電子と魔法のアーティファクト
杉ノ楓
一章 夏休み編
魔法使いとの出会い
第1話 空からアイドルが
空から人が降って来た。
それも、とびっきりの美少女が。
夏の日差しが照りつける中、光熱費節約の為に外で風を浴びていると、空から美少女が降って来た。
陽光にキラキラと輝く金色のツインテールをふわりと揺らし、美少女は我が家のベランダに緩やかに着地する。
彼女の長い髪は風に揺れ、まるで光の糸のように輝いている。
紺色のスカートが空気を切る音を立て、優雅さを醸し出していた。
「あんた、ちょっと匿って」
他人にものを頼む態度とは思えない傲慢な口調でそう言い放った彼女は、俺の答えを聞く前に、ズカズカと部屋の中に入って行く。
外見に見惚れていた俺はそのギャップに反応が遅れてしまい、気がつくと部屋を占拠されてしまっていた。
「ちょっと、飲み物は!」
「あ、はい」
「お菓子くらい出せないの!」
「あ、ただいま」
「マッサージして!あたし、疲れてるの。もちろん変なとこ触ったら殺すわよ」
「はいはい………………て、ちょっと待てえぇ!!!!」
随分と流されてしまったが、色々とおかしい。一旦、状況を整理しよう。
まず、空から人が降って来た。
これはまあ、普通だ。
この電子の魔法使いで溢れるサイバーシティ——《
《知恵の輪》と呼ばれる優秀な科学者たちが集う組織が開発した新技術——《電子魔法》は日本全土を震撼させ、日本がこの技術を世界に披露する為に作られたのが、この東京湾に浮く孤島の都市——《電影都市》。
科学の最先端となる街であり、電子魔法はこの街の住人のみが扱える。
そんな破茶滅茶に進歩した科学の街では、空飛ぶ車も当然の如く存在する。
今更、人一人が降って来たところで驚やしない。
次に、俺の家なのに自宅のように寛ぎ、王様気分で命令しているこの美少女。
彼女の名前を、俺は知っている。
ちょっとした有名人、いわゆるアイドルというやつだ。
ドイツ発祥の少人数アイドルグループ
《ヴィクトリア・シンフォニー》のお騒がせリーダー、リビア=セスティア=マルセッラ。
歯に衣着せぬ物言いで、言いたいことはなんでもズバズバと言い放ち、度々炎上。
事務所が「まだ日本語が上手くわかっていない」と言い訳するも、本人が「勉強してペラペラだ」と発言したことにより、事務所がとばっちりを受けたという珍事件が記憶に新しい。
間違えていたら恥ずかしいが、俺は意を決して彼女に声をかけた。
「もしかして、ヴィクトリア・シンフォニーのリビアか?」
「あら、知ってたの」
「まあ…… (悪い意味で)有名だし」
「そう。サインなら後でね。悪いけどちょっと休ませて貰うから。あとエアコン点けて」
「え?あ……おいっ!」
言いたいことだけ言うと、リビアはリモコンを見つけ出しエアコンのスイッチを入れ、俺のベッドに横たわった。
「…………なんなんだよ」
匿ってとか、そのくせ何も説明せず寝るとか、もう意味がわからない。
無理やりにでも起こしてやろうか。
と意気込み、タオルケットに手をかけたが、健やかに眠るリビアの顔が目に入る。
長い睫毛が頬に影を落とし、ふっくらとした唇は、夢を見ているかのようにほんのりと開いていた。
肌は白く、まるで陶器のような滑らかさ。
服の襟元が少しずれていて、無防備な姿が、より一層魅力を引き立てている。
「…………くっっっそ可愛いじゃねえか」
流石はアイドル。
彼女もいない、ただの男子高校生の俺には刺激が強すぎた。
文句を言いたい気持ちも、すっかり萎えてしまう。
「エアコン……涼しいなぁ」
久しぶりの冷風に、俺はちょっと感動しつつも、次の電気代を気にしていた。
今日は、八月三日。
学生である俺は、絶賛夏休み真っ只中。
こんな暑い日だというのに、俺がエアコンを点けていなかった理由。
それは単純に、金がないからだ。
一年とちょっと前、俺は両親の反対を押し切り、半ば強引に電影都市に来たが、未だ《電子魔法》には目覚めていない。
電子魔法にさえ目覚めれば、研究資金として幾らか支給されるものの、それも0。
更にこちらへ来る交通費や家賃、電子魔法の手術代など、かなりの費用がかかった結果、俺の小遣いはめちゃくちゃ少なくなっている。
電気代一つにしても、節約しなければいけないほどに。
テレビ……も電気代かかるし、ネットサーフィン……もかかるよな。俺、何も出来ねえじゃん。
やる事もなく、適当にそこら辺にあった文庫本を眺める。だが、意識は妙に浮ついていて、気づくと視線はリビアを捉えていた。
あー、もうっ!駄目だ駄目だ!
ってかなんでこんな奴に気を使ってんだよ、俺は。
他人の部屋に勝手に入って来て、勝手に寝た奴に気を使う必要なんてあるか!
そもそも不用心すぎるんだよ。
俺に襲われても文句言えねえぞ。
とまあ、ひとしきり心の中で鬱憤を発散するも行動には移さない。
この俺——
そんな度胸は、体中のどこを探しても存在しない。
気を紛らわす為、自分の部屋なのにウロウロとしていると、ふと黒いギターケースが目に留まった。
これは……俺のじゃない。
リビアの持ち物か。
本人のインパクトが強くて持ち物にまで目がいかなかった。
リビアってギター弾くんだな。
——どんなギターなんだろう?
俺自身、ギターを弾く訳でもない。
音楽にも特に興味はない。
普通なら、スルーしていた筈だ。
それなのに、一見普通に見えたこのギターケースの中身が妙に気になって、気づいた時にはチャックを開けていた。
「え?これは……」
中身はギターではなく、古びた骨董品(?)の様な物だった。
縦長の棒状の形をしていた。
焦茶色のサビと緑の苔がその品物の歴史を感じさせる。
どう見ても汚い。
なのに不思議と神聖さを感じさせる。
——ちょっと触ってみよう。
取り憑かれた様に、それに手が伸びる。
その時だ。
ガタッとベッドの方から音が聞こえると同時、リビアが俺の右手を掴んでいた。
「ばか。正気に戻りなさい」
ギュッと握り締められた痛みで、我に返る。
意識はあった。
体も動いた。
なのに、頭の中がふわふわしていて、何かに操られていた。
そんな感覚だった。
「あたしの不注意だったわ。今見たモノは忘れて。いいわね」
「あ、ああ」
有無を言わせぬ物言いに、俺は何も言えずにただ肯定する。
返事を聞いたリビアは一つ息を吐くと、ケースに向かいそれを背負おうとした———が、チャックが開いていたせいで中身が飛び出し、俺の手元にそれは落ちて来る。
「え?」
ただ、拾おうとしただけだった。
意識もちゃんとあった。
—— キャッチして返そう。
そう思って掴みかけたそれは、俺の両手をすり抜けて、吸い込まれる様に体の中に消えてしまった。
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