いち

第1話

懐かしい。




イヤフォンから流れてきた曲に抱いた感情は、たったそれだけだった。






仕事終わりに乗る電車は、今日もくたびれた顔ばかりが並んでいた。




私は優先席の前に立ち、誰が触ったのかもわからないつり革を躊躇いがちに左手で掴んだ。




自分だけの心地よい環境をつくるために、耳に突っ込んだイヤフォンからは、未だに懐かしい曲が流れ続けている。




タイトルも歌手名もサビも、すぐに頭に浮かぶ。




それは、中学三年の頃の私がその曲に幾度となく励まされ、涙し、口ずさんだ結果の賜物だった。




受験のプレッシャーに押しつぶされそうだったあの頃の私にとって、この曲は、戦友であり、応援歌であり、恩師であり、宝物だった。




でもね、15歳の私、あなたがもう11年ばかり歳を重ねた未来では、この曲を聴いても何とも思わなくなる私がいるのよ。





そんなことを当時の私に言ったら、目を吊り上げて憤怒するだろう。


そんなはずない!と。




私の前の優先席では、首を痛めそうな角度で眠るサラリーマン、


その横でスマホを見つめる派手な服を着た年齢推定不可能な女性、


さらにその隣では音楽を聴きながら、ぼうっと車内の広告を眺めている男性。





私はちらりと横目で、扉の入り口に立ち、わずかに腰の曲がった白髪の老人男性を見た。




見て、それで、見た、それだけだった。

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