ep.3 確かに井戸は狭いが、世間はそれよりずっと狭い。

22. デートはいつも突然に

「はぁ......」


 高校生の休日は、とにかく暇がない。


 かくいう僕も例外ではなく、今日もバイトで喫茶ハコニワの前に立っていた。


 つい先月まではゴロゴロと惰眠を貪れていた土曜日が、遠い記憶にすら思える。


「慣れないなぁ……何度来てもこのオシャレ建物」


 しぶしぶ裏口を開けると、事務所に人影が一つ。


「柏か。 何してんだお前」

「店長、おはようございます」


 そこにいたのは、私服であろう真っ黒なタンクトップを来た店長だった。


 今日は、オールバックが如く逆立った髪もそのまま放置されている。


 いつものピッシリと決めた黒yシャツと丁寧にセットされたヘアセットは見る影もない。


 いや圧つよ、ガラ悪ぅ。 コンビニに居たら絶対に目を合わせないぞ僕は。


「お前、藤宮から聞いてないのか?」

「何がですか?」


 はぁ、と軽く一息が店長から漏れる。


「今日はウチの店は臨時閉店だ。 新商品の開発をするからな」

「え、全然聞いてませんよそんなの」


 店長は手に持ったペンでトントンと机を軽く叩きながら。


「藤宮が「あたし連絡先持ってるし、柏くんに伝えておきます!」って言ってたんだがな」

「......藤宮さんがですか」


 僕は慌ててスマホのチャットアプリを起動する。


 名探偵☆シャーロット『そういえば、明日バイトで新しいケーキ作るみたいだよ』

『柏くんのイチゴ、いらなかったらちょうだい』

 

 あのポンコツ探偵、臨時閉店に関する情報ゼロじゃないか。


 もしかして端から僕に臨時閉店を伝える気すらないんじゃないか?


「おーっはようござーま―す!」


 と、その時。

 僕と店長の間にある裏口の扉を元気に開け、事務所に藤宮さんが入ってきた。


「……藤宮、今日は新作の試作をするから臨時閉店だと伝えた筈だが」

「あれ? そうでしたっけ? てっきり新しいケーキが食べれるバイトの日なのかと」


 違った、藤宮さん本人が臨時閉店の概念を理解できてないだけだった。


「こーたろ、ふじみやこーはい。 どしたの」


 事務所の端にある階段(茅野家に続く)階段から、てとてと小さな足音。


 ひょっこり顔を覗かせたのは、茅野センパイだ。


「かやちゃんセンパイ、おはようございまーっす!」

「うん、おはよ」


 事務所まで降りてきた茅野センパイ(パジャマ)は、不思議そうに僕と藤宮さんを交互に見比べた。


「藤宮こーはいも、こーたろも、今日はしんさくかいはつでバイト休みじゃなかた?」

「藤宮さんの勘違いでバイトに来ちゃったんですよ」

「ん、そなんだ」


 若干寝ぼけているのか、活舌が怪しいまま目を擦る茅野センパイ。 かわいい。


「そか。 おにぃ、ちょうどいい」

「んん? あぁ……確かにそうか。 せっかく来たし、意見も聞きたいから賄いでも作ってやるか」


 店長が言い終わるや否や、弾丸が如く飛び上がる藤宮さん。


「むむ! むむむむむ!」


 自称名探偵が、そそそっと店長の方へ移動して。


「つまり、あたしたちの仕事は試食ですね!」

「ま、そうだな」


 僕のソシャゲで最高レアを引き当てた時みたいに踊る藤宮さん。


「いやったぁー!」


 実に単純……いや、楽しそうで何よりだ。


 その様子を見届けて、僕はくるりとつま先の方向を裏口へ変える。


「それじゃ、僕は今日はこれで」


 バイトが無いなら越したことはない。

 家でネトゲタイムと洒落込もうではないか。


「こーたろ、どこいくの」

「いや、バイトが無いなら家に帰ろうかと」


 茅野センパイは不思議そうに頭を小さく傾けて。


「バイト、ある」

「え」


 ぎゅっと、俺のパーカーの端を茅野センパイが掴んだ。


「おにぃと藤宮こーはいが新作つくってるあいだ、わたしと買い出し、いくよ」

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