苦しめることになるなら、……今までやってきたことが間違いだっていうなら、どうしたらいいのか、わかんないんだよ」
「エリーゼのことが大事なんだろ。————なら、答えは出てるじゃねえか」
うつむいたまま動かなかったアイゼンの方が少しだけ動いた。
「……おい、犬。エリーゼが寝てるのはどこの船室だ」
「?……そこの角だが、一体何の話だ?」
「アイゼン、エリーゼが起きたら十五分だけ二人きりにしてやる。……俺たちがやれるのはそれくらいだ」
戻ってきたばかりで状況がよくわかっていないシリウスが変な顔をしているが、自分でもおかしなことを言っているのはわかっているので無視した。
「おい、アル」
「責任は俺がとる。気になるなら、扉の前にでも立って見張ってろ」
その言葉を聞いてもシリウスは不満そうな顔をしていたが、俺はアイゼンが逃げるようなことはないと思っている。冷静になったアイゼンがエリーゼの望まないことをしないと信じているからだ。
「わかった。その代わり、異変があればすぐにアイゼンを拘束するからな」
「それでいい。……じゃあ、あとは任せた」
アイゼンのことはシリウスに任せて、俺は三人組の見舞いにでも行こうと思い、この場を後にした。
怪我した三人はボロボロのわりに元気だった。人の顔を見るなり、腹が減っただのなんだのと口をそろえて言うもんだから、三人分の食事を抱えて走ったり、自分の飯を準備したりしたら時間は思いのほか速く進んでいて、気が付いたころにはアイゼンが目を覚ましてから一時間と少しが経っていた。
ちょうど飯を食べ終えたところで、疲れた表情のシリウスが食堂へ現れた。
「なんだ、お疲れみたいだな」
「お前がいなくなってから、あの子がすぐに目を覚ましたんだが、そこから一時間くらいは話続けてたよ。その間、ずっと外で聞き耳立ててたけど全く聞こえないし、いつ終わるかもわからんし、大変だったんだよ」
シリウスは文句を垂れ流しながら、なぜか俺の座っている席の横にためらいもなく座って来た。十人以上が同時に座れるような広い食堂の中で、ほかの席が空いてるのにもかかわらず、なんでか横にだ。
「なんでお前横に座るんだよ。気持ち悪りぃ」
「だって、ほら」
どけようと肘で小突くと、シリウスは入って来た入り口を指さした。
入り口には人影が二つ。————エリーゼとアイゼンだ。
話し合いは終わったと言っていたので、後で答えを聞きに行こうとは思っていたのだが、向こうから顔を出してくれるとは思っていなかった。
「……話があるんだってよ」
シリウスが耳打ちしてくるが、そんなこと言われなくても様子を見ればわかる。
手の動きで二人を導いて正面の席に座ってもらう。その間、二人とも険しい顔で一言も口を開かなかった。
「————で、どうすることにしたんだ?」
重苦しい空気に俺が口火を切った。
「聞きたいことがある。お前たちは本当に俺やエリーの力を利用するために来たわけじゃないんだよな」
「ああ、最初からそう言ってるだろ。俺たちはお前たちを保護するためにきたって」
意を決したアイゼンの質問に、俺は当たり前に答えた。それを聞くと、二人は一度顔を見合わせて、なにかの意思疎通を取った。
「エリーゼと話し合って、俺たちはお前たちの保護を受けることにした。……あんな風にお前を何度も攻撃しておいて虫のいい話なのは分かってる。だけど、エリーはエリーだけは……」
「別に気にしてねぇよ。抵抗されるなんて、こっちからしたら日常茶飯事だ。横にいるこいつだって、最初は大暴れしたしな。気にすんな。それに、いま言うことはそうじゃないだろ」
「ありがとう、……本当にすまなかった」
アイゼンの瞳には涙があふれていた。机の下でエリーゼの手がアイゼンを気遣うように伸びていくのがかすかに見えた。ちゃんと話はできたみたいだ。
「よし!じゃあこの話は終わり!……のど渇いただろ。缶のやつしかないが、ジュースにコーヒー、紅茶といろいろ積んであるから好きなもん言ってくれ、こいつが持ってくるから」
「オレかよ!まあ、いいや。アル、お前はブラックのコーヒーでいいか?」
「持ってきてもいいが、飲むのはお前だぞ。めんどくさいから、適当に持ってこい!」
注文を待つのもめんどくさくなって、座ってたシリウスを蹴り飛ばして無理やり押し出した。
立ち上がらせられたシリウスは、バタバタと忙しなく貯蔵庫の方へ走っていき、ガタガタ、ガラガラと一人で大騒ぎしていた。飲み物を探してバタバタしてるのだろう。
「わ、わたしも手伝った方がいいかな?」
「気にすんな。そのうち戻ってくるから」
そんな会話をしていると音が鳴りやみ、両手いっぱいに缶を抱えたシリウスが妙にいい笑顔で戻ってきた。
「こんだけあればいいよな。好きなの選んでくれ!」
俺たちの座ってる机まで来ると、机の上にガラガラと持っていた缶を転がして置いた。缶の中には炭酸ジュースも見える。そんな雑な置き方してあとで噴出しても知らないぞ。
「おっと、まあ、これでいいか」
置いた勢いで机から転がり落ちそうになった缶を受け止めて、ラベルも見ずに開けた。プルタブを引くとカシュッという音とともに、柑橘系の匂いがした。ラベルを見ると缶の中身はオレンジジュースだったらしい。
「オレはコレ!」
「私は、……これにする。アイゼンは?」
「ああ、じゃあ俺はこれで。……うわっ!?」
みな思い思いに机の上に広がった缶を手に取って開け始めた。最後にアイゼンが缶を開くとそれの中身は炭酸ジュースだったようで、案の定勢いよく黒い液体が噴き出した。
天井付近まで噴き出した液体は、アイゼンの体をびしょびしょに濡らした。
「おい!噴き出したぞ!」
「アイゼン、大丈夫!?……えっと、タオルは!?」
「ない!オレがとってくる」
すぐにシリウスが立ち上がって、船室の方へタオルを取りに走っていった。
アイゼンは自分になにが起こったのか、わからなかったようで呆然と目を瞬かせている。怒らせてしまったかと思い、次に発する言葉を身構えて待っていると、
「……ふふっ、あははははっ!」
急にアイゼンが笑い始めた。
思っていた感情の変化と違っていて、俺もエリーゼもその様子に困惑した。
「……アイゼン?どうしたの?」
「はははっ……、すまん、吹き出すなんて知らなかったから、ひどく面白く感じてな。……最近は、ずっと張りつめてたからかもしれないな」
きょとんと呆けるエリーゼの横で、アイゼンはケラケラと笑っていた。
噴き出した炭酸ジュースで面白くて笑えた。ただそれだけのことなのだが、たったそれだけのことでアイゼンの中に余裕が出てきたことが目に見えてわかった。
「そうだね。今までだったら『この野郎!噴き出したじゃねえか!!ぶっ殺してやる!』って怒って暴れてた」
エリーゼの下手な物まねで、今度はアイゼンとエリーゼ二人で顔を見合わせて笑い始めた。そのほほえましい光景に、つい俺の頬も緩む。たぶん、彼らの関係性はこれが正しい形だったのだろう。
バタバタとタオルを持って帰って来たシリウスが、不思議そうな顔で二人を見ていた。
「おーい、タオル持ってきたから拭けよ。……で、何この状況?」
「うん?あいつらが仲直りしてよかったなって話だよ」
俺の答えにシリウスは不思議そうな顔をさらに深めた。
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