File 3 : 奥山健 4

 僕は与えられた仕事に没頭するふりをして、あるデータをSDカードに落としたんだ。誰も気が付かないのは分かってたから、堂々としていた。


 データの中身はこの会社の金の流れや詐欺の全容が分かるもの。会社の幹部と代議士や財界の大物の名前もリストに並んでいて、この会社から誰の手に金が渡ったのか、全て分かる…。そういうデータだったんだ。


 僕はそれを2つのSDカードに落としておいた。1つは自分が持ち、もう一つは偶然を装ってテルくんの手に渡るようにした。そうすれば情報を盗んだ事がバレても少し時間が稼げる、そんな事を考えていた。


 テルくんを利用するのは気が引けたけど、その時の僕はそれが最善の策だと思ったんだ。


 ごめんね、テルくん。

 言い訳にもならないけど、僕は切羽詰まってた。


 テルくんはSDカードの中にあるデータの意味はきっとわからない。そして、ITに強い僕に何が書いてあるのかを聞いてくるはずだ。


 そう考えて僕は密かに行動を起した。


 僕の思惑通りに事は進んで、テルくんは僕の部屋にやって来た。


「なぁ、健ちゃん。

 俺さ、SDカードを拾ったんだよ。面白そうだから持って帰ってパソコンに入れたらさ、もじゃもじゃって色んな事が書いてあったんだけどさ…。俺、意味がよくわかんねえんだ。

 何が書いてあるのか、カードの中身見て教えてくれよ、健ちゃん」


「いいけど、中身を見るならここじゃない方がいいかもね」


 僕はテルくんを駅のワークスペースに誘った。そして、パソコンでSDカードを調べるふりをしてこう言ったんだ。


「テルくん、このカードどうやって手に入れたの? 

 すごい事が書いてあるよ。うちの会社の取引先…お金を取った相手の名前やお金を誰に渡したのか…みたいな事がずらっと書いてある。

 これ、欲しがる人は多いと思う。でもその分危ないから気をつけないといけないよ。

 隠し持っていた方がいい。それぐらい値打ちがあって、危ないものだよ」


 テルくんは驚いてた。なんでそんなものが…って。でも、あまり深く考えない性のテルくんは、お守りの中に入れて隠しておくと言ってた。テルくんが肌身離さず持っているならそれでいい。


 幹部達がデータを盗まれたと気づいた時には、テルくんのお守りの中にSDカードがあるって僕が幹部に告げ口する。そうすれば犯人はテルくんという事になるだろう…。


 テルくんには申し訳ないがそうやって時間稼ぎをして、僕は出頭するチャンスを窺うことにした。


 幼稚な策だけど、僕にはそれくらいしか思い浮かばなかった。今思えば、さっさと警察に行けばよかったんだけどね。


 だけど、僕は警察も怖かった。


 だって、僕が手に入れた名簿の中には警察幹部の名前も書いてあったから。下手に出頭したら、情報は握りつぶされて終わりになる。だから、いつ、誰の所に出頭すればいいか情報を集めてた。


 ところが!僕は詰めが甘かった。


 突然会社に捜査の手がはいり、会社の上層部の奴らが根こそぎ警察に連行されてしまったんだ。

 

 僕も警察に連れて行かれた。僕の肩書きは警察に最悪の印象を与えてしまったようで、誰も話をまともに聞いてくれなかった。


【ファイナンシャル アドバイザー 奥山健】


 まるで全ての責任が僕にあるような肩書きだ。


 怖かった。全ての責任を負わされるのかって、本当に怖かった。


 僕は持っている情報で司法取引をしようとしたんだけど誰もまともに話を聞いてはくれなかった。


 だから僕は取調室で刑事に言ったんだ。


「安岡太陽、テルくんが首からぶら下げているお守りを見て欲しいです。中にSDカードが入っていて、その中に顧客名簿のデータがあるんです。以前、テルくんからそれを見せられた事があるんです!」


 ところが、しばらくするとテルくんは女と一緒に死んだと聞かされた。女の祖母も後追い自殺をして死んでいた、って。


「安岡太陽のお守りの中にSDカードなんてなかった。嘘ついて時間稼ぎのつもりだろうが、無駄だぞ」


 僕についてくれた弁護士もろくに話を聞いてくれなくて、罪を認めた方がいいっていうばかりだった。


 なんだか、モヤモヤとする。

 テルくんのSDカードはどうなったんだろう?


 僕を取り調べている刑事さんは何も教えてくれず、時間だけが過ぎて行った。


 勾留期間もそろそろ終わるかなという頃、僕は警察署で恐ろしくまずい飯を食べた。そしたら、ものすごく具合が悪くなって吐いたり下したり…とてもじゃないが起き上がれず、ずっと横になってたんだ。


 そのうち、意識が朦朧とし始めて医者が呼ばれる事になったようだった。


「少しがんばれ。もうすぐ医者が来るから」


 取り調べをしていた刑事さんがそう言ってたのに、医者が来る前に僕は無理矢理どこかに連れて行かれた。


 刑事さんは、こんな状態で連れて行くなんて非人道的です、と何度も抵抗していたけれど、命令だからと僕は無理矢理に連れ出された。


 僕は途中から全く意識がなくなってしまって、どこに連れて行かれたのかすら分からない。


 そして、連れて行かれた僕は…何かされたんだろうか?


 気がついたら僕はここにいて、久我山さんの声が聞こえたんだ。


 久我山さん。僕は悪い事に加担したよ。

 それは認める。

 でも…でもね、やりたかったわけじゃないんだ。

 僕はこんな事は終わりにして普通に暮らしたい。

 だから、僕を助けて。

 ねえ、久我山さん!僕を信じて。


 僕…嘘なんかついてない。






     ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 





 監査室にいた久我山の部下である竹下警部と開発担当の田代純子が、えっ?これって…という顔をして久我山を見た。


 久我山は2人に頷き返し、これから先どうするべきかを必死で考えていた。



「バイタル正常」


 取調室には 'インネル' のデジタル音声が響いた。


 

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