第52話 ユリの失敗(3/3)前編
ブラッドの目はユリの居る草むら凝視した。黒目は大きく威圧を見るものに感じさせるに十分だった。ブラッドは叫ぶ。
そこの草むらに居る奴、出て来い! 居るのは分かっている!
ユリは大きなミスをしてしまった。ララの鬼女顔に驚いてしまったからとは言え、大きな声を出してしまったからだ。
ユリは、出るべきか、隠れ続けるべきか悩んだ。しかし、声を出してバレてしまって居ることが、ユリに観念させた。ユリは、そのまま草むらの近くに立ち上がった。ブラッドの威圧がそれを後押ししたのも確かだった。
起き上がった直後は緊張して言葉を出すことも出来なかった。これから自分がどう扱われるのか見通せない恐怖があったからだった。
ララの人型権化体は、ユリに一度目をやってから、その視線を切ると、ブラッドにその頬を寄せて囁いた。
面倒なことになりましたね…。そもそも、貴方が招いたミスです。私は権化体と言えども、見られる訳には行かない。…大丈夫ですよ。相手は子供のようです。勘違いと思わせれば、見つかったことにはならない。…何とかなさい。
それだけ言うと、ララの人型権化体は崩れ去り、幾分かの土煙だけを残し、地面に吸い込まれた。
あ、ララ! 俺に全てを投げて逃げやがった…。この責めは後で…。
面倒を押し付けられたブラッドは歯噛みしたが、謎の闖入者の手当てが先だと判断し、問題の少年に向き直った。
お前! 何者だ! そこで何をしている!!
ブラッドはユリを尋問した。リトルゴットに転生する前は追跡者だったのだ。尋問や拷問は、お手の物だ。転生後でも、その追跡者としての能力は受け継いでるようだった。
極度の緊張から、ユリには言葉が出なかった。そして、ブラッドの要求の半分も聞こえては居なかった。だから、ごめんなさい…とただ素直に謝るのが精一杯だった。
しかし、どうにかごめんなさいと絞り出せたのは、母エリから間違ったことをした時は、素直に謝りなさいと言いつけられていたからだった。そしてやがて、ぼつぼつと語りだした。
盗み聞きなんてして、ごめんなさい。ボクはこの先の宮殿に住むユリって言います。テフを…。蝶々を追い掛けてこの近くまで来たら、誰かの話し声がして、面白そうだと思って、聞いてみたくなったんだ。それで、こっそり草むらから伺うことにしたんだ。でも、そうしたら…。
ユリは異変に気がついた。影から現れた女性が居なくなっているからだった。
あれ? 女の人は?? 影から女の人が出てきたんだよ。おじさんと話してたでしょ? それにおじさんこそ、ここで何をしていたの? ここにはお母様とボク以外は居ないはずだよ?
ユリは無邪気に反省しながらも、自分が見た女性とブラッド自身の出自を疑い始めた。
話の流れで自分が追求者と思っていたブラッドは一転して疑惑の回答者となっていた。この流れは不味かった。例え嘘でも辻褄を付けねば成らなかった。アーディアの民にナイディアの民の存在を気付かれることは、セクティから禁じられていた。
禁則に触れることは、この世界から抹消を意味していた。そして、自身を無能だと見なされることは、ブラッドとしても避けたかった。ブラッドは懸命に考えた。まだ、ここで死ぬ訳には行かなかったからだ。理由は分からないが失った記憶がそう叫んでいるのを感じた。
居なくなったララを探し、近辺を訝しむユリにブラッドは笑顔で答える。
女の人? ああ、あれはね、自分なんですよね。私は演劇でもしてみようと思いまして、練習をしてたんですよ。
ブラッドは、でまかせを言った。
演劇…?
ユリは演劇など見たことはなかったので、ブラッドの説明が分からなかったので、顎に手を当てて小首を上げた。
おやおや、坊っちゃんは、演劇をご存知無い? 演劇とは台本に従って進められる、空想の物語ですよ。思想や感情をより象徴的に表現するものです。よござんすか?
そう言うとブラッドは見よう見真似で権体として、女の形の土塊を自身の近くに作り出した。ブラッドなりの権化もどきだ。
なんと美しい方だ。私の妻になって下さい。
いきなり演技を始めたブラッドは、土塊の手を握ってキスをした。
いいえ、私と貴方の家では、それは許されぬ間柄。お許しください…。
そういうブラッドの声よりやや高い音程の声が響いた。腹話術のようたものだろうか?
ユリは訝(いぶか)った。土塊はあの女性とは違うし、今聞こえた声も違うように思えたからだ。ユリは疑問を口にする。そして、同時にブラッドのことを見た気がすると口にする。
だか、ブラッドはここに来たのは初めてで、誰にも会ったことはないと否定する。そして、そんなことも覚えて居られないあやふやな記憶なら、やはり土塊と練習していた自分なのだと何故言い切れるのです?と畳み掛けた。
坊っちゃんは、演劇を初めて見たので、錯覚したのですよ。と締めくくった。
ユリは訝りながらも、納得したようだった。他には理解しようがないからだった。
ブラッドの方にしても、目の前の少年の奇妙な既視感があった。ユリのことを知っている気がしたが判然としない。記憶が曖昧なのだ。
2人の間でお互いがお互いのことを知っているかのような曖昧な既視感に襲われながらも、それは勘違いなのだと、お互いに自らを納得させようとした、その瞬間に事件は起こった。それはユリが良く知り心を寄せる、突然の来訪者の絶叫により、2人の沈黙は破られた。
ユリ! 今すぐここから離れるんだ!
鬼気迫るその絶叫の主は、王城の離宮で自らをを追う追っ手に備えて、パピィ、マピーと共に特別な訓練に励んでいるはずのラーハム、その人だった。
第53話 ユリの失敗(3/3)後半につづく。
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