第7話 帰る方法

 琉海るかが通されたのは、白と紫の怪しげな雰囲気の部屋だった。


 色を除けば社長や校長などの使っていそうな、高級感のある重そうな机と、その前に置かれたソファ、ローテーブル。

 

 紫の証明に照らされたアクアリウムの中に魚の姿は無い。

 

「やぁ、キミが水廻 琉海すもうり るか君だね」

 

 重々しい椅子に座って琉海を迎え入れたのは、外に跳ねた白い短髪の男。

 紫の目には色の淡いサングラスをかけており、白いスーツに紫のネクタイといういかにも怪しそうな雰囲気がした。

 

「はい。そうです」

 

 二人で話しがしたいとの事で、入口の前まで着いてきた花威かいは部屋の外。

 

「初めまして。僕はここの責任者をしている加州 紫縞かしゅう むらしま。よろしくね」

 

 にいっと笑うその男の、紫縞・・という名前には覚えがある。

 

(三徹明けでゲラゲラ笑いながら俺の事召喚した人だ……)

 

 希洋きひろ花威かいから聞いた話。

 琉海るか紫縞むらしまの事を恨んでいた。

 

(この人が余計な事しなかったら……)

 

 恨みの籠った目に気付いたのか、紫縞むらしまは苦笑を浮かべた。

 

希洋きひろから話しは聞いてるよ。僕の召喚のせいだと思ってるんでしょ?」

「……はい」

 

 なんと答えるべきか悩んだが、素直にはいと返す。

 隠しても、バレているのだろう。

 

「僕にそんな力は無いから、安心して。

 ……って言っても、実際に起きちゃってるから信頼できないよねぇ」

 

「まぁ、はい。……それに、その……俺何も説明されてないです。ここに来てから全然。めちゃくちゃ質問されたりはしたけど俺の質問はあんまり答えてもらえないと言うか……。

 

 指揮官だとか魚神だとかなんだとか、断片的な話しはそれなりに聞きました。

 けど、具体的にそれが何なのかとか、何をしたらいいのか、何ができるのか、何も知りません。

 

 帰る方法を探すにしたって、そもそも出来ることが少なすぎるし、人には会えないし……」


 建物内に複数人の気配は有るが、会えるのは希洋きひろ花威かい、それから時々やって来る優瓜ゆうりだけ。


 何かの拍子に出会う事は有っても挨拶以上の出来事は何も起こらない。

 せめて、何か重大な出来事が起きてくれれば非現実を楽しむ事ができたのかもしれないが、何も起こらないから不安が増していくだけだった。

 

「そうだろうね。ごめんね。


 救世主僕達って、結構規則が多いから正式な仲間以外に話しちゃダメな事がかなりの数有ってさ。


 希洋きひろ花威かいはまだ若いから、そこら辺の判断が付かないうちは余計な事言わないように極力情報を絞ってたんだと思うよ」

 

 そんな事言われても、と言いたい所だが……あいにく、琉海るかは現代日本に生まれた一般的な男子高校生。


 年上の、立場の有りそうな人間に噛み付くような経験は無い。

 ただ不満だけ抱きつつ、頷いた。

 

「って事で、救世主とか言う仰々しい名前だけ貰って規則に縛られながら戦ってる僕達からのお願いなんだけどさ」

 

 サングラスのフレームを押し上げ、紫縞むらしまは一枚の紙を取りだした。

 

琉海るか君。君が持ってるその宝石、それを上手く扱う事が出来る人と一緒に居ると救世主は強くなる。

 だから、その石を使える人の事を指揮官・・・って僕達は呼んでるんだ。


 で、現状の話だ。

 とある事情で希洋きひろ花威かいはパトロール以上の活動ができないで居る。

 君は彼らの指揮官として一緒に旅をしてほしい。


 目標はとある魚神ぎょじんの討伐。


 報酬は君の欲しがる全ての情報と衣食住の提供、それから金銭の支払いも。

 それと、君が直接動いてくれたら帰還方法の発見も早くなるだろう。


 他にも必要とあらば相談に応じよう」

 

 口を挟む隙を与えず、紫縞むらしまは一息に話し切る。

 あまりにも勝手なお願いだ。しかし、それら全てがどうでも良いと思える。

 

「帰れるんなら、なんでもやります」

 

 現状、琉海るかの願いはたった一つ。

 

 帰りたい・・・・

 

 もっと別な世界であれば、あるいは楽しめていたのかもしれない。

 が、この世界に留まりたいと思える理由は一つも無かった。

 

 友達・・家族・・も居ない。

 豪華な部屋は有るが、その豪華さにも数日で飽きてしまった。

 

 絶対に家族は心配しているだろうし、せっかく入れた学校なのに出席日数が足りなくて留年……悪ければ退学、なんて話になれば最悪だ。

 

「なら、交渉成立って事で――ここにサインしてくれるかな? さっき言ったことが書いてある。それ以外の事は書いてないから心配しないで」

 

 紫縞むらしまから紙とペンが渡される。

 契約書だ。

 彼の言う通り、先程の話以外は何も書かれていない。

 

 ペンを受け取った琉海は丁寧に名前を書き込んでいく。

 

 《水廻 琉海》

 

 書ききると琉海の名前が青く光り、胸元のペンダントに同じ文字が刻まれた。

 

「ようこそ、究聖主連盟きゅうせいしゅれんめいAssort基地ベースへ。

 Assortアソートでは主に新人の救世主の育成とパトロール、緊急時の支援活動等を行っている。

 改めて、Assortの責任者を務める加州 紫縞かしゅう むらしまだ。


 よろしくね、琉海るか

 

 紫縞むらしまが手を差し出す。

 おずおずと掴むと、ザラザラとした分厚い皮膚を感じた。

 

「よろしくお願いします」

「うん。じゃあ、詳細は明日! 希洋きひろ花威かいの準備は済んでるから、二人に聞いてくれ」

「えっ」

 

 断ってたらどうしたんですか、なんて事を聞く間も無く、笑顔の紫縞むらしまに部屋へと連れ戻された琉海るか

 

 琉海の――楽しくて、理不尽な旅が始まろうとしている。

 

 

 ――――character profile――――


 ――僕は強いよ〜? 本気を出したらね。

 えっ、本気出したとこ見た事ないって?

 それはその……

 

 名前:加州 紫縞かしゅう むらしま

 性別:男

 年齢:26

 

 Assortの責任者を務める男。

 新人の育成を務める他に、最強の救世主候補に名を連ねる一人なのだが、彼の実力を知る者はほとんど存在していない。


 ――――――――――――NEXT――

 

 

 ―――あとがき――――――――――


 ここまで読んでいただきありがとうございます!

 毎日更新中です。

 次回から一章がスタートです!


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