【改稿版】血槍の半吸血鬼
移季 流実
第0話 旅立ち
人族である皇帝の冠する大陸帝国の都シュタット。
しかし、都には数多の悪どい亜種族が集う。
亜種族たちは、人族である皇帝が暮らす都シュタットへと集い、立場の弱い皇帝を傀儡とすることで間接的に人族を支配していた。
かつて人族の村で人族同様に育った半吸血鬼の少女がいた。彼女は、たしかに希望に満ちて都シュタットへと旅立ったはずであった。
その旅の果てに待つ日々が、どれだけ過酷なものとなるかなど知らずに――……。
都に辿り着いた少女は、今日も血に塗れた槍を振るっている。
それは、帝国軍暗殺部隊の早朝の定型作業として行われる死刑執行の任務だった。
血に淀んだ空気と振り払うかのように、少女は
――反乱を企てる人族を殺すことで、本当に戦争が防がれているの……? ――本当に、私はまた……ミラクと出会えるの……?
少女の自問は幾度となく繰り返されたものだった。その答えは今日も出ることはない。少女は俯く。
「血槍、そこで一体何をしていますの? もう行きますわよ」
「……そうね……」
少女は再び顔を上げる。眩しい日の光に顔を歪ませる。
――太陽をこんなに熱く感じるのは一体いつからかしら。
青い空が、少女に在りし日の旅立ちの記憶を呼び起こしていた。
*
晴天。
心地よい潮風に黒髪がなびく。
天が私の門出を祝福してくれているかのように思った。
鼓動が高鳴り、口角が上がる。肩に担いでいた槍を思わず握りしめた。
見渡す限りの青い空と海を目に焼き付ける。
「じゃあ、行ってくるね! みんな!」
私は笑顔で言った。
私は今日、帝国の都シュタットへと旅立つ。
育ての親であり、槍術の師匠であるライトをはじめとする村の面々が、見送りに出てきてくれている。
歳を取った村長は涙を流し、村の子たちも涙ぐんでいる。
ライトだけは、泣いていなかった。
「いいか、サキ。旅の道中、決して外套を脱いではいかんぞ。ここは帝国西部。幾度も教えたが、本来、亜種族の少女が一人で歩けるような場所ではない」
ライトは私の外套を整えながら言う。
「はいはい、わかってるわよ。でも……西部に私より強い奴なんて、きっとライトしかいないわ。もし盗賊なんかに襲われても、返り討ちにするから心配ないわよ」
ライトの小言に笑いながら返す。
さらに「ひと月前にドラゴンを狩ったことで、ライトが言った旅に出るための条件ならすべて満たしたじゃない」と付け加える。
すると、ライトは、大きな手で私の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「な……なによ。私、もう十五歳なのよ? 子どもじゃないんだけれど」
「……そう言ううちは、まだまだ子どもだ。……油断せず、気を引き締めて行きなさい」
ライトは、強く私の背中を押した。
「……ライト。いってきます」
数歩歩いて、振り向く。
みんな、泣きながらも、笑顔で見送ってくれていた。
ライトだけは、泣いておらず少しぎこちない笑顔を浮かべている。
……でも、ライトは昨夜の宴では、今まで見たこともないほど泣いていた。
……ライトは昔から酒に酔わない。
本人は隠していたつもりかもしれないけれど、酔っているふりをして泣いたということは、私と村長は分かっていた。
……もう髪も髭も白く染まりきって久しいというのに、ライトは相も変わらず素直ではないものだわ。
そんなことを考えながら、再び前を向いて踏み出した。
もう、後ろを振り返らなかった。
「……いい天気ね」
前向きな気持ちのままに、空を見上げる。眩しい日の光に鼓動が高鳴った。
黒い翼が、まだ慣れない窮屈な外套の中でひらひらと動く。
私の感情に合わせて勝手に動くこの黒翼は自由に動かせない。体の大きさに比べ小さく、飛ぶことなどできないただの飾りのような翼。
みんなには無い、黒い翼。
私に表れている吸血鬼族の特性は、混血ということもありこの翼くらいだ。
日光に照らされても私は平気だ。
純血の吸血鬼族はひどく日光を嫌うらしいけれども。
村長に「生き血を啜れば何か変化があるかもしれんが」と言われたことはあるが、私が人族の血も引いているため、それはライトに止められている。
帝国西部は、人族が多く、亜種族への嫌悪が強い。吸血鬼族の翼は悪目立ちするだろうから、とライトは外套を用意してくれた。
人族と亜種族は対立して久しい。
私たちの暮らす大陸帝国の政治は、五十年前の建国以来、ずっと不安定だ。
帝国は、五十年前に起こった大陸中を巻き込んだ『大陸戦争』の末に成った国だ。
様々な種族、民族が共存するけれど、未だ、紛争や小競り合いも絶えない。
帝国西部の海沿いの小さな村、シャトラント。
肌に心地よく吹く潮風に誘われて海に目を向けると、壮大だが穏やかな岩場の綺麗な景色が見える。
このシャトラント村で私は育った。
私は、村のみんなが好きだ。
……亜種族の血を引く孤児である私を、分け隔てなく育ててくれたから。
生みの親のことはよく知らない。
私の母らしき人族の女の人が、シャトラント村に私を託して死んだらしい。
知っているのはそれくらいだ。
私にとって親はこの「サキ」という名前をくれて、生きていくための術を教えてくれたライトだ。
私の母らしき女の人が死んでしまったあと、村の会合で蝙蝠ような翼を持つ赤子についての話し合いが行われたという。
そこで、ライトは私を引き取ると宣言したらしい。
『この子は俺が預かろう。……同じ亜種族の血を流す者としてな』
ライトには鬼族の血が流れていた。
ライトも私と同じくシャトラント村で孤児として育った。
ただ、ライトには鬼族特有の角は生えておらず、完全に人族そのものの外見だ。私は小さいけれど翼が生えているから、その点は異なる。
村長は「ライトは、自身と同じような身の上であるサキのことを放ってはおけなかったのだろう」と言った。
ライトは少年のころにシャトラント村から、亜種族と人族の戦争……のちに『大陸戦争』と呼ばれる歴史上最大最悪の戦争を終わらせるために旅立った。
そして数十年のあいだ帝国軍人として活躍した後、余生はシャトラント村で送ると決め帰郷し、私を引き取り育てることになったという。
……実は、私がこんなに詳しい事情を知ったのは旅立ちの前夜だ。
村長が私を送り出すため宴を開いてくれた。その宴で、村長がこっそり教えてくれたんだ。
酔ったふりをして泣いたライトは、宴の場で「俺はもう寝る」と宣言して部屋の隅で寝てしまった。
そんなライトを横目に、村長は涙ながらに物語を話すように語った。
正直、そのときは大袈裟だなと思った。
しかし、一人で木に寄りかかり夜空の星々を見上げていると、いろんな感情が溢れ出してくる。
帝国の都シュタットを目指して一人、村を出て二日目の夜。
「ライト…」
血はつながっていなくても、ライトは紛れもなく私の親だ。
ここ数年で緑色だった髭も髪も、真っ白になった。かなり年なのに、私は手合わせでは、ライトを負かすことはなかった。
……私は十五歳だからまだ成長の余地はあるはずだけれど。
きっと都から帰る頃には、ライトより強くなっているわ。
何の根拠もないのにそう信じて疑っていなかった。
もうずっと森の中を歩いているけれど、まだ孤独な野宿は慣れない。
ふた月ほど旅をすれば、都にたどり着くはずだ。
帝国最西部の辺境であるため、この辺りは人通りはほぼないけれど、もう数日すれば徐々に、交易商や冒険者も増えていくはずだ。
私の槍術では、都シュタットで軍功を上げることも可能だとライトは言ってくれた。
そうだ。……きっと名を上げよう。
都で、強い人と心が震えるような戦いをたくさんする。
命懸けの戦闘の末に、相対した強者のことを打ち負かす。そして……私はその戦いを糧にして、もっと強くなるんだ。
……本気でぶつかり合った人とは、心が繋がり合う。命懸けの戦闘をすることで、分かり合うことは、何よりも楽しい。
……軍で戦って戦果をあげて、たくさんお金を稼いで仕送りをすれば、村への恩返しにもなるものね。
「……こんな西部の端では、殲獣以外では戦いを楽しめるような強者とは出会えそうにないわ。……はやく、都に着きたいわね」
星空を見上げてつぶやく。
都シュタットに着くまでの冒険と、着いてからの軍での戦いの日々に夢を膨らませていた。
不安もある。
だけれど、どうしようもない程に溢れ出す好奇心と未来への期待が私を突き動かして止まないんだ。
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