File 2 : 横山薫 2


 これは、いつ頃なんだろう。自分の家だけど、こうして見るとあまり日時の違いがわからない。


 あぁ、でも、そうだ。

 窓辺にシャボテンが置いてある。あれを買ったのは確か…去年の10月だった。


 毎週食材や日用品を届けてくれる宅配サービスの中にの冊子に、珍しくピンクの花をつけているシャボテンがあるのを見つけて買ったんだった。年末が来る前で、早期購入で特別割引…ってやつだったと思う。


 私の家の辺りは毎週、火曜日の午後2時頃に宅配業者がオーダーした物を届けに来ている。


 この記憶は何曜日なんだろうと思っていると、ドアベルが鳴った。私に来訪者などほとんどない暮らしだから、きっと宅配業者に違いない。


「横山さん、宅配でぇーす!」


 いつもの元気な声が聞こえてきた。


 返事も待たず、玄関ドアを勢いよく開けてテルくんが家に入ってきた。火曜日の昼間、テルくんのために鍵は開けたままにしてある。


 私はくも膜下出血後の左麻痺があり、自宅で暮らせてはいたが買い物などは宅配を頼んでいた。


 テルくんはこの辺りの担当で、毎週顔を合わせる青年だった。


「重い物だけ台所に運んどきましょうか?」


「よろしくお願いしたいわ。でも、悪いわね」


 そう言う私に、テルくんはにっこりと微笑む。


「どうって事ないっすよ。大丈夫。

 これも楽しいお仕事の1つでぇーす!」

 

 まあ、家の中に堂々と入って来たのも今思えば…って感じだわね。


 来週の購入リストを渡す私にテルくんはにっこり笑って、また来週きまぁすと、車に戻って行った。

 

 毎回こんな感じでちょっとした会話もするし、時にはチカチカしてる電球なんかも替えてくれる。

 テルくんは心優しい男の子を演じていた。






 ピンポン、ピンポン、ピンポンと3回チャイムが鳴って珍しい客が姿をみせた。


 客と言っても、たった1人の身内、孫の美琴だなんだけど…。


「おばあちゃん、入るよ」


 美琴は持っている鍵でガチャリと鍵を開けて家の中に入ってきた。




 私の夫、娘夫婦は随分と昔に3人一緒に車の自損事故で亡くなり、残ったのが私と美琴だ。事故の後も美琴は就職するまでここに住んでいたから鍵も持っている。


 美琴は男好きな子で、相手をよくここに連れ込んでいた。


 これは血筋なんだろうと思っている。わたしも、美琴の母親もそうだった。


 男が好き。男とするのが好き。


 美琴の母親は見た目がいい男に弱かった。しょうもない男がほとんどで金を貢いでは捨てられる事を繰り返していた。バレていないと思っていただろうが、同じ匂いのする女同士、何もかもお見通し…だった。


 美琴の父親は冴えない感じの男だったが、体の相性が良かったのだろう。ここで同居しいつのまにか入籍までしていた。


 夜になると娘のよがり声がよく聞こえていた。


「お願い、もっと…」

 

 そんな声が一晩中聞こえて、夫と2人で苦笑いをした。


「若かったら俺もお前とやるのにな…。もう、勃たねえよ」


 夫はそう言って私の乳を弄んで笑ったりした。


「じゃあ、あれ、使う?」


 ふざけて聞くと夫は大笑いした。


「バカ!あんなもん使ったらぶっ飛び過ぎて体がもたん!死んじまう」


 あれとは秘密の薬の事。それが出てくるのはまだ先ね。



 ある日、夫はニタ〜っと笑って、良い物買って来たと言った。その手には小さな機械があった。


「盗聴器!あいつらの夜の会話をこれで…」


「まぁ、あなた!!なんて事を…」


 そう言ったけど、2人の留守を待って取り付けた。その夜、私と夫は2人で娘夫婦のあの時の声を聞いた。夫は結構面白がっていた。


「散々よがり声を聞かされてんだ、少しなら良いだろ」


 でもやはり、自分の娘のその手の会話はあまり楽しくなかったらしく、1回聞いてやめてしまった。



 

 そんな両親と祖父母を持つ美琴が、我が家に勝手に戻って来た。


「ここに一緒に住んであげる…」


 久しぶりに現れた美琴がそう言った。


「だって、おばあちゃん1人で大変じゃん? 体半分動かないしさ!いいよね!」


 男に貢いでお金がなくなったからだろう、と思ったがそれには触れず、美琴は優しいね、と言っておいた。


 程なく美琴が引っ越してきた。

 もっと荷物を持ってるかと思ったが、ほとんど何もなかった。


 あぁ、そうか。金に変えれるものは変えて、貢いで捨てられたんだ。

 バカだね。もっと上手くやりなさい


「おばあちゃん、パパ達の部屋をあたしの部屋にするね。だってさぁ、あたしの部屋だったとこ、狭いじゃん?おばあちゃんはもう使わないしさ」


 美琴はニコニコとして親の寝室だった部屋に荷物を入れた。


「お引越しの日だから、鰻食べようよ」


 美琴はさっさと出前を注文し、私の財布から支払いをした。




 それからしばらくすると、美琴はたまに出かけて朝帰りをするようになった。


 仕事はどうしたの、と聞くと、馬鹿らしいから辞めたんだよ、と美琴は言った。


「おっさんばっかりだし…」


 美琴は眉間に皺を寄せて口を尖らせた。


「上司がさ、お金も持ってないエロおっさんのくせに、私に色目使ってさ、食事とか誘うんだよ。嫌でしょ、そんな会社。

 だから、今は時々夜勤のバイトしてんの」


 そっか、大物は釣れなかったんだね。

 だから時折、ウリしてるんだ。


 確かに美琴は美しい女だった。祖母の私が見ても美しかった。その体も男を誘うような体だった。


 私は美琴に何も言ったりはしなかった。


 好きな様に生きていけばいいさ。私だってそうしてきたんだから…

 



 そして、火曜日が来た。


 テルくんはいつも通り玄関から入って来た。


「ちわぁーす。宅配でぇーす!」


 美琴が宅配を受け取りに玄関に行った。


「あれっ?美琴?」


「えぇっ!テルくんじゃん!」


「ここって、そうか、お前んちだったのか」




 こうして、テルくんと美琴は再会してしまった。

 

 運命だったんだよ…ってバカらしい。

 そんなものがあるわけない。

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