20. 出雲崎楪のReスタート
「はい、そこにお座りなさい柏くん」
翌日。
昼休み、席でソシャゲを弄る僕の前に藤宮さんは立った。
「いや既に座ってるんだけど」
「こぉの名探偵に言い訳は通用しないからねん!」
えぇ……いつもおかしいけど藤宮さん今日は更におかしい。
「あたし、怒ってます柏くん!」
「へぇそうなんだ」
暫し無言で見つめ合う僕と藤宮さん。
え? ……どうした?
あ、聞かないと進まないやつ?
「えっと、藤宮さんは何に怒ってるの?」
「それは柏くんの胸に聞いてみなさい!」
うわぁ面倒くせぇこの人。
藤宮さんとずっと見合うのも気まずいので、適当にスマホでメッセージアプリを起動する。
すると、先週に藤宮さんから送られてきたメッセージがトップに表示されていた。
誰も僕にメッセージなんて送ってこないから、当たり前である。
「あ、もしかして怪盗団のメンバーをまだ誰も増やせてないから?」
じろり、と半分閉じた目を向けてくる藤宮さん。
おそらくこれで当たりっぽい。
「だって柏くんメール送ったのに返信ないし、なんなかんや有耶無耶になって帰っちゃったし!」
「前回のバイトは、楪の一件でそれどころじゃなかったから……」
本当に、昨日の僕はよく頑張ったと思う。
厄介客の対応に続き、あの後、店長と1時間ほどタイマンで事務作業をしてたんだぞ僕は。
店長、正面に座ったまま一言も喋らないから、怖すぎて心臓止まるかと思ったほんとに。
「確かに昨日の柏くんは、ちょーっと頑張ってかもしれないけど! それはそれ、コレはコレ!」
「藤宮さん、なんというかもう少しこう、手心というものを……」
そこでふと、僕は気がついた。
僕らを囲うように教室が、ガヤ、ガヤガヤと随分騒がしい。
「おい、藤宮の連絡先まで持ってるっぽいぞ」
「マジかあの男子……アイツ……誰だっけ?」
「藤宮が勝つに350ペリタ賭ける」
クラスメイト達の多くの視線がこの席に集まっていたのだ。
こ、これは陰キャに堪える……っ!
あと何かしらで僕が藤宮さんに負ける方に掛けたクラスメイト、顔覚えたからなお前。
次の席替えで僕と席が隣になる呪いをかけてやる。 うわ僕が嫌だなそれ。
「ちょっと、柏くーん? まだ責任取ってもらってないんですけどー!」
「わ、わかったから藤宮さん!」
そうか、ポンコツ過ぎてすっかり忘れてたけど、クラスで最も視線を集める藤宮さんと最も視線に映らない僕がいる事自体が珍しい光景なのか……!
「藤宮さん。 とにかく場所を変えない?」
「ん、どうして」
あなたが喋る度にクラスメイト達が訝しんだ目で僕を見てくるからですよ。
とは、ストレートには言えないよな。 絶対に状況が悪化するだけだし。
「ほら。 怪盗とか、こんな公の場で話したらマズイでしょ」
「あ、確かに!」
名探偵と秘密の怪盗っぽさが出て嬉しいのか、藤宮さんが途端に目を輝かせ始める。
うはー、チョロくて助かったこの人。
それから約5分後。
「へー、学校にこんな場所あったんだね」
「普段は誰もいないし、道が草木で隠れてるから」
校庭に出た僕と藤宮さんは、その端に隣接した雑木林にある屋外ベンチに来た。
ここは僕が教室いるのが気まずい時、一人でソシャゲに浸る秘密基地みたいな場所だ。
こんな場所に誰かいる訳もないし、秘密の話にはうってつけだろう。
「あれ、幸太郎じゃないですか」
「うわぁ!?」
背後からの声に飛び跳ね振り向くと、そこには見覚えのある姿があった。
「ゆ、楪か」
「わぁー! 出雲崎さぁーん!」
「こんにちは、藤宮さん」
笑顔のままで楪は、抱きつこうとする藤宮さんのおでこを抑えて静止させる。
一方、届く事のない両手をブンブンと伸ばす藤宮さん。 なんだろう、実に哀れだ。
「二人はどうしてこんなところに居るんですか?」
「前に話した怪盗団の話しててさ。 教室だと目立っちゃうから、移動してきたんだ」
「目立っちゃう……確かに目立ちそうですね」
「あれー! 出雲崎さんに届かない!」
藤宮さんは頬振りしようと楪へ走り続けるも、おでこが抑えられているのでひたすら足踏みしている。
あるよね、こういう動物の賢さ実験みたいなの。
たしか犬とか賢い動物は走るのを辞めるんだっけ。
「そういう楪はなんでこんな所に?」
「教室に熱心なファンみたいなクラスメイトがいて……よくここで隠れてご飯を食べてるんです」
さよなら、僕の秘密基地。 全然普通のベンチだったよ。
「って、熱心なファンて」
ふと前回のバイトが脳裏に過ぎる。
相手は女子とはいえ、あんなことが日常茶飯事なんだろうか。
「大丈夫ですよ、ちょっと好きを拗らせた女の子ですから」
それはそれで、果たして大丈夫なんだろうか。
まぁ……本人も言ってるし、大丈夫な事にしておこう。
「そうだよ柏くん! 大丈夫じゃないよ! 怪盗団のメンバーの件、何も解決してないよ!」
ばっと突然、頭だけをこちらに向けた藤宮さんが言い放つ。
ちぃ、思い出しやがった。
「えーっと、楪」
「すみません光太郎。 先にお話ししてもいいですか?」
少しだけ強い語気で、楪が言い切る。
やはり眠そうな色素の薄い瞳に、どこか紅潮した頬。
「あ、うん。 いいけど」
「……」
「………えっと、何かな」
えぇなに怖いんですけど。
「………その」
楪が居場所を探る様に両手の指をまぐ合わせる。
「…………」
「…………」
なんだこの時間。
ふと、楪がプイっと僕から顔を逸らした。
「ぜ、前回のバイト、助けてくれて……あ、ありがとうございました」
「あ、うん。 どういたしまして」
なんだ、そんなことか。
随分と間をおくから、てっきり何か重要な事なのかと思った。
「そ、それじゃ、幸太郎の要件をどうぞ」
「あ、うん」
改めて、僕と楪は向かい合う。
「……えっと、楪」
「は、はい、なんでしょう」
つい言葉に詰まる。
え、何この雰囲気。 なんか告白みたいじゃない?
ちょっと藤宮さんなんで両手で顔覆ってるの? やれって言ったのあんたなんだから、恥ずかしくならないでくれよ!
「幸太郎、どうしたんですか?」
どこか満足げに、いじらしく覗き込んでくる楪。
……なんか、からかわれてる気がする。
ちょっと気恥ずかしいけど、恥ずかしがる方が術中にハマってるみたいになるな。
「……その、よかったら僕と怪盗団を一緒にやってくれない?」
ダメ元とは言え、聞いてみるだけ聞いてみよう。
すると楪が、目の横に垂れた自身の髪をクルリと指先で弄る。
「どうしても、どうしてもというなら……考えないこともありません」
「だよね、流石にこんな突拍子のない……え、いいの?」
呆然と返す僕を、楪は身体を向けないまま時折チラチラと覗き込んで。
「仕方なく、ですよ。 あくまで仕方なくですから」
………マジか。
いや、マジか。
「いやったぁー!」
この場の誰よりも笑顔な自称名探偵が、大きく飛び跳ねる。
かくして、ポンコツ探偵藤宮さんに捕まるための怪盗団は二人目のメンバーを迎えた。
僕以外のメンバーが、まさか元カノの楪になるとは想像すらしていなかったけど。
「幸太郎」
楪が視界の端でぽつりと呟いた。
「逃しませんよ、今度は」
何のことだかわからないけど、僕は逃がされないらしい。
返す言葉も思い付かず、聞こえない振りの僕は下手くそな苦笑いを浮かべた。
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