第4話 「呪われた街」
東京の夜、明かりが消えた特定のエリアが不気味な静けさに包まれていた。周囲の建物はどれも古びて荒れ果て、窓から覗く黒い影はまるで何かに見張られているかのようだった。人気が途絶え、冷えた空気が漂うこの場所に、特務機関のメンバーたちは足を踏み入れていた。
「呪われた街、という噂があるが……まさか本当にこの規模とは」
隼人が低く呟き、戦斧を手に警戒しながら周囲を見渡す。彼の視線の先には、建物の影に潜む魑魅魍魎の気配がちらついていた。彼の隣には凛が刀を構え、冷静な目で進むべき道を探っている。
「ここは通常の怨霊や妖怪が徘徊する場所とは異なる。特定のエリアにこれほど多くの魑魅魍魎が集まっているのは尋常ではない」
凛の言葉に、他のメンバーも一層気を引き締めた。エリアの中心へ向かうためには、魑魅魍魎に満ちた空気の中を進まねばならない。そこには人間が住んでいた痕跡があったが、今ではただ荒れ果てた廃墟が残されているのみだった。
真琴が護符を手に構え、結界を張る準備を進めていた。「少しでも防御を高めておかないと、心がこの空気に侵食されかねない。皆、妖気を込めて準備を整えてくれ」
護符が微かに輝き始め、仲間たちに防御の光が降り注ぐ。しかし、その光は周囲に漂う妖気の濃度に呑み込まれるようにすぐに薄れていく。特務機関の精鋭たちでさえ、この空気の重さには圧倒されるものがあった。
「なんか、ここ……全身が冷たくなるっていうか、背筋がぞくぞくする感じがするわ」
葵がつぶやき、タブレットで周囲の妖気の波動を確認しながら進んでいく。エリア全体が不気味な霧で覆われ、わずかに視界が遮られる中、彼女は慎重にデータを解析していた。だが、数値があまりにも不規則で、まるで魑魅魍魎たちが意図的にデータを乱しているかのように見えた。
「霧が濃くなってきたわ……気をつけて」
麗奈が落ち着いた声で注意を促しながら、数珠を手に持ち、霊的な防御を強化する術を施している。周囲の霧はまるで生き物のように動き回り、彼らの視界を少しずつ侵していく。それは、彼らの前に立ちはだかる見えない敵の存在を徐々に浮かび上がらせるようでもあった。
風間が霧を散らそうと風を操り、周囲の空気を揺るがすが、そのたびに霧は密度を増して絡みつくように戻ってくる。「この霧、ただの自然現象じゃないな。妖気の一部みたいに動いてる」
「ますます油断できないってことか……まるで何かに見張られている気分だ」
隼人が唸るように言い、戦斧を握りしめて一歩ずつ慎重に進んでいく。メンバーたちはお互いの位置を確認し合いながら、じりじりとエリアの中心を目指して歩みを進めた。その道中、何かの足音や囁き声が背後から聞こえるような錯覚に陥り、皆の神経が尖り続けていた。
やがて、建物の隙間から朽ち果てた神社が見えてきた。その鳥居は崩れ落ち、境内は雑草と埃にまみれている。神社の本殿の前に立ち尽くす影が、彼らの視線を引きつけた。その影は動くことなく、じっと彼らを見据えるように佇んでいる。
「……あれは、怨霊か?」
夏菜が短剣を握りしめ、すぐさま警戒態勢をとる。しかし、その影はあくまで微動だにせず、ただじっと佇むばかりだった。その不気味さが、メンバーたちの間に沈黙を生んだ。
その時、影が徐々に変形し始め、異形な形態へと変わっていく。彼らの視線の先で影は形を失い、ただの黒い霧と化して消え去っていった。
「どうやらこの場所そのものが、魑魅魍魎に侵されているようだ」
凛が静かに言葉を発し、改めて周囲を見渡す。足元の土がわずかに揺れ、どこからか湿った腐臭が漂ってきた。メンバーたちは息を詰めながら進むが、その不気味な臭いは徐々に強まり、まるで彼らの意識を侵食するかのようだった。
斎藤がライフルを構え、周囲を警戒しながら言う。「どこに敵が潜んでいるかわからない。気を緩めるな」
風間が霧を吹き飛ばし続けるも、霧はしつこく漂い続け、まるで彼らの存在を嘲笑っているかのようだった。その不気味な霧の中から、時折かすかな人影が見えるたびに、皆の緊張が高まっていく。
やがて、一行はエリアの中心に到達する。しかし、そこにあるのはただの廃墟と化した広場だった。どこかから哀れな叫び声が響くような気がして、全員がその声に耳をすませる。
「この場所、何かが隠れている……」
葵がつぶやき、タブレットに表示される妖気の反応を見つめる。その数値は異常に高く、この広場が魑魅魍魎の本拠地であることを確信させるものだった。彼女の指が震え、タブレットを持つ手が少し汗ばんでいた。
「中心にいるのが奴らの指導者か、あるいは……」
凛が言葉を紡ぐ前に、突然、広場の中心が不自然に膨張し始め、巨大な影が浮かび上がった。その影は人間の形をしているようでありながら、複数の目や手が蠢いている。明らかに人ならざる異形であり、その存在感だけで全員が一瞬息を飲んだ。
隼人が戦斧を構え、真琴が結界を展開し、麗奈が霊的な防御を施し始める。斎藤がライフルを構え、風間が風を操り、夏菜が短剣を握りしめた。
影は静かに彼らを見下ろし、何も語らぬまま、不気味な笑みを浮かべているように見えた。その無言の威圧に、凛たちの心が冷たく凍りつく。
「全員、攻撃態勢を取れ!」
凛が叫び、全員が一斉に異形に向かって攻撃を開始した
凛の指示に従い、隼人が戦斧を力強く振りかざし、真琴が結界の光をさらに強化する。戦斧が異形の影に向かって一閃し、影の体がわずかに揺らいだ。しかし、隼人の攻撃を受けても異形は微動だにせず、かすかに薄笑いを浮かべるようにその場に立ち続けている。
「なんだこいつ……全然効いてないのか?」
隼人が驚きと焦りを含んだ声で呟くと、風間が鋭く霧を散らす風を操り、視界を広げるとともに影の動きを確認する。
「いや、効いてないわけじゃない。ただ、こいつは……普通の妖怪じゃない。まるで、この場所そのものと一体化しているかのように動いてる」
風間の言葉に皆が顔を引き締める。異形はまるで周囲の霧や建物の影と同化しているようで、攻撃を受けるたびにその体がぼんやりと周囲に広がり、形を取り戻している。凛は一瞬、異形の周囲を観察し、刀に妖気をさらに注ぎ込んで再度斬りかかる。
「本体を捉えるのが難しいなら、まず霧を払うんだ。風間、さらに強い風を」
凛がそう指示すると、風間は指輪に妖気を込め直し、強力な突風を発生させた。風が吹き荒れ、霧がいくらか後退する中、異形の姿がより明確に浮かび上がる。その影はますます異常な形に歪んでいき、眼が増殖し、口からは何か黒い煙のようなものが漏れ出していた。
「効いている。皆、妖気を込めて全力で叩き込め!」
凛の合図で、斎藤がライフルを構え、弾丸に妖気を注ぎ込んだ。次の瞬間、ライフルが放たれ、妖気弾が異形の中心部に命中する。その一撃で影の体が再び揺らぎ、まるで霧のように分散される。しかし、影は一瞬の後に再び形を取り戻し、彼らに向けて冷たい視線を送り続けた。
その時、不気味な笑い声がどこからともなく響き渡り、全員の心に冷たい恐怖が走る。誰もがその場に立ち尽くし、まるで意識を奪われそうな感覚に囚われるが、麗奈がすかさず数珠を握りしめ、精神を守る術を発動した。
「皆、落ち着いて!幻聴に惑わされないで!」
麗奈の言葉に全員が正気を取り戻し、再び攻撃の構えを取る。だが、異形は再び笑みを浮かべると、広場の周囲からさらに多くの影が集まり、彼らを取り囲むように立ち現れた。
「まさか……これだけの数の魑魅魍魎が一度に現れるなんて」
葵がタブレットを操作しながら絶望的な声でつぶやく。データは完全に異常値を示しており、通常の妖怪とは比較にならないエネルギーが集まっていることが分かった。
「囲まれたか……なら、こちらも全力を尽くすしかない」
凛が低く言葉を吐き、刀を構え直すと同時に、隼人が戦斧を振り回し、周囲の魑魅魍魎を叩き潰していく。風間が突風を操って霧を吹き飛ばし、斎藤がライフルで次々と影を撃ち抜いていく。その中で、夏菜が短剣で素早く敵の背後に回り込み、致命的な一撃を放つ。
真琴は護符を手に、周囲に結界を張り巡らせ、彼らを守りながらも攻撃を続けていた。次々と出現する魑魅魍魎を一掃していく中で、彼らは確かな手応えを感じていたが、影の数が減ることはなく、逆にさらに増えているようにさえ思えた。
「このままじゃ、いつまで経っても終わらない……」
隼人が息を切らしながら呟くと、凛が冷静に状況を分析して答えた。「影をすべて倒すのは無理だ。本体を探し出すしかない」
凛の言葉に、葵がタブレットを操作し、周囲の妖気の集中地点を探り始める。画面に映し出されるデータは絶え間なく変化しているが、その中心に何か巨大な反応があることを示していた。
「凛、あの奥に強い妖気反応があるわ。そこが本体の居場所かもしれない」
凛は短く頷き、刀を構え直す。「全員、奥へ進む。魑魅魍魎の大半を引きつけておいてくれ。俺が本体を叩く」
隼人と夏菜がすぐに応じ、前衛に立って影の攻撃を受け止める。麗奈と真琴がその背後から支援を続け、葵がタブレットで敵の動きを探り続けていた。斎藤がさらに援護射撃を行いながら、凛が一気に奥へと突進する。
やがて凛がたどり着いたのは、広場の奥に存在する朽ちた鳥居の前だった。その先には、今までの魑魅魍魎とは明らかに異なる気配が漂っていた。黒い霧がその周囲を漂い、そこから無数の目が凛を睨みつけているかのようだった。
凛は刀にさらに妖気を注ぎ込み、一気にその霧に向かって斬りかかった。だが、霧はその一撃を避けるように拡散し、再び形を取り戻す。まるで意志を持っているかのように、霧が凛の動きを封じようと周囲を覆っていく。
「そう簡単にはいかないか……」
凛は冷静に周囲を見渡し、霧の動きを観察する。霧は一定のリズムで動き回り、まるで自分が生きているかのように反応していることに気づいた。
その瞬間、凛の頭にあるひらめきがよぎる。「この霧、もしかして……」彼は手元の影喰いをしっかりと握りしめると、その刀身に全ての妖気を注ぎ込み、渾身の力で霧の中心に斬り込んだ。
すると、霧は突然激しく揺らめき、形を崩し始めた。その動きはまるで苦しんでいるかのようで、霧の中から低いうめき声のような音が漏れ出してくる。霧が徐々に薄れ、そこに一つの核のようなものが現れた。それはまるで人間の眼球のように不気味に光り、凛に向かって怨念を含んだ視線を放っていた。
「やはりこれが本体か……!」
凛はその核に向かって影喰いを構え直し、今度こそ決着をつけるべく再び全力で斬りかかる。彼の一撃が核を貫いた瞬間、核が大きく裂け、黒い霧が一気に四散した。
霧が消え、魑魅魍魎の気配が急激に薄れた。その瞬間、広場全体に漂っていた妖気が静かに消え去り、特務機関のメンバーたちの視界が一気に開けた。
「やったか……?」
隼人が息を切らしながら振り返り、凛が影喰いを静かに収める。広場は再び静けさを取り戻し、不気味な影も、彼らを取り巻いていた霧も、すべてが消え去っていた。
「終わったようだな」
凛が仲間たちに確認の視線を送り、皆が安堵の息を漏らす。その表情には戦いを終えた充実感と、再び彼らに訪れるであろう新たな戦いへの覚悟が浮かんでいた。
「この場所はもう安全だ……戻ろう」
凛の言葉に全員が頷き、ゆっくりとエリアを後にした。その背後で、かつて魑魅魍魎に満ちていた廃墟は、ただ静寂の中に佇み、まるで眠りについたかのように沈黙していた。
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