第35話 剣術

 翌日、俺はぼろぼろになった体をなんとか起こして、師匠の前に立っていた。


「今日からは、剣術と霊術など様々な技術を午前と午後に分けて教える。まずは剣術だ」


「俺達現主でも剣術は必要なんですか? 素手で殴った方が強いんじゃ?」


「確かに獣化の方が威力が高い場合は多い。だが、燃費も悪いからな。この島に居る以上、大多数の霊獣と戦う機会が多いのはお前も知っているだろう? 最低限だけで切り抜ける技術は必要だ」


「なるほど。余計なことを言いました。すみません」


 確かに言われてみれば、この島に来て既に何度か群れに襲われて死にかけている。


「構わん。私が教えるのは帝国式剣術だ。剣を持て」


「はい!」


「まずは基礎的な構えから。剣は両手で軽く握って持て。体の中心に沿うように、体の正面に剣を構える。足は右足を前に、剣線は喉元くらいに合わせろ。脇は軽く締める程度に」


 師匠はそう言って、剣を持ち構える。

 綺麗で無駄のない動きだった。

 俺は素人だけど、師匠がこの動きを繰り返し練習したことが分かるような動きだ。


 隙が無い。

 俺はミラさんから昔貰った剣を握ると、見様見真似で構える。


「手に力が入りすぎている。背筋も曲がっているし、剣線も低い」


 そう言って、師匠に体を直される。


「よし、これでいい。剣を構えるとなったら何も考えずにこの構えができるようになって、初めて覚えたと言える。それまで何度も繰り返せ」


「はい!」


「この構えは基礎なだけあって、色々な状況にも対応しやすい。まずはこの構えから覚えるんだ。まずは振り下ろしから。大きく振りかぶって、一気に振り下ろす」


 師匠はそう言うと、剣を振り下ろした。

 次の瞬間、空気が斬れ、風が吹いた。

 殆ど見えなかった。


「体幹がぶれないようにしろ。力を全て剣に正しく移動させるためにな」


 俺は再び見様見真似で剣を振り下ろす。

 師匠の時とは全く違う、ただ振り回したような音だ。

 俺は師匠の動きを思い出しながら、ひたすら剣を振る。


「いいぞ。これからしばらくは毎日振ってもらうからな。帝国式剣術では、剣に握った者に必ず伝える教えがある。『心に灯火を、剣に魂を』。この言葉を忘れるな」


「心に灯火を、剣に魂を。ですか?」


 どういう意味だろう。


「ああ。我々騎士は必ず、自分よりも強い敵と戦わないといけない時がくる。心が折れそうになる時がな。そんな時こそ、心を折ってはならない。その時こそ、心に小さな火を灯すのだ。決して大火でなくて良い。その小さな火がきっとお前を助け、足を前に向けてくれるだろう。その気高い魂を乗せた剣は、きっとどんな敵も斬り裂ける。そういう教えだ」


「……分かります。きっといつか自分より強い者と戦う時は来ると思います。その時は、必ず灯火を」


「良い返事だ。お前はまだ若いが、そこら辺の騎士よりよっぽど死線を潜っている。その経験はでかいぞ」


 これから俺は、何度も自分より強い敵と戦うことになるだろう。

 だが、決して折れてはならないのだ。

 必ずここを出ないといけないのだから。


 ミラさんの仇を、そして父さんと母さんにも会わないといけないのだから。

 俺は思いを乗せるように剣を振るった。

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