26. 無敵(無敵)

「わたしはこーたろ、好きだよ?」

「んなぁっ!? 何言ってるんですか茅野先輩!?」


 おぉ、慰めてくれるらしい。

 茅野センパイは優しい子だなぁ。


「ありがとうございます。 僕も茅野センパイ好きですよー」

「くぁwせdrftgyふじこぉ!?」


 ベンチの反対側で、もはや人間には聞き取れない奇声をあげて捩れる楪。


 なんか本格的に壊れちゃった、楪さん。


「んー」


 両手で掴んだ僕の手を頭に乗せ、ふんすと鼻を鳴らす茅野センパイ。


 もっと撫でろ、ということらしい。


「はいはい」


 撫でられるがままに、右へ左へ揺れる茅野センパイ。


 なぜだろう。

 存在しない筈のレッサーパンダの耳と尻尾がフリフリと揺れて見える。


「そうだ楪、怪盗団のことについてなんだけど」

「な……なんですか」


 ぜーぜーと呼吸を乱しながら、楪がベンチにもたれかかる。


 なんで満身創痍なのこの人。


「怪盗団を作るそもそもの目的が「名探偵藤宮さんバシッと怪盗団を捕まえる」だから、最終的には藤宮さんに捕まらないといけないんだけど、それでもいい?」

「え、いやです」


 いきなり真顔で応える楪。


 表情の切り替え速度は、さすがは女優と言ったところか。


「そこをどうにか」

「いやです。 私、怪盗団してるのクラスメイトにバレたくないですし」


 確かにそれは僕も嫌だ。


 ただでさえクラスメイトから覚えられてないのに、ポンコツ探偵に掴まった自称怪盗の男、で認知されるのは正直言って一番キツイ。


「仮面とかで正体を隠すのはどうでしょう? 怪盗団っぽいですし」


 確かに、それなら正体も学校の人たちにバレないで済むかも。


 僕は努めて明るく手筒を打った。


「それじゃ、仮面をつけて藤宮さんに捕まるっていうのは」

「嫌です」 


 ですよね。

 まぁ……協力してくれるだけありがたい。


「怪盗団のリーダーっぽい僕が捕まれば、藤宮さんも満足してくれるかな」


 たぶん、というか絶対に僕はにがしてもらえないだろうから、なにか手段を考えないと。


 名探偵が、怪盗団がお宝を盗み出すのを可憐に阻止……とか。


 いや、探偵と怪盗の勝負的にはイーブンみたいなところあるから多分満足してくれないな。


 やはり最低でも僕一人は藤宮さんに捕まる必要があるか……。


「かいとーだん?」


 膝元の茅野センパイが、上目遣いで大きな目を煌めかせる。


「あ、はい。 藤宮さんに絡まれて怪盗団を作るハメになったんです」

「怪盗団って、あのお宝をぬすむ?」

「そうです、その怪盗団。 今のところメンバーは僕と楪しかいませんけど」


 右肩に掛かっていたオーバーオールの紐が、ずるりと落ちる。


 太陽を閉じ込めた瞳を、大きく輝かせる茅野センパイ。


「おー」


 空に掲げた小さな両手の間、アホ毛が激しく左右に揺れる。


「かっこいい。 わたしも怪盗団、やるー」


 うん、言うと思った。

 しかし楪の時とは話が違う。


 茅野センパイがいくら小さくて可愛いとはいえ、これでも立派な先輩だ。


 こんな訳の分からない珍事に巻き込んで、内申点にでも響いたら大問題である。


 よし、ここはやんわりと自然にお断りしよう。


 できれば、センパイが怪盗団に興味を失う形が一番望ましい。


「茅野センパイ。 確かに怪盗団はかっこいいですけど、きっと僕たちがやる怪盗団はそんなにかっこよくないですよ」

「かっこよくないー?」

「はい、かっこよくないです」

「かっこよくするー」


 うん、全然ダメだ。


 この程度では、茅野センパイの怪盗団への興味は俄然消えないらしい。


 よし、ここはドン引きする様な内容で興味を添いでいこう。


「僕らは怪盗団ですけど、ミッションで虫とか食べます」

「え」


 横から聞こえた楪の声は一回無視する。


「むし、食べてみたーい」


 無敵だ、この先輩。


「待ってください幸太郎、なんで虫……食べるんですか?」


 震える楪の声は聞こえなかった事にして、もう一度別の案を考える。


 何かないか、茅野センパイが怪盗団から興味を失わせる方法……


「おーい! こんな場所で、なーにしてるのー!」


 と、その時。

 少し先の道路から頭に響く、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

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