第22話 嘘と病

 研究室とCure基地ベースまでの距離は歩いて4日ほど。

 途中村や野営を挟みつつ、移動を続けた。

 

 目的としては優瓜ゆうりを診てもらおうというものだが――

 

琉海るか君! 見てくれあっちに珍しいタイプの魚神の死骸が有るぞ、見ていかないかい」

「いや……見ない。興味無い、というか急ぐよ」

「少しだけ! 少しだけでもダメか琉海君! ああぁ」

 

 拍子抜けするくらい、元気だ。

 

 琉海が手を繋いで何とか走っていかないよう抑えている。

 全力で抵抗されたとしても、非力な琉海で簡単に抑えられる程の力。

 今までよくも元気に旅をできたものだ。

 

「本当に花威かい君が大袈裟なだけだよ。この通り私はとても元気だ」

「嘘つけ、死にかけてただろ」

 

 抗議するように花威を見る優瓜だが、冷たい視線が帰ってくるのみである。

 

 あまりにも元気なので、夜は無理やり寝かし付けないとギリギリまで起きて研究を纏めている。

 移動の四日ですっかり優瓜は面倒を見ないと大変な事になると共通認識になっていた。

 

 そうして基地に着く少し前。

 

 男と手繋ぐとかなんの拷問だよ、と言っていた花威が、話があると優瓜ゆうりを連れて行った。

 

 ――――――

 

 優瓜を連れて、花威は琉海と希洋きひろから少し離れた場所に向かった。

 

「この四日間、ずっと観察してたんだけどさ。優瓜ゆうりくんって何者なの」

「何者、とはまた広い質問だな。私は櫛帯 優瓜。研究者であり、救世主だ。これで良いかい?」

「……分かっててとぼけてるだろ」

 

 花威が呆れたような視線を向けると、優瓜は観念したようにため息をついた。

 

「まぁ、君を誤魔化すのは無理だろうね。どこまで気付いているのかな?」

「優瓜くんは救世主じゃない・・・・って所くらいまでかな。でも、どっち・・・かは分からない」

「その二択は、一般人・・・魚神・・か、だな?」

「……」

 

 花威は答えない。

 正直、ほとんど白だと思っている。

 

 優瓜は一般人。魚神が化けている可能性は限りなくゼロ。

 

 もし化けているのなら、何度か殺されている。

 

(だけど、だとしたらおかしい)

 

 優瓜が魚神を倒したのを何度か見た事が有る。

 核でも傷付けられない魚神を、ただの一般人が倒せるわけが無い。

 

「無いものを証明するのはとても難しい事だ。私がいくら白だと言っても、信じてもらうのは無理だろうな」

 

 沈黙を、悪い意味に捉えた優瓜が眉を下げた。

 

「君が頼みを聞いてくれるのであればすぐにでもこの命を差し出そう。隠し事をしていたのは私なわけだし――」

「は? ちょ、待て待て待て話が早い」

 

 流れるように、自然な動作で銃――電機銃ではあるが――を取り出そうとする優瓜。

 さすがに、花威は慌てて止めた。

 

「僕は疑ってない。むしろ君は一般人……って言っていいのかは分からないけど、一般人だと思ってる。だとしたらなんで魚神を倒せたのか疑問に思ってるだけで」

「あぁ……なるほど。悪い。結論を急ぐべきではなかったな」

 

 銃を下ろした優瓜に安心する。

 

 騒ぎに気付いたか、琉海と希洋がこちらに来ている。

 

「大丈夫? 二人とも」

「トラブル?」

 

 緊急事態、と言うほどでもないが何かしら起きたと踏んだ二人がやってきた。

 

 ――――――

 

 花威と優瓜が二人で話をしている。

 重要そうだから、聞いてはいけないだろうと琉海は思っていた。

 

 が、花威の慌てたような声が聞こえたので、少し心配になり希洋と共に二人の方へ向かった。

 

 琉海達が来たのを見て、優瓜がふうと息を吐く。

 

「仕方ない。話をしよう。本当は基地でするつもりだったのだがね。長くなるし、座って良いかい?」

「分かった」

 

 希洋が頷き、優瓜が座る。

 流れで琉海達も地面に座った。

 

 スカートの隙間から草が足をくすぐった。

 

「花威君にバレてしまったのだが、私は正式な救世主ではないのだよ」

「えっ」

 

 驚きの声をあげたのは琉海。

 

「研究の一つとしてね、救世主になれない人でも魚神を倒す武器を作れないか試していた時期がある。

 

 失敗すれば魚神病に感染するリスクの有る研究だったが、成功すれば世界を救うと思ってね、私と先生は特に力を入れていた。


 度重なる生物実験の末、実用しようとなった時、被検体になったのが私だった。

 研究所で一番若くて力があるのは私だったからね。


 先生と私の共同制作だし、ほとんど成功だと確信していたのだが――」

 

 優瓜がカバンの中から半透明のケースを取り出した。

 中は正方形にくぎられていて、よく見ると大量の薬が入っている。

 

「失敗だった。

 魚神病に感染しない事を目的としていたが、感染。

 一応力は得たが恐ろしく弱かった」

「なるほど。だから」

 

 その筋肉は飾りかと言っていた花威は、納得したように頷く。

 

「ついでに言うと、偏食も嘘だよ。病のせいかなんなのか、ほとんど何も食べられなくなったのだ。元はなんでも食べるほうだったよ」

「やっぱりそうなんだ。偏食で料理が上手いとか嘘すぎるもんね?」

 

 希洋が納得したように呟いた。

 

「まぁ、そんな所だ」

「……なんで、隠してたの?」

 

 花威は以前、戦わなくて良いなら戦いたくないと言っていた。

 なら、優瓜はどうして?

 

「そりゃあ……戦うなと言うだろう? 休養しろだとか、治療に専念しろだとか」

「まぁ……」

「だが、魚神病は不治の病だ。必ず死ぬ。どうせ長くないのだ、私は――」

 

 ヘラヘラとしているが、優瓜が恐ろしく冷たく悲しい目をしたのを琉海は見逃さなかった。

 

「先生の仇を撃つ。刺し違えても。……勝ち目は無いがね」

 

 ゾッとする程の執念。

 今までよくも、ここまでの感情を隠していたなと思うほどに。

 

「……だから私は――」

 

 優瓜が琉海を見た。

 

「いや、今する話ではないな。いずれ話すよ」

「何それ、気になるじゃん」

「後日するよ。まあ、そんな所だ」

 

 優瓜が話を切り上げる。

 

「だから基地には行かなくて良いだろう? な、花威君。話したから許してくれ」

「ダメ。その話が本当ってわかるまではダメ」

「ぬう……仕方ない」

 

 不服そうに立ち上がる優瓜。

 琉海達もそれに続く。

 

 Cure基地ベースへと歩みを進み始めた時――

 

「魚神……っ、逃げるよ! 一等だ」

 

 希洋が琉海の手を引いて引き返そうとした。

 

「ほら、優瓜くんも急いで……って、ちょっと!」

 

 花威が優瓜を連れて行こうとしたが、その手は空を掴む。

 

「あいつだ。先生の……」

 

 優瓜はフラりと魚神の方へ歩いて行く。

 

「優瓜!」

 

 琉海の呼びかけも虚しく、戦闘開始と言わんばかりに琉海の宝石が光出した。

 



 

 ――あとがき――――

 

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 

 次回更新予定日、12月24日。

 クリスマスイブです。

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