第5話 殺しあう!(その6)

 翌日。

 前日と同様に放課後の公園でイートンと合流した充駆は指定された教室へ向かう。

 今日のステージは二階にある二年一組だった。

 東階段から二階へ上がり、教室の前の扉にそっと手を掛ける。

 今日の対戦相手は昨日ボレロを倒したワンピ。

 充駆はもちろん会ったことはないものの、音楽室でのやりとりからガラの悪い口調を思い出して緊張する。

 扉をそろそろと開く。

 教室の奥、最後列中央の机に少女――というよりさらに幼い姫カットの女児が座っていた。

 女児はまっすぐに切りそろえた前髪の下からじっと無表情で充駆を見ている。

「まさか、この子?」

 戸惑う充駆にイートンがささやく。

「そうです。ワンピさんです」

 見た目は女児だが全身から立ち上る殺気を感じる。

 その殺気に――

「す、すいません。お待たせしたみたいで」

 ――思わず充駆が頭を下げる。

 ワンピは答えず立ち上がる。

 同時に校内放送が告げる。

「すうはあすうはあ。二年一組にて挑戦者決定戦、ワンピ対イートンが始まったくん。すうはあすうはあ」

 昨日とは違う声だ――そう思った瞬間、ぶおんという音とともに飛来してくる物体があった。

 それは充駆の側頭部を掠めて背後の黒板に突き刺さる。

「え?」

 戸惑いながら向けた目線の先にあったのは直径五十センチほどの手裏剣だった。

 手裏剣は充駆が視認すると同時に消え失せて、ワンピの手元に現れる。

 武器を自在に出したり消したりできることを有効に使ったその回収手段にひとまずは感心する充駆だが、すぐに状況を分析する。

 有効射程はセーラーの槍斧やイートンのハンマーより圧倒的に優位ではあるものの、サイズと音が大きいことからイートンの動体視力と運動能力があれば避けたり叩き落としたりすることは可能であるように思えた。

「ぶっ殺してやるぜ」

 ワンピが真顔のまま口を開く。

 そして、叫ぶ。

「おりゃあああああああああああっ」

 ぶおん。

 二投目が来た。

 充駆がしゃがんでかわす。

 手裏剣はさっきと同様に背後の黒板に刺さり、そして、消える。

 充駆は急いで手近の机を持ち上げると、二列目の机に載せて背の高いバリアを作る。

 その陰で机のサイドに提げているスクールバッグのジャージに机の中のノートや教科書を巻き込んで作ったターバンで頭部を守る。

 さらに残ったノートや教科書を上着の下に押し込む。

 これで刺さってもダメージを抑えられるんじゃないかと充駆は考えた。もちろん漫画で読んだ知識だが。

 その間に飛来した三投目と四投目がバリア代わりの机を吹っ飛ばす。

 ワンピはハンマーとは比較にならない“射程距離”という絶対優位を譲るつもりはないらしく、距離を詰めることなく教室の後方から手裏剣を打ち続ける。

「どうします?」

 不安げなイートンに答える。

「とりあえず、これで頭と胸と腹は守れるだろう。足は――」

 改めてスクールバッグを覗き込むが、入っているジャージのボトムスはハーパンだった。

 これを穿いたところで下半身の防御は期待できない。

 しゃがんだ状態でプリーツスカートから覗く華奢なヒザを見下ろしため息をつく。

「――どうしようもないなあ」

 そこへ五投目が飛来する。

 これまでの水平方向からのものとは違って、明らかに高い位置から放たれたらしい手裏剣が充駆の身を寄せる机の天板に突き刺さる。

 机の陰で可能な手裏剣対策を終えてしまった充駆は、おそるおそる顔を出し様子をうかがう。

 最後列の机に仁王立ちのワンピがいる。

 このまま机の背後に籠城していても負けはないが勝ちもない。

「千日手……ていうんだっけ」

「なんです?」

「こういう状況のこと」

 つぶやいて床をすばやく這いながら扉へ向かう。

 最も廊下側の席に達した所で立ち上がり、その机を最後列の机に立つワンピへ投げつける。

 そして、イスを手に廊下へ出る。

 投げつけられた机をかわして床に降りたワンピもまた教室後ろのドアから廊下へ出る。

「見通しのいい廊下に出てこっちを有利にしてどーすんだよ、バカがっ」

 叫んで手裏剣を打つ。

 充駆は持ってきたイスを下半身用の盾として左手で支え、右手に集束させたハンマーで手裏剣をかたわらの壁へと弾く。

 しかし、はじかれた手裏剣はすぐに光の粒に四散し、その直後にワンピの右手に集束する。

「ずるくないか」

 渋面で後ずさりを続ける充駆にイートンがささやく。

「多くの枚数を持ち歩けないこと、一度放った手裏剣を戦闘中に回収するのはリスクが大きすぎて実質的に不可能であること、これらを考えるとどうしても手裏剣自体を小型軽量にせざるを得ず、その結果、命中率と殺傷力を諦めざるを得ない――そんな手裏剣の欠点をすべてクリアしてます」

「だよなあ」

 放った手裏剣を一旦四散させて手元で再集束させれば回収の手間を考えなくていい。

 そうなると枚数を持ち歩く必要はなく実質一枚で十分となる。

 その結果、手裏剣自体を大型化、重量化させることができて命中率や殺傷力を大きくとることができる。

「いいかげんあきらめて切り刻まれろや、ああ?」

 ワンピが手裏剣を放つ。

 充駆がハンマーで叩き落とす。

 振り返るとかたわらに北校舎への連絡通路が見えた。

 そこに備え付けられている消火器が目に入る。

「使えるかな?」

 つぶやいた充駆は盾にしていたイスから離れて消火器を手に取る。

 イスを手に廊下を出て以来、初めて全身をあらわにした充駆に機会到来とワンピが手裏剣を打つ。

 その手裏剣へと充駆が消火器を投げつける。

 手裏剣の鋭利な先端が消火器の外装を裂いて白い内容物を噴出させた。

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