38. 作戦決行①


 ――――――バツン‼


 そんな音と同時に、イベントステージを照らしていた照明の電源が落ちた。

 途端に、会場は闇夜へと包まれる。



 観客席の最前線にいる僕――――柏 幸太郎は思わず小さくガッツポーズを決めた。


 ……よし、大成功っ!


 茅野センパイが照明スイッチの奪取、暗転に成功したのだ。

 毎年、進行のためにステージ上に照明のリモコンがあるのは確認しておいて正解だった。


「な、なんだ?」

「ちょっとスタッフ⁉ どうなってるの⁉」

「ねぇちょっと、どうなってるのよー」

「何かのイベントかしら?」


 突然の暗転に、会場がざわめきが湧き始める。


 ステップ①。茅野センパイがステージ上に上がり、照明をコントロールしているリモコンを手に入れてステージを暗転。茅野センパイもステージの袖に隠れる。


 僕や楪が、リモコンのあるステージに上がるのは非常に難易度が高い。

 けれど、茅野センパイは違う。


「お、おい! あのちっちゃい子、探してくれ! あの子がイタズラで照明のリモコン押しちゃったんだ!」


 壇上にいた司会者の声が響く。

 そう……迷子にしか見えない。茅野センパイなら、迷子にしか見えないのだ。


「おい、ちっちゃい子はまだ見つかんないのか!」

「無茶言うな! 真っ暗でなんにも見えねえんだ!」


 このタイミング……っ!


 暗闇の中、僕は着ていたオーバーサイズのジャンパーに手を掛ける。


 それを脱ぎ払うと、見掛け倒しのタキシードが露になった。


 ステップ②。茅野センパイが作り出した暗転に乗じて、僕がステージへ上がる。


「照明スイッチ、裏方から入れ直します!」


 今度はイベントステージの袖から、女性スタッフの焦った声が響いた。


 会場の照明はリモコンの他に、裏方に据え置きの電源スイッチもある。これも確認済みだ。


 照明が暗転した後、茅野センパイの捕獲を諦めたスタッフが裏方の電源スイッチを入れ直して再点灯するはず。もちろん、計画に折込済み。


「よっと……」


 照明が再点灯するより早く、僕は密かにステージ上へと忍び上がる。


 そして、腰に紐づけた大袈裟なドミノマスクへと手を伸ばした。


「照明、入ります!」

 

 ――――再びスポットライトが会場を、イベントステージを照らし出す。



 その光の中央で。

「フハハ、フハハハハハハハっ!」


 僕は、高らかに笑い声を響かせた。


 ドミノマスクに影を差し、宝石【アルタイル】の前で大袈裟にマントを翻す。


「我が名は……怪盗マスカレード!」


 僕は盛大に、怪盗として名乗りを上げた。


 ここまで来れば、もうヤケクソだ。

 下手に恥ずかしがって作戦を台無しにする方がずっと怖い。


 呆然、もしくは唖然とする観客の視線を浴びながら、事前に考えておいたセリフを続ける。


「予告状通り……今宵、神秘の瞳『アルタイルの涙』を頂きに参上した!」


 突然の暗転からの、謎の怪盗の出現。

 客席やイベントステージのスタッフを問わず、会場には混乱と困惑が声になり始める。


「ちょっと、何あれ?」

「あれじゃない? ヒーローショー的な」

「あー予告状がなんとかって、さっき言ってた気がする」

「いや普通に不審者っぽくね?」


 ざわめきだす会場で、スタッフすら互いに困惑の表情を見合わせている。

 よし、誰も状況を理解できていない今がチャンス!


「フハハハハ、メインディッシュはここからだ!」


 再びマントを翻した僕は、大袈裟な動きで指パッチンを鳴らす。

 ――――パチィーン!


 ステップ③。僕の合図で、茅野センパイが会場を再び暗転。観客席後方に潜んだ楪が――――


 会場に響き渡る指パッチンをスイッチに、会場は暗黒に包まれ……ない。

 あれ、ちょっと? 茅野センパイ?


 視線を彷徨わせると、ゲスト席に掛かったテーブルクロスからお尻が出ている。


 ……おしりに造詣が深い訳ではないが、断言できる。あれは茅野センパイだ。


 もぞもぞ。おしりの横から右手が出てきてサムズアップを決めた。


「ん、んん」


 僕は咳ばらいをしつつ、翻したマントを整えた。


 そしてもう一度。


「フハハハハハっ! メインディッシュはここからだ!」

 マントを大きく翻し、強く指を唸らせた。

 ――――パチィーン!


 再び、照明の暗転。

 今度こそ、会場は暗黒に包まれた。


「きゃっ!」

「な、なんだぁ⁉ またか⁉」


 ありがとう茅野センパイ。出来たら一回目でやって欲しかったな。


「ちょっとステージ班! 照明は!」

「リモコンが無いんですぅ!」

「あのちっちゃい子どこ行ったんだよ!」

「裏方! もう一回、照明のスイッチ入れて!」


 暗闇の中、雑踏がその身を成長させていく。


 そんな混沌とした会場を、ひと際に大きく異質な声が切り裂いた。


『それでは諸君、【アルタイルの涙】はこの怪盗マスカレードが頂いたっ!』


 声の元は、イベントステージから距離にして数十メートル先。客席後方。


 響いたのは、紛れもなく僕の声だ。


 もちろん、瞬間移動なんて出来ない。


 変わらず僕は暗闇のイベントステージで【アルタイルの涙】の前に立っている。

 ――――そう、この声は僕自身の声ではなく、録音した僕の声だ。


 ステップ③。再び暗転した会場の観客席後方、録画しておいた僕の声を楪が再生。会場の注目を一気に観客席後方へと誘導する。


 ……ナイスタイミング、楪!


 暗闇の中、僕は適当な方向にサムズアップを送る。逆方向だったらごめん。


 神出鬼没の怪盗が現れ、会場が暗転し、怪盗の声が響いた。


 暗闇の後方から僕の声を再生する事で、会場後方の大きな演出で注目させ「瞬く間に盗まれた」と観客に認識させる。その陰でイベントステージの本命の動きを忍ばせる技術。


 いわゆる、マジックのミスディレクションだ。


「ちょっと、コレほんとにマズい奴なんじゃないの!」

「おい! 裏方ぁ、まだ照明は点かねぇのか!」

「すげぇ、今年は随分と本格的だなぁ……」


 会場の雑踏が、更に勢いを増していく。


「……きました! 照明、入ります!」


 再び裏方の女性スタッフの声が響く。


 イベントステージ、全照明の再々点灯。イベントステージを光が包む。


 きっと二回目の再点灯は、更に早くなる。もちろん、それも織り込み済みだ。

 むしろ、再点灯までもが計画なのだ。


 照らされたイベントステージを覗いた時、観衆はようやくミスディレクションに気が付くのだから。



 そう。僕が影になる。だからこそ、彼女は輝く。


「そうはいかないよ、怪盗マスカレード!」

「な、なんだ貴様は! この怪盗マスカレードに触れるとは!」


 僕は大袈裟に演技を続けながら、光から現れたその人と視線を交わす。


 誰もがミスディレクションの餌食となる最中。

 ステージ上で今まさに今、お宝を手を伸ばす怪盗の腕を掴む……名探偵と。


「シャーロット……あたしは人呼んで、名探偵シャーロットちゃん!」


 

 ステップ④。 名探偵が現れ、可憐に見事に怪盗を捕まえる。


 

「め、名探偵シャーロット……だとっ⁉」


 よろめく僕は、さながらヒーローショーの敵役よろしく後ずさる。


 ……このタイミングが、今回のミッションの核だ。


 藤宮さんが名探偵として名乗りを上げる瞬間。

 名探偵として、藤宮さんをどれだけ演出する事が出来るか。


「こーの名探偵がいるからには、お宝には指一本だって触れさせないんだから!」


 いかにも名探偵といったベレー帽を被る藤宮さんの、キリッと決めた表情。


 ……まさか観客の誰も、コレが八百長だとは誰も思うまい。


「頑張れ! 名探偵―!」


 観客席から、そんな声が響いた。

 見れば、声の主は小さなロボットのおもちゃを握りしめた男の子。


 更に、その横に座っている別の男の子が立ち上がって叫ぶ。


「名探偵―! そんな怪盗なんて捕まえちまえー!」


 斜め前に座った、恰幅のいいお兄さんが。


「頼むー! アカツキの宝を守ってくれー!」


 その横のギャルっぽいお姉さんが。

 すぐ後ろに座ったお爺ちゃんと手を繋いだ孫が、立ち上がって声を張る。


「いいぞー! かわいいぞー!」

「そんな奴、とっ捕まえちまえー!」

「ボクらがついてるぞ! 負けるなー!」


 気づけば、イベントステージの観客席にいる大半が立ち上がって応援している。

 一丸と成った声によって、完全に会場は熱気で包まれていた。


「お、おぉ! 頑張れ、名探偵!」

「こぉんなの聞いてないよぉ、スタッフぅ!」


 イベントステージの司会をしていたアナウンサーが、掲げた片腕を遮二無二に振り始める。

 横に立つラジオパーソナリティーも、苦笑いしながらそれに続いた。


 この一連のイベントを、イベントステージの催し物だと判断したらしい。


 祭りが。花火が。人が。夜が。熱が。汗が。

 イベントステージに立つ僕らを、享楽の渦へと沈めていく。


「さぁ勝負! 怪盗マスカレードォ‼」


 大喝采を背に、満足げに白い歯を見せる藤宮さん。


 いいのか、名探偵。

 名探偵っていうより、もうヒーローショーだ。

 

「ふははは、ふははははっははあー!」


 ……我ながら、本当によくもまぁ頑張った。


 学校の変わり者に絡まれて、変な約束を押し付けられて。

 ネトゲばっかりで友だちすら作れないのに、人気喫茶店でバイトを始めて。

 気まずかった元カノと再会して、変な企みに巻き込んでみたりして。

 可愛いけど年下みたいな、変な先輩と買い出しに行ってみたりして。


 数カ月前には想像も出来なかった、……お祭りみたいな毎日。


 目の前の名探偵が、ふいに不敵に微笑む。


「どしたの、怪盗マスカレード。万事休すで笑うしかって感じ?」

「……まぁ、案外こんな舞台も悪くはない。と思ってな」


 僕が夢見ていた高校生活は……案外、こんなにも滅茶苦茶なモノだったのかもしれない。


 なんて事を、考えていた瞬間。

 

「――――――藤宮ぁー‼‼‼ なぁぁあぁぁぁにしてんだ、お前ぇえええええええ‼」

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